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「“映画はこうじゃなくてはならない”という枷を外すべき」映画『SINGULA』堤幸彦監督インタビュー。作品への想いを語る

  • 2024.5.21
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堤幸彦監督 写真: 武馬玲子
『SINGULA』(シンギュラ)
CSINGULAfilm partners 2023

―――『池袋ウエストゲートパーク』に始まり、『SPEC』や『トリック』が大好きだったので、今回お話を伺えて光栄です。本作は15体のAI同士が“人類を破滅すべきか”について討論するという内容です。元々は同名の舞台作品でしたが、その公演を堤監督が観劇されたことから映画化に繋がったそうですね。経緯について詳しくお聞かせください。

「一ノ瀬さんがお作りになった同名の舞台に、何人か知り合いの俳優も出ておりましたし、タイトルだけでは全く想像できずに観に行ったら、演劇でもあり、音楽劇でもあり、踊りの要素もありでびっくりしました。要素の多彩さもさることながら、アンドロイド型ロボットが人間の記憶を植え付けられていて、それぞれ善もあれば悪もあり、それが展開していくという芝居の在り方にとても感動しまして。

終わってすぐに一ノ瀬さんに『ご自身で映画化された方がいいんじゃないですか?』と話したところ、それが記憶に残っていたのか、数ヶ月後くらいに一ノ瀬さんから『色々と整いそうなのでやりましょう。監督は堤さんで』って言われて、『あ、僕なんですか?僕でよければ喜んで』というのがざっくりした経緯です」

―――本作は俳優のspiさんが1人15体のAIを演じていますが、どのようにしてその発想に至りましたか?

「最初はアイスランドへ行って現地オーディションでやろうって思ってたんです。というのもアイスランドにはアーティスト・ビョークを生んだレイキャヴィークという眠らない街があって、そもそもこの作品、昼がない白夜の国のイメージだったので、そういった場所でやったら面白いかなと思ったのです。そこで脚本を英訳してアイスランドへ行こうと思っていた矢先にコロナ禍になって難しくなってしまって…。

英語でやりたかったので、日本でやるにしても15人の英語が堪能な人を見つけるのは大変だと思っていたのですが、ある日寝ていたら『現在の映像技術を持ってすれば1人でも出来るんじゃないか?その方がインパクトがありそうだ』と思いついて、夜中の1時頃でしたがすぐに一ノ瀬さんに電話して『英語が堪能な人知っていますか?』と聞いたところ、『spiくんという2,5次元で活躍している面白い人がいる』と紹介していただきました。で、彼からも『大変そうだけど面白そうなのでやります』と言っていただいてスタートしました」

『SINGULA』(シンギュラ)
CSINGULAfilm partners 2023

―――本作はビジュアルにインパクトがあり惹きつけられます。ビジュアル面はどういったところからインスパイアされましたか?

「アキ・カウリスマキ監督作『レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ』ですかね。犬までリーゼントみたいな変なリーゼント村…あの中で1番好きなのは泳いで渡ってくるファンの人が1番面白いんだけど(笑)。

あと日本だとこの手の髪型って意外と昔からあるけど、そもそもは初期のアメリカンロックファッションであって、正直言うと日本人には一番合わない髪型ですよね。これはある種の帽子で、そこに番号が付いてたらより面白かろうと思いこの形になりました」

―――spiさんは今回15役を演じ分けてらっしゃいますが、撮影前にディスカッションはされましたか?

「何回かやりまして、やっぱりキャラクターのイメージを具体的にしようということで、ピアニストのダイヤフロン役はアン・ハサウェイだとか、オーガンズというちょっと訳知りのおじさんの役はモーガン・フリーマンという風に、分かりやすく声に特徴のある人をモデルにして、やりながら色々見えてきたこともあるし、英語の指導の先生には訛りをもっと意識した方がいいんじゃないかということで、ニューヨークとロンドンでは全く違うし、ラテン系なのか黒人なのかと、言葉そのものにもちゃんと取り組んでいこうと指導をお願いしましたね」

―――撮影はどのようにして行いましたか?

「千葉にあるコンクリート打ちっぱなしの廃墟のようなスタジオを貸し切って、全部で1週間くらいかけてやりました。何しろ1人しか出てこないけど、喋る時は誰かと喋っているわけで、対話相手の背中が画に映るんですね。

完全に映る場合は合成するんですけど、ぼやけて映る場合は似た人ならいいわけです。なので同じような髪型と服を着た人間を3人用意して、1人はspiくんと身長がそっくりの弟さんに協力してもらいました。

あとの2人と本人を入れて4人でコツコツと、簡単に言えば15回合成する。でもそれだけじゃ済まなくて、行ったり来たりと非常に手間が掛かったし、シンプルが故にしっかりと計算する必要がある現場でしたね」

―――セリフの掛け合いはどのようにして撮影されたのですか?

