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「行動経済学から考える最強のセールスプロモーション」相良奈美香 〜後編〜

  • 2024.5.3
最強のセールスプロモーション。行動経済学コンサルタント・相良奈美香の心を掴む経済学

行動経済学の始まりは、人間の“非合理”性

これまで私たちは、伝統的な経済学を使って人間の行動を理解しようとしてきました。それは“人間は常に合理的だ”という考え方に基づいています。人間がすべての情報を均等に処理し、すべての選択肢を正しく吟味して、自分にベストなものを選び、行動に移していると考えられてきたんですね。

でも当然ですが、そんなことは理想であって、実際はそうではない。人間の脳の情報処理の仕方には歪みやクセがあって、その時々の状況や感情によっても、常にベストな判断ができているわけではありません。従来の経済学と違い、行動経済学には“人間は合理的な判断のみで行動するわけではない”という考え方が根底にあります。

アメリカではここ10年ほどで様々なシーンでこの学問が話題になって、学べる場所も増えてきていますが、それ以前になぜ広まらなかったか。それは、何百種類もある行動の要因を覚えるだけの学習が主流であったからです。今でもあまり体系化されていないので、専門家でなければ行動経済学が応用できない。日本でもそうですね。そこで、専門家向けだけではなく、ビジネスパーソンのために、体系化のモデルとして私が本で紹介したのが、行動経済学の基本となる3つのトライアングルです。

人がついつい“非合理な意思決定”によって“行動”を起こしてしまうメカニズムには、大きく分けて「認知のクセ」「状況」「感情」という3つの要因があります。

例えばセールスプロモーションの現場でも、伝統的な経済学では、大袈裟な広告だと思うと人は騙されないとしてきましたが、人間には、聞き慣れている情報を間違いだと思っていても、そのうち信じてしまう「認知のクセ」がある。スーパーでの買い物も、一人だと一番安いものを買うのに、他人が近くにいるという「状況」だけで不思議と少し高級な方を選んでしまう。使った金額は同じなのに、キャッシュレスの方が現金より痛みが少ないという「感情」によって浪費をしたりする。

何らかの“非合理な意思決定”があった時、それが「認知のクセ」という脳の中の仕組みによって起こったのか、周囲の環境などの「状況」によるものか、それとも「感情」という心の動きが原因か、大きく分類することで、何百種類もある理論から探すのでなく、よりシステマティックに行動と要因を解くことができるようになったんですね。

私たちは何でも自分自身で合理的に考えて行動していると思っているけれども、実はそうではない。この“非合理な意思決定のメカニズム”が、3つの要因に支配されていると考えることこそが、行動経済学の本質です。ただ実際には「状況」によって「認知のクセ」が変わったり、「認知のクセ」に「感情」が影響を与えることもある。3つの要素は複雑に関わり合いながら、行動に影響を与えているケースがほとんどです。

行動経済学のトライアングル図
出典/『行動経済学が最強の学問である』(SBクリエイティブ)より。人がつい“非合理な意思決定”をしてしまう要因の一つが「認知のクセ」です。これは、脳がインプットした情報をどう処理するのかという“脳の情報処理の仕方”と考えてください。人間の脳には考え方の歪みやクセがあり、それが意思決定を左右している場合があります。例えば、行動経済学で「システム1」と呼ばれる「直感」は、すべての情報を比較して熟考せず、経験則や先入観によって認知の近道をしてしまう脳のクセなのです。脳の「認知のクセ」、周囲の「状況」に続き、人間の意思決定に影響を与えているのが「感情」です。仕事で落ち込んだ気分を解決しようとして、ついお金を使いすぎてしまったり、その時の感情に左右されて最善の意思決定ができなかったということはよくあります。私たちはついつい、感情によっても“非合理”な結果を生み出しているのです。感情をいかに上手にコントロールして、自分や他人を動かすのかも、行動経済学では非常に有用です。人間の“非合理な決定”の要因は、脳の外にもあります。伝統的な経済学には“人間はどんな状況にも左右されない”という前提がありましたが、人間というのは置かれた「状況」に影響されて意思決定し、天気などの環境にも左右されて行動しています。何でも主体的に判断して選んでいるつもりで、無意識に周りの状況に判断させられているんですね。逆に言えば、状況を意図的に作ることで、人間の意思決定を促すこともできるのです。

いったん行動経済学を理解すると、今まで見えていなかったことが見えてくるようになります。なぜ、この商品を買ってしまったのか、それは夜だから脳が疲れていたんだな、とか、陳列やパッケージに釣られてしまっていたのか、とか。

自分の行動の理由がわかると、次にそうなりそうになった時に立ち止まって対処することができるようになり、浪費も防げます。また、ビジネスをする側としては、消費を促すためにどうすべきか。顧客に面倒と思わせず、購入までの意思決定を簡単にしてあげるためにどんな理論が利用できるか。ワンクリックで買い物ができるなんて考えられなかった昔、行動経済学のセオリーとして終わってしまったことが、テクノロジーの進化も伴って様々な分野で活用されています。

