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手は口ほどに #1:不耕起栽培は、楽しくて、おいしい

  • 2024.5.12
手は口ほどに#1衣川木綿さん_八一農園

畑で野菜を採る手が、まるで料理を作っているかのように見える。芽キャベツを茎からもぎ、ベビーキャロットを土から抜いていく。「間引いて抜いた小さいニンジンも、そのままサラダに入れる。葉っぱもおいしいし」。野菜には、走り、盛り、名残がある。スーパーマーケットでは盛りの野菜が重宝がられるけれど、走りでも名残でも、調理法を工夫すればおいしくいただける。野菜に土がついているのも当たり前、形が不揃いなのも当たり前。「例えば、ニンジンや大根の先が2つに分かれているのは、抜いたときにそこに大きな石があるから。短いのは、その下にモグラが通って土がないから。そういった理由が、畑にいるとわかってきます」。

衣川木綿さん晃さん夫妻
野菜を収穫する、衣川木綿さんとパートナーの衣川晃さん。「晃くんがヴィーガンになったThe Dayのような日があって、すべてはそこから始まった」。肉や魚を食べないとなると、自分が食べる野菜を自分たちで作りたくなった。それが、ファーマーの道に進んだ理由。
ハーベスト・コモンズの看板
茅ヶ崎里山公園の近くにある、約2反(約2000平方メートル、600坪)の畑「ハーベスト・コモンズ」。月に11,000円のサブスクで、「いつ来ても自由、採るのも自由」なコミュニティで野菜を作っている。今は27組が参加していて、衣川木綿さんと晃さんの夫妻も、その会員だそうだ。
多種多様な野菜や植物が共存するハーベスト・コモンズの畑
「ハーベスト・コモンズ」の畑の他に、「八一農園」としては、茅ヶ崎の約5反の畑で野菜を作る。そもそもは、衣川晃さんが茅ヶ崎の生まれ。「農業をやり始めたら、引っ越しができないから、愛着のある土地がいいなと思って。自分が根を張るつもりがないところに野菜は根を張らない」。

土を耕さない、不耕起栽培と呼ばれる農法。生きた根が張り続けると、それが土を耕して、肥沃になれば野菜は勝手に育つ。農薬や除草剤も使わない。「外から何かを持ってくるのではなくて、この畑にあるもので成り立つようにしている。ここに生える草を刈って、そのまま置いておく。それが窒素として溶脱して、すぐにではないけれど、ゆっくりと作物に活きてくる」。食の安全や環境問題の意識が高まったことで、不耕起栽培に改めて注目が集まっている。コロナの影響で、消費者の価値観が変化したのも大きい。環境再生型の有機農業は、英語でリジェネラティブ・オーガニック・アグリカルチャー。文字通り、新しい時代に、次の世代に、繋がっていく農法だ。

ただ、「正しさは後からついてきた」と言う。何を食べたいか、そして、自分で食べるものは自分で作りたいと思うシンプルな気持ち。研修をしたのが不耕起栽培の農家で、カマ一本で除草作業をするのがめちゃくちゃ楽しくて、やりたいのはこれだと直感した。「楽しいのはいいですよ。正しさでは世界は変わらない、と思っているので。そして、おいしいというのも大きな理由になる」。私たちは、誰もが、食べることをしている。仮に農家ではなく消費者であったとしても、この地球が続いていくために、一日3回は投票できるのだ。

驚くほど空気を含んだ柔らかい土
不耕起の畑は、徐々に土が肥沃になってくる。「耕している畑の土はサラサラして細かいけれど、雨に打たれると固まってしまう。耕さない畑の土は、水を含んだ小さな団粒になって水持ちがいい。そして、団粒の間を水が通るから、水はけもいい」。
畑にいたアオガエル
「あっ、カエルだ」。肥沃になった土の中には、カエルも、微生物も、ミミズも、小動物も増える。「耕運機などを使わずとも、土にいる生き物が土を耕している」。それによって、時間がかかったとしても、いい土がよみがえってくる。
作業する衣川さん
衣川木綿さんは、「農業をするようになって、しゃがんで横に動く筋肉がついた」と笑う。多品種を栽培する畑、今の季節はブロッコリー、カーボネロというイタリア野菜、菜の花などなど。「お浸しとか炒めたりすると、ほんとうにおいしい」。
間引いたニンジン
ニンジンは土を持ち上げる力が強くないから、畑から少しずつ間引くことで大きく育てていく。「間引くために抜いたこの小さなベビーキャロットが欲しいといってくれるレストランもある」。手をかけた野菜に、無駄なところなどない。
今日の収穫物と、道具のカマ
トラクターなどの大きな工作機械は使わない。基本は手での作業で、使う道具はカマ1本ぐらい。この日は30分ほどの刈り取りで、こんなにたっぷりの野菜を収穫。さて、どんな料理を作ろうか。
衣川さんと愛車の軽トラ
「本格的に農業を生業にしていくのは、たいへんと言えばたいへん」。非効率を買って出る仲間を増やすための工夫として、ヴィーガンアイスを作ったり、味噌作りのワークショップを開いたりもしている。

就農して6年が経ち、手の感覚がすごく大事だと感じる。「種撒きは素手でやる。土に何粒落ちたかを手で測りながら、撒くのをゆっくりにしたり、早くしたり」。土の良さも、手で直接触るとわかる。「どれくらい土が水分を含んでいるか、湿度計で測るよりも、手のほうが早い。例えば昨年の7月は一回も雨が降らなかったので、そんなときにも土が乾燥しすぎないように、手で感じたら、瞬間的に管理の仕方を考えている」。野菜を触るときも、手袋はしない。おいしさも、手で感じられるほどに敏感になったということか。「いや、そこまでは。ただ、土で汚れた手で野菜を食べるのは、大好きです」。作るのが楽しい、食べておいしい。それを誰かと話して共有していく。幸せは、そこから生まれる。

profile

八一農園の衣川木綿さん

衣川木綿(八一農園)

きぬがわ・ゆう/ファーマー。「八一農園」の園長。外資系の化粧品メーカー勤務や藤沢でのバーの経営などを経て、パートナーの晃さんとともに2018年に就農。「バーのお客さんの畑で、里芋の収穫を手伝わせてもらって。90歳を過ぎた農家のおじいちゃんが作業をしている姿がめちゃくちゃカッコよくて、自分たちもやりたくなった」。援農と農業研修を経て、不耕起栽培の八一農園をスタート。今は、「八一農園」での耕作の他にコミュニティで野菜を作る畑「ハーベスト・コモンズ」を主宰している。

Instagram:@hachiichi_nouen

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