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「結婚はムリかも…」34歳女が、6年付き合った年収4,000万の外銀男との別れを決断したワケ

  • 2024.5.7

麻布には麻布台ヒルズ。銀座には、GINZA SIX。日比谷には、東京ミッドタウン日比谷…。

東京を彩る様々な街は、それぞれその街を象徴する場所がある。

洗練されたビルや流行の店、心癒やされる憩いの場から生み出される、街の魅力。

これは、そんな街に集う大人の男女のストーリー。

▶前回:「あの子とは何でもない」と言い訳されたけど…。彼氏が他の女性と出会っていた28歳女の末路

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Vol.12 『さよならを告げる夜/東京ミッドタウン日比谷』直子(34歳)


― 予約しちゃった…海外旅行!

スマホに届いたカンクン旅行の日程表を確認し、直子は心躍らせながら有楽町のパスポートセンターを出た。

新卒から大学職員として働いている直子にとって、海外に出る機会は稀だ。

外資系証券会社勤務の彼氏・孝一が頻繁に海外出張に出かけるのを、日頃は羨ましく眺めるばかり。こうして旅行の日程表を見るだけで、すでに気持ちは海の向こうへ渡りそうだ。

パスポートの更新という面倒な用事ですら、今は冒険への第一歩のように感じられる。

無事パスポートの申請を済ませた直子は、ガイドブックをゆっくり眺めようと東京ミッドタウン日比谷にある『パティスリー&カフェ デリーモ』に入った。

ここには美味しいモクテルがあるのだ。近い将来の妊活を考えている直子は、アルコールを控えている。

モヒートが好きな直子にとって、フレッシュミントを使って絶妙な味わいを再現したモヒートのモクテルが味わえるのは嬉しい。

シュワシュワと弾けるソーダを眺めながら、この夏訪れる中南米リゾートに想いを馳せる。

― うれしいなぁ、孝一と久しぶりの海外!一緒に海外旅行に行ったの、もう5年以上前かぁ。

今ほど円安でなかった当時、恋人になったばかりの孝一とバリで豪華なヴィラに宿泊した。グルメやスパ、サーフィンなどを存分に楽しんだことを覚えている。

当時20代だった直子は34歳となり、孝一は38歳。立派なアラフォーだ。

付き合って6年。直子のマンションの更新日が近づいたことをきっかけに、ふたりは昨年ようやく同棲を始めた。

赤坂にある広めの築浅マンションで、高台にあるため眺めは良好。BoConceptの家具にシモンズのベッドをそろえ、心地良い暮らしを実現している。

経済的に恵まれたふたりの同棲は、何不自由ない。その点で、直子は孝一との生活に満足している。

しかし…。

「同棲まで来れば、結婚まであと一息。…って思ったんだけどな」

そう思いながらはや1年。

バツイチの孝一はなかなか結婚に踏み切らず、「今の生活が幸せ」と言って話をはぐらかしてくる。

しかし直子は、29歳から34歳の女性にとって大事な6年間を、孝一と過ごしたのだ。

周囲からはすっかり結婚を期待されているし、直子自身、授かり物とはいえ出産も諦めきれない。

― 学歴も経済力も申し分のない孝一と、どうしてもこのタイミングで結婚したい…。

そう考えると、心中は穏やかでいられない。

「以前から、結婚したいという意思は伝えてる。それにカンクンはハネムーンの聖地だし…もしかしたら…。ううん、きっと…」

青く美しい海と純白の砂浜。波音を聴きながらのプロポーズ…。

爽やかなミントのモクテルを口にしながらビーチの写真を見つめ、直子はカンクン旅行への期待で胸を膨らませるのだった。

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カフェを出て時刻を確認すると、16時。

「まだ夕飯まで時間あるなぁ」

ふらふらと階上へ出ると、日比谷ステップ広場が色とりどりのアーティフィシャルフラワーに彩られている。