「最初に録音したものをスピーカーで流しながらやる。簡単な掛け合いだったら相手が言ったつもりでやってもらうという感じですね。これだけCGが万能な世の中で、本当に原理原則に基づいて1個ずつ撮っていきました。

spiくんは全部のキャラクターがしっかりと頭の中に入っていたので、『(普通の声で)僕はそう思わないですよ』って言ったと思ったら、『(ドスの利いた声で)お前のことなんか信用できねぇよ』と役を次々と切り替えて演じていて、見ていて面白かったですね」

―――撮影は大変だったと思いますが、一番苦労されたのはどんな点でしたか?

「1番大変だったのは影ですね。光源がいっぱいあると、色んな影が出るわけですよ。あちこちに影が出ると合成する時に大変な手間になるので、必ず強い光源を真ん中に1個だけ置いて、人物の影が一方向になるようにしました。そんなこと普通に考えりゃすぐ分かるんだけど、なぜか当日思いついて現地で指示を出しましたね(笑)。一生忘れない撮影になりました」

写真: 武馬玲子
写真 武馬玲子

―――今まで様々な作品をお撮りになられていますが、今回のような撮影方法は初めてとのことで、ある種のチャンレンジですよね。そこに至るまでにどのような想いがあったのでしょうか?

「明らかにコロナが与えた影響は物凄く大きかったですね。コロナ以前は、ご存じのようにドラマや映画をやって、ヒットしたりヒットしなかったり、ある種演出家なんてギャンブラーみたいなものなので、いい企画に当たっていい結果が残せればみんなハッピーだなと思いながらやっていましたけど、それがコロナで強制的に色んなことが閉じられてしまった。舞台も映画もドラマも。

そこで『萎れてるんじゃねぇよ、立ち上がれ』って言ったのはインディーズの女優たちや役者たちで、文化庁から支援金を得て、本当に低予算で『Truth ~姦しき弔いの果て~』という佐藤二郎に3股を掛けられる女性3人のインディーズ映画を作ったんですけど、僕は海外で賞なんか取ったことないのに、8個ぐらい受賞してちょっとびっくりしまして…。

それまでの映像、映画、ドラマは“こうじゃなくてはならない”という枷を1回外すべきだと思ったんです。そこからドイツの方々と共作でダンスムービーを作ったり、その中でこの『SINGULA』も生まれて。普通だったらチョイスしない選択が今後の未来に必要なんじゃないかと。

本作は容易にカテゴライズできない不気味なカルチャーとして成立する作品になった気がするんです。そういうものが出来たこと自体とても嬉しいし、これ以降に作った映画も5、6本ありますけど、全部方向が違っていて、やっぱり全てコロナが『リセットせよ』と言った結果ですね」

―――本作は、まさに“時代の当たり前”を覆しており、そこに異議を申し立てているようにも感じました。

「とても難解だと思うんですね。そもそも英語ですからね。僕も英語圏ではないので喋ることは出来ないんですけど、だからこそちょっと言いたいことを言えるというか。あるいは日本の映画的セオリーそのものを完全に無視してるというか。そういう風に見えてるんじゃないかなという風に思います」

―――本当にそうだと思います。堤監督は、例えばテレビドラマがスタジオで撮影されることが通例とされていた中、ロケ撮影を敢行したり、それこそこれまでも業界にある常識を覆す取り組みをされているように思います。本作を含め、作品を作る上でどのような意識をされていますか?

「結論から言うと、素人であることだと思うんですよね。やっぱりプロであることで得なことはいっぱいあるけど、ゼロに戻れないのは、その段階でその手法は終わってるかなと思っています。

僕はフランスの映画監督ルイ・マルの作風に凄く共感が出来るんですけど、それは20代のデビュー作『死刑台のエレベーター』というサスペンスがあり、それから観るだけで自殺してしまいたくなるような重たい作品もあり、かと思えば『地下鉄のザジ』というバカみたいなコメディーもあり。『死刑台のエレベーター』で当たったからサスペンスを延々と撮り続けるわけじゃないですよね。そうやって常に初期化して、1回発想を戻して作るというのは、それなりに成果を出すとなかなかできない。

