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なぜプリンスは唯一無二なのか? ドキュメンタリー映画『プリンス ビューティフル・ストレンジ』3つの伝説をご紹介

  • 2024.5.18
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©PRINCE TRIBUTE PRODUCTIONS INC.

「パープル・レイン」発売40周年記念! 孤高の天才ミュージシャン“プリンス”の真実に迫る傑作ドキュメンタリー『プリンス ビューティフル・ストレンジ』が、6月7日(金)より新宿シネマカリテほか全国ロードショーされる。この度は、今なお絶大な人気を誇るプリンスの桁違いな伝説の数々をご紹介する。
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●世界中が悲しみの雨に濡れた、突然の悲劇から8年…。孤高の天才“プリンス”の真実に迫る傑作ドキュメンタリー!

©PRINCE TRIBUTE PRODUCTIONS INC.
©PRINCE TRIBUTE PRODUCTIONS INC

2016年4月21日、57歳の若さで急死した天才ミュージシャン・プリンス。80年代、自伝的映画『パープル・レイン』、同映画サントラのメガヒットで、一躍世界的スーパースターに。公式発売されたアルバムのトータルセールスは1億5千万枚。

12枚のプラチナアルバムと30曲のトップ40シングルを生み出し、7度のグラミー賞を受賞。2004年にはロックの殿堂入りを果たすなど、生涯ロック・ポップス界の頂点に君臨し続けた。

ポール・マッカートニーが“クリエイティブの巨人”と称し、エリック・クラプトンが“世界で最高のギタリストの一人”と賞賛するなど、マニアを公言するビッグネームは数知れない。

ロック~ポップス~ファンク…あらゆるジャンルの垣根を飛び越え、実験性と大衆性を同時に奏でる真の天才だった。

アメリカ・ミネアポリスで誕生したプリンス(本名:プリンス・ロジャーズ・ネルソン)は、住民の99%が白人という環境下で、多感な青春時代を過ごした。

公民権運動の渦中、ジェームス・ブラウン等の黒人ミュージシャンも時折訪れた、地元のブラックコミュニティ“ザ・ウェイ”での音楽的な原体験、恩師や家族が語る幼少期のエピソードは、興味深いものばかりだ。

チャカ・カーン、チャックⅮ、ビリー・ギボンズなど、プリンスを敬愛するミュージシャンの貴重なエピソードも多数収録。孤高の天才が、如何にして誕生したのか、そして突然の悲劇まで、プリンスを愛する全てのファンに贈る傑作ドキュメンタリー。

●なぜプリンスは唯一無二なのか?“孤高の天才”プリンスの桁違いな伝説!

1958年6月7日、アメリカ・ミネアポリスで誕生したプリンスは、1978年にデビューして以来、35年以上にわたり世界中で唯一無二の独特な存在であり続けた。そんな“孤高の天才”プリンスの桁違いな伝説をご紹介いたします。

●驚異的な作品数!

プリンスは生前に39枚のスタジオアルバムと4枚のライブアルバムをリリースし、発表した楽曲数は約600曲にのぼる。

ほぼ年に1枚のハイペースで作品を発表しつづけているが、なんとプリンスの死後に自宅兼スタジオの金庫からは約8,000曲もの未発表曲が収録されたテープが発見された。

●史上最高額の契約金!

1992年にプリンスはワーナー・ブラザーズと再契約を結び、史上最高額の1億ドルの契約金と副社長のポストを手に入れた。1億ドルというと、マイケル・ジャクソンやマドンナも上回る、当時の音楽業界で歴代最高額での契約だった。

●異例のシンボルマークへの改名!

頬に“SLAVE(奴隷)” という文字を書いてステージに立ち、レーベルの支配に反発を示したプリンスは、ワーナー・ブラザーズとの確執から、1993年に“プリンス”という名前から発音のできない抽象的なシンボルマーク“ ”へと改名した。

2000年には名前を元の“プリンス”に戻したが、この改名事件は伝説となっている。

…ほかにも数々の伝説を生み出し続けたプリンスの“真実”に迫る映画『プリンス ビューティフル・ストレンジ』は6月7日(金)より新宿シネマカリテほか全国ロードショー。

【作品情報】
出演:プリンス、チャカ・カーン、チャックⅮ、ビリー・ギボンズ他
監督:ダニエル・ドール
原題:Mr. Nelson On The North Side
2021年/カナダ/英語/68分
提供:キュリオスコープ、ニューセレクト
配給:アルバトロス・フィルム
©PRINCE TRIBUTE PRODUCTIONS INC.

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