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【黒柳徹子】森光子さんのいちばん美しいところは、「優しさ」だと思います

  • 2024.5.12
黒柳徹子さん
©Kazuyoshi Shimomura

私が出会った美しい人

【第25回】女優 森光子さん

長く生きていて寂しいのは、昔仲良かった人たちがどんどん先に亡くなって「あのときはああだったね」「こうだったね」なんていう、思い出話ができなくなってしまうことです。私がまだずうっと若い頃、よくお仕事をご一緒していた、俳優の小沢昭一さんに「長生きなんかしても、周りから思い出話ができる相手がいなくなっていって、寂しくなるだけだよ」と予言されたことがあって、今まさにその通りになっています。でも、実は、身近な誰かを失った直後は、「この人はもうここにいないんだ」と思って寂しくなるけど、この歳になるともう、故人を思い出すことは、自分がその人によって生かされていたことを確認する行為でもあったりして。そういう関係性を築けたことが有り難いなぁと思って、今はむしろ元気が出るのです。

前置きが長くなってしまいましたけど、今回は、森光子さんのことをお話ししようと思います。森さんは、とても元気で、ユーモアがあって、いろいろ大好きなところがありますけど、森さんという人間のいちばん美しいところは、「優しさ」だったなぁと思います。

森さんは、私がNHK放送劇団で女優の仕事を始めた頃にはもう最前線で活躍なさっていました。でも、戦争中は、日本軍慰問団に参加して、戦後も歌手として進駐軍キャンプに巡業に行っていたり。当時は相当なご苦労をなさったようです。戦後すぐ、日系アメリカ人二世の男性と結婚したことがあるんだけど、結婚を決めたいちばんの理由が、普通なら食べられないような美味(おい)しいものを食べさせてくれたからなんですって(笑)。その相手とはすぐ離婚しちゃったみたいです。

好奇心も旺盛でした。50年ちょっと前、上野動物園に初めてパンダがやってくることになって、私は大興奮していたけれど、日本では当時、まだパンダの可愛さが浸透していなかったんです。それで、私が「パンダパンダ」と騒いでみても、周りの人の反応はイマイチだったんですけど、森さんが、「私は見たい!」っておっしゃって。上野動物園にコネがあった私は、そのコネを駆使して、森さんにパンダのカンカンをお見せすることができました。後になってからもずっと「私たち、あのとき一緒にパンダ、見たわよね」って、きゃっきゃと盛り上がれるような出来事でした。

森さんとは、よく食事をご一緒しました。ただ森さんが普段から食に執着していたかどうかはわかりません。とにかく、周りの、特に若い人に対して、「お腹空いていない?」みたいに、しょっちゅう声をかけて、ご飯をご馳走したりして。私も数え切れないぐらい美味しいものをご馳走になりました。

30代の半ばで、NHKから独立しようと思ったとき、「うちにいらっしゃい!」と自分の所属事務所に誘ってくださったのも森さんです。マネージャーの吉田名保美さんは、東宝から、森さんと一緒に独立されて、ほかにも何人かの女優さんのマネジメントを担当していました。その吉田さんの見事なスケジュール調整のおかげで、私のニューヨーク留学はとんとん拍子に話が進みました。ニューヨークに着くと、森さんから早速お手紙が届いて、そこには大きな文字で、「お小遣い困っていませんか。いつでも送ります」と書いてありました。なんてお優しいんだろうと思って、私はちょっと泣きました。

森さんのライフワークは、舞台の「放浪記」です。私も、その舞台に何度か、主人公のライバル作家役で出演させてもらったことがありますが、森さんは、「放浪記」を2000回以上演じたんですって! 3時間の舞台を、2000回! 単純計算しても、6000時間。それだけ一人の人を演じた女優は、後にも先にも森さんぐらいしかいないんじゃないかしら。

すごく若い頃、森さんから、「徹子ちゃん、子ども産まない? 徹子ちゃんが忙しかったら、私が育てるから」って言われたこともあります。ビックリして、「どうして私が?」って聞いたら、「徹子ちゃんの子どもならきっと面白いに違いないから」と。まるで、「俺の子供を産んでくれ」っていう男の人みたい(笑)。私はそう聞いて、なんか、カッコいいなと思ったのでした。

森光子さん、黒柳徹子さん

女優

森 光子さん

(1920〜2012)京都府生まれ。女優のほか、歌手、司会者としても活躍。映画女優としてキャリアをスタートし、戦争中は歌手を目指し、日本軍慰問団に参加。戦後は肺結核のために約3年間芸能活動を休止。32歳で復帰したが、最初は脇役がほとんどだった。女優としては遅咲きだったが、40代で主役の座を射止めた「放浪記」は、上演2000回を超えるロングランに。出演したホームドラマがヒットし、「日本のお母さん」として親しまれ、2009年には国民栄誉賞も受賞。写真は舞台「放浪記」の制作発表(2003年)。中央が森さん。

─ 今月の審美言 ─

「元気で、ユーモアがあって、好奇心旺盛。いろんな魅力がありますが、森さんのいちばん美しいところは、『優しさ』だと思います

写真提供/時事通信フォト 取材・文/菊地陽子

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