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気づいた時には遅かった…梨泰院事故やセウォル号沈没から見える人間の心理『正常性バイアス』とは

  • 2024.6.27
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写真:PIXTA

2024年5月28日、「ラーメン二郎 新宿歌舞伎町店」で火災が発生した際、避難せずにラーメンを食べ続ける客の姿が注目を集めました。この事態によりX(旧Twitter)では、ある心理現象『正常性バイアス』がトレンド入りしました。

幸い、上記の火災で怪我をした方はいなかったそうですが…話題となった心理現象「正常性バイアス」とはいったい何なのでしょうか。今回は「正常性バイアス」のメリットやデメリット、この現象がマイナスにはたらいた実例について、関西大学社会安全学部の元吉忠寛さんに解説していただきました。

実は怖い…正常性バイアスがもたらす危険

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写真:PIXTA

元吉さんによると、「正常性バイアス」とは「災害などの異常事態に遭遇したときに、本当は危険な状況であってもその状況を異常なものだと認識することができずにたいした問題はないだろうと考えてしまう現象」のことなのだそう。

こう聞いてしまうと恐ろしいだけの現象にも感じますが、「正常性バイアス」にはメリットもあるのだとか。いったい、どういうことなのでしょうか…?

まず、元吉さんは「日常生活の中で『あの車にはねられるかもしれない』、『あの人に刺されるかもしれない』、『今地震が起きたらどうしよう』などあらゆることに危険や不安を感じていたら人間は疲れてしまいます」と説明します。実際に、あらゆるものに怯えていたら、近所のスーパーやコンビニに買い物に行くこともできませんよね。

そこで私たちを助けてくれるのが「正常性バイアス」なのだそう。「日常生活の中では正常性バイアスはストレスを低減し、人の心を落ち着かせるというメリットがあります」と元吉さん。異常事態ではマイナスに働く可能性がある「正常性バイアス」も、場面が変わればメリットになり得る現象なのです。

「でも、日常生活と異常事態は切り分けて考えられるでしょう!」

もしかしたら、このようにお考えになった方もいらっしゃるかもしれません。しかし元吉さんは「誰もが正常性バイアスに陥る可能性はある」と警鐘を鳴らします。そして異常時に「正常性バイアス」に陥ることにより、通常であれば考えられない、思わぬトラブルに遭う可能性もあります。

実際に「正常性バイアス」がはたらいたと考えられる事故では、たくさんの方が命を落としてしまったこともあったそうです。

災害心理学者が挙げる正常性バイアスがマイナスにはたらいた事故

そこで今回元吉さんに、印象に残っている理由理由とともに、「正常性バイアス」がマイナスに働いた事故・災害を3つうかがいました。

事例1:セウォル号の沈没事故

2014年4月に起きた韓国の大型客船セウォル号の沈没事故です。この船には、修学旅行中の高校生が325人乗っていました。大きく傾いて沈没していく船内で撮影された動画には、救命胴衣を着けているにもかかわらず、いつものように友だちと話をして笑っている姿が映っていました。ゆっくりと時間をかけて沈んでいく船の中で、命を落とすかもしれないという判断ができず、周りの友だちも普通にしているという状況で、正常性バイアスと同調性バイアスが働いていたと考えられます。結果的に船は沈没し、多くの高校生が命を落としました。

事例2:ソウル梨泰院雑踏事故

2022年12月に起きた韓国のソウル梨泰院雑踏事故です。群衆雪崩に巻き込まれた多くの人は、だんだんと人が増えて身動きが取れないようになり、危険な状況だと気がついた時にはすでに遅く、多くの命が失われました。私たちもイベントなどで人の多い混雑した状況を経験したことはあるかもしれませんが、まさかそのような状況で人の圧力によって人が死んでしまうという状況はなかなか想像できないでしょう。しかし、そのようなことが実際に起きてしまったのです。

事例3:世界同時多発テロのときのアメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュの行動

2001年9月11日の世界同時多発テロのときのアメリカ大統領ジョージ・W・ブッシュの行動も正常性バイアスがはたらいていた可能性があります。彼は事件当日、フロリダ州の小学校を訪れていたのですが、学校に到着する少し前に最初の飛行機がワールドトレードセンタービルに激突したという報告を受けました。しかし情報が少なかったこともあり、これはテロではなく、パイロットの自殺か心臓発作が原因だと考えていたようです。そして、授業を視察して子どもたちの前で椅子に座っていたときに、首席補佐官が二機目の飛行機がビルに衝突し、米国が攻撃を受けているということを耳打ちしました。しかしこの報告を聞いたブッシュ大統領は座ったまま動かず、そのまましばらく視察を続けていました。ブッシュ大統領には正常性バイアスが働き、あまりに非現実的な出来事を受け入れることができず、即座の対応ができなかったのかもしれません。

要注意!正常性バイアスに陥りやすい状況とは?

「正常性バイアス」が起こりやすい状況として、元吉さんは2つ指摘しています。

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写真:PIXTA

1つ目は、「危険だということを直接自分で確かめることが難しくて、情報だけで判断しなければならない状況」です。先ほどのブッシュ大統領の事例に近い状況ですね。

目の前で火が燃えていたら危ないと思って近づきませんし、急に煙がモクモクと部屋に入ってきたら即座に部屋から逃げようと思うでしょう。しかし「現代社会では直接危険が確かめられなくても情報で危険を知らせる機会が多くなっています」と指摘する元吉さん。

たとえば、非常ベルは自分の目の前に火や煙がなくても鳴ることはありますし、災害時の避難情報も自分の家が危険かどうかはよくわからないときに出たりしますよね。元吉さんによると、「このように情報だけで判断しなければならない状況では、危険かどうかが直接確認できないので正常性バイアスが起こりやすいと言えます」とのこと。

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写真:PIXTA

2つ目は、「危険が少しずつだんだんと高まっていくような状況」です。

元吉さんによると、「人間はゆっくりとした変化に気づくことが不得意」なのだそう。たとえば、「昔に比べると日本の夏はとても暑くなっていますが、これが温室効果ガスによる地球温暖化が原因だとわかっていても、気温の上昇はゆるやかなので、そんなに大騒ぎすることはないと考え、必要な対策を先延ばしにしてしまいます」と説明する元吉さん。

また、元吉さん曰く「水害のときに逃げ遅れてしまった方々のお話を聞くと『だんだんと水位が上がってきたので逃げるタイミングを失ってしまい、逃げ遅れてしまった』という証言をよく耳にします」とのこと。このように、「ゆっくりとした危機が迫ってくるという変化に対して、正しいタイミングで適切な行動を取ることは難しいのです」と元吉さんは語ります。

「自分にも起こりうる」と考えておこう!

このように、緊急時には恐ろしい被害をもたらすことのある「正常性バイアス」ですが、まずは「自分にも起こりうる」と考えておくことは大切です。

「正常性バイアス」を認識しておくことで、自分だけでなく家族や周りの方々まで、危険から守ることができるかもしれません。


監修:関西大学 社会安全学部 元吉忠寛(もとよしただひろ)教授

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出典元: 元吉忠寛教授

専門分野・担当科目:災害心理学、教育心理学、社会心理学