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現代アート作家が嫁入りした、マタギの村の暮らしとは?

  • 2024.5.5

男は熊を狩り、女は機を織る、厳しい村の暮らしがアートに!?

『現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた』

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大滝ジュンコ著  山と渓谷社刊  ¥1,760

都会から地方へ移住した人たちを多く取材してきた。動機は千差万別だが、人生を前向きに進めるため一歩踏み出した人たちは、眩しいほどに輝いていた。本書で描かれている移住先はマタギが暮らす18世帯の集落。そもそもマタギが存在していることにも驚いたが、縁もゆかりもない土地に嫁いだ著者の行動力には度肝を抜かれる。男たちは命懸けで熊を狩り、魚を獲り、山菜を採り、女たちは男たちの帰りを待ちながら、木の皮を剥いで紡いだ糸で機を織る。「自然とともにある暮らし」とか「持続可能なライフスタイル」とか、聞こえのいい表現が吹っ飛んでしまうほど、山熊田村の暮らしは厳しい。

冬は雪に閉ざされるこの村では、山の恵みを平等に分かち、助け合いながら先人の知恵を守っている。保守的とも思える慣習も、すべては生きるための必然と柔軟に受け入れる著者。爺や婆との暮らしを民俗学者さながらの好奇心を持って楽しんでいる描写が本書の真骨頂だ。というのも著者は工芸を主軸に現代アート活動を続けてきたアーティスト。

その活動を通じて地方創生に関わった経験と情熱が、この地で爆発している。村で千年以上伝えられてきた「羽越しな布(うえつしなふ)」は日本三大原始布のひとつだが、絶滅の危機に瀕した状況を目の当たりにした著者は婆の指導のもと機織りを始める。いままでひっそりと製作され、不当に搾取されてきたしな布を展覧会に出品し、興味を持った若者に伝授。再び響き始めた機織りの音が、止まっていた村の時計を動かし始めた。

熊を相手に山を駆け回るマタギは現代人にとって超人的存在だが、そんな彼らに憧れを抱く著者もまた、自らの嗅覚を頼りに絶滅寸前の村を懸命に守り抜く。限界集落というネガティブな言葉とは裏腹に、村の生活はそれ自体がアートだ。それに気づいた著者は今日も機を織り続ける。本書は、便利さと引き換えに大切なものを失った現代人にとって、お伽話のように心に沁みわたる。

文:久保寺潤子 / フリーエディター・ライター大学卒業後、出版社に勤務。女性誌などで編集者を10年ほど経験し、独立。国内外の旅やライフスタイルに関する記事を多く手がける。「どんなテーマにも個人の物語がある」を信条に、取材・執筆を行う。

*「フィガロジャポン」2024年6月号より抜粋

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