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「安くてうまい」「レトロ」だけじゃない “町中華ブーム”の本質

  • 2024.5.6
町中華ブームの背景は?
町中華ブームの背景は?

地域に根差した中華料理の大衆食堂である「町中華」が、テレビ番組やニュースサイトなどで取り上げられ、ブームとなっています。おいしくてボリュームのある料理を手頃な価格で提供する点や、年季が入った外観や店内によって醸し出されるレトロな雰囲気などが、多くの人に支持されているようです。

さまざまな社会問題を批評する評論家の真鍋厚さんは、町中華ブームには、いくつかの要因があるといいます。真鍋さんが解説します。

食を通じて自尊心を回復

数年前から町中華がちょっとしたブームです。最近は、町中華の仕込みから閉店までの1日の様子を収めた動画がYouTubeで配信されており、人気を集めています。中には、再生回数が数百万回に上る動画もあり、関心の高さがうかがえます。

しかも、町中華だけではなく、地元住民に親しまれている定食店やそば店、ラーメン店などに密着した動画も配信されており、町中華の動画と同様、多くの人に視聴されています。人々の興味が地方の食文化にまで広がっていることがよく分かります。

町中華のような飲食店に密着した動画が見られる理由として、ご当地グルメの再発見や、昭和レトロに対する若者の意識変化などが指摘されていますが、実はもっと深い理由があるように思えます。

まず経済的な要因が考えられます。「失われた30年」という言葉がありますが、日本はバブル崩壊以降、諸外国に比べ、経済成長率が低い状況が続いています。

また、厚生労働省が4月23日に発表した2月の「毎月勤労統計調査」(従業員5人以上)の確報値によると、物価の影響を考慮した労働者1人当たりの「実質賃金」が23カ月連続のマイナスとなり、働く人々の収入が上がらず、生活が苦しい状況にあります。

そんな中、牛丼チェーンの「うまい、安い、早い」のような要素がそろった町中華が再評価されるのは自然なことのように感じられます。例えば、YouTubeの動画のコメント欄には「本当に尊敬します」「日本の宝」といった意見が上がっています。

リーズナブルな価格でボリューミーなメニューを維持する店主の心意気、その職人的なストイックさなど、いわば「健全な市民感覚」の体現者、ロールモデルとして好意的に受け止められている面もあるでしょう。そのため、利用者にとってはコストパフォーマンス(コスパ)が良いことはもちろん、健全な市民感覚を体感する場になっているのかもしれません。

そして、その深層には、食を通じての自尊心の回復があることが見えてきます。例えば、ファミリーレストランのサイゼリヤが「デートをする場所ではない」「お金のない貧乏人が行くところ」などとSNS上で笑いの種にされると、「サイゼリヤのクオリティーはすごい」「サイゼリヤをバカにするな」という反論が投稿され、たびたび論争になります。この怒りの声の根底には、恐らく日本の食文化を誇らしく思う帰属意識が潜んでいます。

このようなスタンスは、「日本の料理を絶賛する外国人」に関する記事や動画などへの反応にとりわけ顕著に表れています。

例えば、日本に旅行に来た外国人ユーチューバーなどがとんかつやパンケーキなど、日本独自のグルメを堪能し、狂喜する様子を収めた動画が、YouTubeで公開されることがあります。すると、多くの日本人によって頻繁に視聴され、拡散されています。

ここにあるのは、一種のフードナショナリズム(食の自文化中心主義)です。日本の食の魅力を積極的に発信するのではなく、冷笑に対する反論や、外国人からの賛辞を好んで拡散する現象として噴出するのがいかにも日本的です。

「古き良きもの」の再発見を求めるように

かつて日本は、自動車や電子機器などによって世界市場を席巻し、人々はその技術とブランドに誇りを持っていました。しかし1990年代末以降、日本経済が衰退局面に入り、ものづくりが凋落していきました。

豊かさの基準とされる国民1人当たりの名目国内総生産(GDP)にその変化が明瞭に示されています。経済協力開発機構(OECD)の加盟国で比較すると、日本のGDPは2022年に加盟38カ国中21位となり、イタリアに抜かれて先進7カ国(G7)で最下位になりました。

一方、日本は「クールジャパン戦略」などと称し、外国人にも人気がある「アニメ」「マンガ」といった文化的なコンテンツによって巻き返しを図ろうと試みました。2030年までに訪日外国人旅行者数を6000万人に増加させる目標を掲げた、政府の観光立国化の推進もその一つといえます。

流行語になった「おもてなし」が象徴的ですが、もはや以前のような技術立国が困難なために「文化立国」にかじを切ったようにも見えます。娯楽とインバウンドによる消費拡大を促す方向性です。

しかし、これは少し引いたところから見てみると、経済的に上向きになることが期待できない中で、どうにかして「ありもの」を生かそうとする戦略なのです。何か新しいものを創造するのではなく、すでにある良質なコンテンツを発掘するのに近いといえます。

これは、以前から街中にあった古びた大衆食堂や喫茶店が「昭和レトロ」の文脈で再評価され、従来とは異なる客層の人が押し寄せるのに非常によく似ています。このような流れを意図的につくり出そうというわけです。

個人レベルにおいても同じような動機を共有しています。低成長時代が原因で良い将来の展望が描きにくいため、昔からある「古き良きもの」の再発見を求めて旅に出るのです。

日本には世界に比肩する、いや世界を圧倒する食文化という体験コンテンツがあることを再確認し、かつそのコンテンツを心ゆくまで堪能するのです。このコンテンツは海外旅行とは異なりお手軽なもので、胃袋と自尊心の両方が満たされます。

「内向き」といえば、そうかもしれません。ですが、お金と時間が限られる中で容易に気分が上げられるものがおいしい食事なのです。ある民間シンクタンクの調査では、「食事で幸せな気分になったことがありますか」という設問に対し、9割以上の人が「ある」と回答しています(※1)。

ドーパミンやオキシトシンなどのいわゆる「幸せホルモン」は、一定の強度がある運動のほか、愛情を感じる人やペットとのスキンシップなどで分泌されるといわれています。

中でもおいしい食事は最もハードルが低い「幸せホルモン」の分泌方法といえます。なぜなら、ドーパミンは、食事の際に二度分泌されることが明らかになっているからです(※2)。1回目は食べ物を口に入れたとき、2回目はそれが胃に到達したときです。

健全性に対する称賛や生活の必要性、文化的な帰属意識、幸福の追求。これらの一つ一つに特に問題はないように思えます。しかし、物価高やステルス増税などによって国民生活が厳しくなっている現状を考えると、飲食店が骨身を削ってコスパの良い食事を提供することが、単なる美談として共有される状況に陥る恐れがあります。

確かにコスパの良さは今の時代の主流ですが、「古き良きもの」を食い尽くしてしまう可能性があるのです。

そして、このような「内向き」の生活を送らざるを得ない真の要因、私たちの境遇を左右している社会状況に目が向かなくなるかもしれません。政治や経済に対する問題意識が、自国文化の礼賛によって消え失せてしまうのです。

もし、こうした一連の動きが人々の不満をそらす「パンとサーカス」として実質的に機能しているとすれば、食を巡る話題はもっと違ったものとして見えてくるのではないでしょうか。

【参考文献】(※1)「食欲の秋に、幸せになれるレシピで幸福体質へ」(100年生活者研究所、2023年10月12日)

(※2)Food Intake Recruits Orosensory and Post-ingestive Dopaminergic Circuits to Affect Eating Desire in Humans

評論家、著述家 真鍋厚

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