近くで作品を見ようと大階段へと近づくと、ドイツ語で電話をしている青年に目が留まった。

― 何か困ってるみたい。声をかけたほうがいいかな…。

大学でドイツ語を専攻し、クラシックや哲学の好きな直子は、今もドイツ語を話すことができる。

電話を切ってため息をついた青年に、直子はドイツ語で声をかけた。

「あの、何かお困りですか?」

「わっ!ドイツ語が話せるんですね。実は…」

話を聞くと、シンポジウムの会場がわからず、広場で立ち往生しているのだという。

「会場は、『Q HALL』ね。そういえば…」

直子が以前6階の空中庭園を散策した時に、同じフロアに『BASE Q』と呼ばれるエリアがあった。

会場までの道案内を申し出ると、青年がほっとしたように顔を綻ばせる。

「ありがとう。それにしても…ドイツ語が流暢とは珍しいですね」

「大学で勉強して、今もドイツ文化が好きなんです」

「そうなんですね!嬉しいな。逆に僕は日本文化が大好きで。春から、日本で働くことになったんです」

6階までの道すがら、ドイツ語の心地よいテンポに話が弾む。

無事『Q HALL』に到着すると青年は感謝の言葉を述べ、青色の瞳をまっすぐ直子に向けた。

「僕はアルノーといいます。せっかくのご縁なので、よかったらまた会いましょう」

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その夜、直子が部屋でくつろいでいると、アルノーからメッセージが届く。

『直子さん、今日はありがとう。出会えてよかったです』

『こちらこそ。思いがけず楽しい時間でした。シンポジウム、間に合った?』

返信にはすぐに反応があった。シンポジウムの感想から始まり、日本での新生活、互いの仕事について…と、チャットのように会話が続く。

ひとしきり盛り上がったあと、パソコンを閉じてバスルームへと向かうと、鏡に映る自分の口角がキュッと上がっている。

― うん。今日はいい日だったな。

長らく忘れていたワクワク感。新しい出会いと、彼…アルノーを知っていくことへの小さなときめき。

この気持ち…もしや浮気に近い?と自問したところで、ふと思う。

― そもそも私、なんで今、部屋にひとりなんだろう…。

本当は今夜は孝一と、旅行の計画がてら夕食を共にする予定だった。

しかし、夕飯時になって孝一から来たのは、『休日出勤、緊急対応で遅くなりそう。先に食べてください』という簡素なLINE。

― 同棲1年目で、さすがに浮気はないと思ってたけど…。

最近の孝一は、遅く帰ってくるとしばらくスマホを触っている。今までになかった国内出張も増えた。

コロナ禍でワークスタイルが変化した、という孝一の言葉を信じていたが、あらためて振り返ってみると気になることばかりだ。

― そもそも証券会社の仕事って、スマホでできるの?

胸の中に小さな点のように生じた疑念が、じわじわと広がっていく。どうにか気を紛らわそうとスマホを手に取ると、通知が鳴った。アルノーだ。

『来週、食事に行きませんか?』

異性からの食事の誘いなんて、何年ぶりだろう。

嬉しさを感じつつも、直子は孝一と同棲中の身だ。一瞬返事をためらうものの、すぐに今自分が置かれている状況を思い出す。

― 毎晩、孝一からのLINEにがっかりするだけの夜を過ごしてるんだもの。たまには男の人と食事くらい…行ったっていいよね?

『お誘いありがとう。ぜひ行きましょう!』



翌週の木曜日。直子は弾む足取りで『春秋ツギハギ』に到着した。

出会った街・日比谷にあり、日本の食と美味しいワインのマリアージュを楽しめるということでアルノーが見つけてきたのが、この店だったのだ。

照明をほんのり落とした優雅な空間を前にして、期待と背徳感が入り混じる。

― 来ちゃった。こんなお洒落なところで異性と食事、いいのかな…。いや、ここまで来たんだから、行っちゃえ!

胸を高鳴らせながら入店し、予約してくれたアルノーの名を告げる。

けれど、そんな直子に店員が返したのは、予想外の言葉だった。

「お連れ様2名、お待ちです」

― うん?2名…?