『ケイゾク』は『金田一』の延長線上にあって、それから『SPEC』『トリック』の流れは、正直言うと主人公の形があって、焼き回し的なところがあるじゃないですか。そこで図に乗ってしまうとその先はないので、そういうことも一切忘れることが大事なんじゃないかなと思います。

だから常日頃これが仕事としてメインストリームになるんだぞということは一切ないという風に思っていて、何が自分にフィットするかなんて分からないし、それは作品と社会がフィットすることもそうだし、法則はないんだっていうことですね。だからとんでもなくギャンブルに近いものがありますね」

―――だからこそ観たことのない新しい作品を作ることが出来るんですね。昨今ではコンプライアンスの問題で、以前と製作形態が変わってきていると思います。

「最近は契約が先行して仕事として成立していきますが、かつては一言思いつきで言ったことにみんなが乗っかり、その結果、億単位のお金が必要となる。そんな場合がしょっちゅうあった。言ってしまえば、予算をどう回収するのかも考えずにほぼギャンブルでやってることが多いブラックな産業だったわけです。もちろんそれは変えていかなきゃいけないし、僕自身も思いつきの世界観を表現するための方法論をちゃんと提示すべきだなという風に思っています」

写真: 武馬玲子
写真 武馬玲子

―――本作にも登場しますが、堤監督の作品はコンクリート打ちっぱなしの廃墟のような場所で撮影されている印象が強くあり、無味簡素な空間とそこで繰り広げられるコミカルさの対比が面白いと感じます。なぜこのような場所で撮影されるのでしょうか?

「昼、夜が分からないからです(笑)。大体私たちのスケジュールは昼だったら昼、夜だったら夜と制約が厳しくて、とても昼間の間に撮りきれなかったりする。その場合に次の日やるのか内容を切るのかと余計なことを考えなきゃいけない。

しかしこういう場所では気にせずに、広陵たる背景ということで使用出来る。かつて僕はバラエティーのディレクターでありながら、ビデオクリップの仕事がめちゃくちゃ多かった。ビデオクリップの撮影って大体廃墟じゃないですか。だからこういうところの撮影は慣れてるし、想像出来るということもありますね」

―――どの作品にも印象深いキャラクターが登場しますが、役者の個性の見つけ方や、演技の引き出し方の秘訣は何ですか?

「どんな俳優さんでも話せば最初の5分で分かります。仲間由紀恵さんは会話のキャチボールの中で、笑いがいける人だなと見えてくる。そうするとしゃなりとした美女でやるのか、美女の顔から大きく崩していくのかと言ったら後者になるわけで。阿部寛さんも然りですね。一方で中谷美紀さんはどこか美の方が勝ってたりする。いずれにせよ、面白でいくか、真面目でいくか、そのさじ加減みたいなところはやっぱり話をして気づきますね。

ただ渡部篤郎さんは全く分からなかった(笑)。やってく中で大馬鹿なキャラが出来るんだなと思って、昔の松田優作さんがオシャレでありながらはしゃいでるイメージを『ケイゾク』でやってもらいました。最近はキャラクターフリーの作品があまりなく、原作モノなどに嵌っていただくことの方が多いので、キャラクターのバックボーンなどを説明してその中でどう作っていくか、といった個性の作りの方が多いですね」

―――本作をこれから観る方にメッセージをお願いします。

「大変不思議な作品なんですよ。通常の映画的醍醐味とか、活劇の面白さとか、精神的高揚感とか、そういうものが欲しいなと思う方には是非観て欲しい!(笑)。そんなの一切ない中、言葉の応酬だけである種の高いところに行っているので、それを体感していただきたい。

こういう作りの映画もあるんだなっていう意味でご覧いただきたいと思うし、昨今AIというのは大問題になっています。アンドロイド型ロボットが人間の是非を語るという映画ですが、いわゆるSFモノに興味のある方はもちろんお越しいただきたいですし、ボーカロイドがいいエンディングになっているので、初音ミクファンの方にもお届けしたい。もちろんspiくんのファンの方には、こんなspiくんが観られるのかという意味で面白いと思いますし、僕はあんまり自分の型を決めるタイプの映画監督ではないので、『またこういう卑怯な手で来たか』と思いながらご覧いただけるといいかなという風に思うわけです。是非劇場でご覧ください」

(取材・文:福田桃奈)

【作品情報】
『SINGULA』
出演:spi
監督:堤幸彦
脚本・原案:「SINGULA」一ノ瀬京介
主題歌:「イフ」r-906 feat. 初音ミク
配給:ティ・ジョイ

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