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人にやさしくできないときの処方箋を。【TheBookNook #22】

  • 2024.5.17

連載「TheBookNook」Vol.22では、読者のみなさんに八木さんが処方箋をお届けします。たった今、心がつらい方、ぜひ手にとって癒されてください。今は大丈夫な方も、将来何かあったときのために、周囲で困っている誰かのために、こちらの処方箋リストをメモしておいてはいかがでしょうか。

文 :八木 奈々
写真:後藤 祐樹

誰だって、体調や気持ちによって心の許容範囲は変わってしまうもの。本当はもっとやさしい気持ちでいたいのに、普段ならなんでもないことが気になってイライラしてしまったり、いつもなら許せることにまでつい口が出てしまったり……。そんな自分の振る舞いを思い出し、自己嫌悪。

他人にも、自分にも、やさしくできない……そんなとき、考えるのをやめて寝てしまうのもいいですが、物語の中に助けを求めるのもおすすめです。

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↓ リビングにひとつあると癒されます ↓

文字や絵を目で追っているだけで呼吸がしやすくなることもありますし、ときに本のなかの登場人物達が、心がざわつく原因を一緒にさがしてくれたり、だめな自分を愛せる生き方を教えてくれます。

今回は、人にやさしくできないときの処方箋になるような本を紹介させていただきます。きっとあなたも、読後、それなりの昨日と、ダメダメな自分と、行きたくない明日が、ほんの少しだけ大事なものに思えるかもしれません。

1.フランツ・カフカ『絶望名人カフカの人生論』

79

『変身』などで知られるチェコ出身の作家、フランツ・カフカ。本作は、生前、作家としてあまり評価されていなかったカフカが残した日記やノート、手紙などから言葉を集めた名言集のような一冊です。

なにもそこまで……と言いたくなるほどのカフカ自身の強烈ともいえるほどのネガティブさに共感しつつも、くすっと笑えてしまうユーモアさとシュールさ。理不尽な世の中に対してもはや開きなおったカフカの愚痴は、私たち読者と一緒に絶望してくれながらも、寄り添い、許して、包み込んでくれます。

そう、気持ちが後ろ向きなときに、無理して前を向こうとしなくていいのです。誰かの言葉に傷ついてもいいのです。傷つくことは素敵なことなのです。

「いつだったか足を骨折したことがある。生涯でもっとも美しい体験だった」この言葉の意味も読めば分かります。

恐ろしくネガティブな言葉から元気をもらえるのは、カフカが現実から目を背けて言い訳ばかりしているように思えて、実は誰よりも正面から世の中とも自身とも向き合っていたからなのかもしれません。読後はネガティブな自分さえ愛おしく思えました。

2.西加奈子『うつくしい人』

77

こうありたい自分でいるために、自分を偽ることは誰にでも多少ありますが、それが度を越えると本当に生きづらいもの……。この作品では、自分がどうか以上に他人にどう思われるかを気にしていながらも、他者を見る目がどこまでも卑屈で傲慢な女性目線で進んでいきます。

現代に生きる人にとって感情移入しやすい設定だからこそ、序盤は胸が痛くなる描写も多いですが、安心してください。生きる環境を変えた主人公の心が人との触れ合いの中で少しずつ解けていくのと連動して、私たち読者の絡まった心も柔らかくなっていきます。

この世の全ての人の感情を知っているのではないかと疑いたくなるほど流暢な西加奈子さんの文章力には毎回言葉を失います。憧れや、妬み嫉み、作られた自分からも解放されて、ただ、素直になれたらいい。

頭ではわかっていても、ただの“自分”でいることは難しい……。自分が嫌いだと平気で言えてしまうほど自分を諦めている人にこそ読んでいただきたい。“自分で不幸になれる人は、自分で幸福にもなれる”。みんなみんなうつくしい、うつくしい人。

3.瀬尾まいこ『おしまいのデート』

78

5つの短編が収録された本作品。“デート”ときくと恋人同士がするものというイメージが強いですが、この作品では祖父と孫、元不良と老教師、仲が良かったわけでもない同級生の男同士、公園で犬を飼うOLと男子学生……といった恋愛関係にあるふたり以外のデートが描かれています。

どれもさらっと読める短編なのですが、凝った設定と個性的な登場人物たちが面白く、物語一つひとつの満足感はとても高いです。切なくて、寂しくて、あたたかい……瀬尾まいこさんが描く世界はどんなときに触れても私たち読者を誰ひとり置き去りにすることなく優しく招き入れてくれます。

そして何より、タイトルにもある、別れとも、さようならとも違う、“おしまい”。絵本の最後にある“それ”と同じ言葉。読後に芽生えた気持ちが自身のものとは思えないほどうつくしくて一生大事にしたいと思えました。

この物語の中で出会えた登場人物たちが今も幸せでありますようにと“おしまい”のあとを願いながら、丁寧に本を閉じて、深呼吸。

……この一冊に出会えてよかった。

■心のSOSに気づくために処方箋のような一冊を

人にやさしくできないときや、些細なことでイライラしてしまうのは、見逃してはいけない自身からのSOS。本ならば、誰かの迷惑になることもありませんし、あなたの心を煩わせるものに触れる必要もありません。負の感情に覆いつくされる前に、今、ぽっかり空いた心にぴったりとハマる、処方箋のような一冊が見つかりますように。「……おしまい。」

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■「TheBookNook」について

この連載は、書評でもあり、“作者”とその周辺についてお話をする隔週の連載となります。書店とも図書館とも違う、ただの本好きの素人目線でお届けする今連載。「あまり本は買わない」「最近本はご無沙汰だなあ」という人にこそぜひ覗いていただきたいと私は考えています。

一冊の本から始まる「新しい物語」。

「TheBookNook」は“本と人との出会いの場”であり、そんな空間と時間を提供する連載でありたいと思っています。次回からはさらに多くの本を深く紹介していきますのでお楽しみに。

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