席へ案内されると、そこにいたのはアルノーだ。そしてその隣に、ひとりの女性が座っている。

「直子さん!元気でしたか。紹介します、僕のパートナーの美玲(メイリン)です」

「直子さん、はじめまして。突然ごめんなさい。彼から直子さんの話を聞いて…私が会ってみたいとお願いしたんです」

思いもよらない人物の登場に、直子は動揺とほのかな落胆を感じた。

― 私、心のどこかでアルノーとの進展を期待していたのね…。

淡い期待に対する恥ずかしさで赤らんだ顔をごまかそうと、直子は美玲へ満面の笑みを向ける。

「直子です。素敵な彼女を紹介してもらえるなんて…嬉しいです!はじめまして」

そんな直子の様子に美玲は安心したのか、ディナーは和やかな雰囲気で始まった。

ゆっくりと食事を楽しみつつ、酒好きなアルノーが2本目のワインを注文したところで、美玲が切り出す。

「あの、今日は割り込むようなことをして失礼しました。直子さんがどんな女性か気になってしまって…」

「失礼なんて…私は美玲さんに会えて嬉しいわ。今日は3人で美味しいもの食べよ!」

「ありがとう。直子さん…綺麗で素敵な方ですね。アルノー、ちょっとは気があったんじゃないの?」

「やましいことは何もないよ。だから今日美玲を連れてきたんじゃないか。確かに直子さんは素敵だけど…」

しどろもどろになるアルノーを横目に、美玲は柔らかな微笑みを浮かべながら言う。

「はいはい。でも実は私も、日本に来たばかりで友達が欲しかったんです。直子さんに対してただ嫉妬したわけではなくて、街中で友達を作れるアルノーが羨ましくて…」

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思ったことをストレートに口にしながらも笑顔を交わすアルノーと美玲は、とても幸せそうだ。

― 素敵だなぁ、ふたりの関係。

直子は思う。自分と孝一は、こんな会話ができるだろうか。

6年も費やしてきた関係。後戻りはできない。前に進む。それだけを考えていた。

しかしいつからか孝一とは…お互いに目を背け、徐々に遠くへ向かっている気がする。

― 私と孝一は、いつ繋いだ手を離してしまったんだろう。

ぼんやりとそんなことを考えていると、自然と直子の口からは本音が溢れていた。

「私からすれば、美玲さんとアルノーのふたりともが羨ましいよ。信頼関係で結ばれたパートナーって、本当に貴重だと思う」

バツが悪そうにふたりが笑う。

「そうですか?僕たちもいろいろあったんですよ…」

「はい。でも話し合って、再構築しました。この幸せな関係を保ちたいから…実はアルノーと私は、結婚せずにパートナーでいようって話してるんです。制度に縛られず、信頼のもとで一緒にいられる関係が、私たちにとっては心地いいから」

踏み込んだ話をしながらもアルノーと美玲は、運ばれてきた炊き立ての釜飯を見てはしゃいでいる。

その様子をぼんやりと眺めながら、直子は長い迷路から抜け出せる光を見つけたような気がしていた。

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食事を終えて、「また会おうね」と約束して、直子はアルノーと美玲と別れた。

それでも直子はまだ家に帰る気になれず、ひとり銀座のバーに寄りカウンターに座り、思考を巡らす。

― 私、費やしてきた時間を無駄にするのが怖くて…離れて行く孝一を、結婚で縛りつけようとしていたのかもしれない。

20代後半から女友達が続々と結婚していく中で、感じる焦り。

乗り遅れた分、良い人と結婚しなきゃ。30過ぎてイチからやり直すくらいなら、今一緒にいる孝一とゴールインしたい。

いつのまにか、そんな惨めな想いに囚われていたのかもしれない

だからこそ、浮気を疑っていても、パンドラの箱を開けるようなことは避けた。穏便に結婚までの最短距離を行くことに、執着していたのだ。

見て見ぬふりをしていた現実は、アルノーと美玲の信頼関係を前にして、見逃せないものとなった。

孝一と直子の関係は──とっくの昔に、壊れていたのだ。

― 私、話し合うことでもう一度孝一と向き合える?…私自身、どうしたい?

すると、熱くなった頭に水を差すかのように、薄暗いカウンターの上でスマホの画面が光った。

『残務が終わらず、帰宅は難しそう。先に寝てね』

味気ない、孝一からのLINE。

彼と話すチャンスのないまま、時間だけが過ぎていく。

― こんな状況なのに、現実から目を逸らして、ハネムーンの聖地への旅行を計画して、プロポーズを期待して…。滑稽だな。

予約したカンクン旅行まであと何日だろう、と手帳を開くと、今日の予定に何か書いてある。

“孝一仙台出張”

― 出張中なのに「帰宅は難しい」という連絡…?辻褄が合わない。

もう孝一は自分に、嘘すらちゃんとついてくれない。その事実は、直子が結果を出すのに十分な理由だった。

― 私自身、どうしたい…?

直子の中で、答えは出た。

孝一からのメッセージ通知を親指で弾くと、直子は旅行会社の予約ページを開いて「キャンセル」のボタンを押す。

― ここまで来ちゃったけど、今からだって新しい道を歩んでもいいよね。

2LDKの家で彼を待つ夜にはさよならを告げる。

我慢していたお酒だって好きなだけ飲んで、街に出て新たな発見や出会いを楽しむのだ。

「人生は長いもの。執着は捨てて、楽しもう」

誰に向かってでもなくそう小さく呟くと、直子は住まい探しのアプリをダウンロードする。

そして、手元のバージンダイキリをグッと飲み干し、アルコールを気にせずに大好きなモヒートを注文した。



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