みなさんも自分の消費行動の“なぜ”を振り返りながら、ビジネスシーンでも役立ててみてください。

CASE-1 新刊本を並べた書店の書棚

新刊の発売日。棚にずらっと横向きに本が並べられているが……

行動経済学コンサルタント・相良奈美香 行動経済学の購買意欲に関するイラスト
イラストの書店ではイチオシの新刊がずらっと横に並んでいますが、購買数をより増やしたいなら、縦にずらっと並べるのが正解です。特に漫画のようなカジュアルな本よりも単行本やビジネス本などの高い値段設定のものに効果があります。人間というのは無意識的に上の方が、重力に逆らうだけの力があると感じています。仕事内容に関わらず、ビルの2階より80階にある企業の方がすごいと考えてしまうのも「認知のクセ」なんですね。だから、書店やコンビニなどで売りたいイチオシの商品を陳列する場合には、縦に高く積み上げる方がいい。横方向に並べるよりも、縦方向の方が、商品のパワーを感じさせやすくなります。人が情報を処理する時、脳が違和感なく受け入れて納得できる状態のことを、行動経済学の理論で「認知の流暢さ」と言います。つまり、無意識に上にあるものは「パワフル」だと認知されやすく、「認知の流暢性」が高くなるのです。

CASE-2 家電量販店のキャンペーンコーナー

イチオシの洗濯機、掃除機などを1つずつ並べているが……

行動経済学コンサルタント・相良奈美香 行動経済学の購買意欲に関するイラスト
家電量販店の新生活応援キャンペーン。スペースは十分あるのに、冷蔵庫や洗濯機などが1つずつしか置かれていません。行動経済学を活用するなら、売りたいものを1ジャンル1商品ずつ並べるのは間違い。同じジャンルで比較できる商品を横に置くのがベストです。人は一つの商品がどんなものかを見極める時、その単体について知って判断することは少なく、まずは比べるということをしています。比べる対象がないと処理するのが難しい生き物なんですね。書店で同じ土地のガイドブックを買うにも、何冊かを比べてどれにするかを決めたりするはずです。この理論が「並列評価と単独評価」です。横に置いて「単独評価」を「並列評価」にすることで、数値などの比べやすい情報に目が行くことが多くなります。“人は比べるものだ”と理解することによって、広告を出す時にもライバルと比較して何を強調するかなどを考えた、より効果的なアピールをすることができます。

CASE-3 百貨店のバッグ売り場

高級品をお店の一番奥まった場所に置いているが……

行動経済学コンサルタント・相良奈美香 行動経済学の購買意欲に関するイラスト
お店の隅にひっそりと並んだ高級品。売りたいならば、人通りが多いところに置くのがベストです。周りにたまたま人がいるか/いないかということの違いによっても、人間の意思決定というのは変わります。5ドルを渡して小売店で電池を1つ買ってきてもらう実験があり、お釣りが自分のものになるというルールで実施されました。普通なら、お釣りが残る方が得だと考えて安いものを買いますよね。誰もいなければそうであるのに、実験の結果、電池コーナーの周りにほかの客がいた場合、高い確率で高級なメーカーの電池の方が売れた。周囲に人の気配があるほど、人は高級品を選ぶということがわかりました。電池を買うのを見られていたわけでもなく、知り合いでもない、関係のない他者がいるだけで人はその存在に影響を受けてしまう。これを行動経済学で「単純存在効果」と呼び、本人も自覚しない人間の無意識な行動なのです。人は「状況」に決定させられているんですね。

CASE-4 セール中のオンラインショップ

色彩豊かな配色、目を引くセール情報。情報てんこ盛りのサイトだが……

行動経済学コンサルタント・相良奈美香 行動経済学の購買意欲に関するイラスト
夜中にオンラインストアで買い物をしようと思ったら、意味なく色が乱用されていて、商品やコンテンツの並べ方もぐちゃぐちゃ。どこを見ればいいのかわからない……。過剰な商品の選択肢があることで、必要な情報が埋もれて「情報オーバーロード」が起こり、購買意欲は抑制されてしまいます。特に、脳が疲れている夜は情報過多に弱く、意思決定をすることが困難に。人を選択に導くためには、オススメを作ったり、分類をしたりするなど、簡単で見つけやすく、理解しやすい「情報アーキテクチャー」の構築が必要です。情報を整理するとともに、商品をクリックしたら、類似商品が出てくるようにすると、比較をしながら選んでもらいやすくなります。また、このページでは現状、30%OFFと書かれているだけですが、元の値段の1,000円に横線を引いて700円と明記するなど「アンカリング効果」も活用すべきです。あらゆる方法を駆使して売れるサイト構築をしましょう。

CASE-5 品揃え豊富なワインショップ

棚一面に並ぶワイン。値段がわかりやすく表記されているが……

行動経済学コンサルタント・相良奈美香 行動経済学の購買意欲に関するイラスト
ボトルがたくさん並べられたワインショップ。比較するものが値段しかなく、値段も似たりよったりで、どれにするか決められません。無数にあるワインから消費者が選びやすくするためには、価格以外に、産地や、甘味・酸味・渋味など、共通して比較できる品質情報を、ポップなどを使って明確に提示してあげること。ほかと比較して迷わず商品を選べるようになり、購入者を増やすことができます。品質情報を提示した場合、それを知ったうえで購入した消費者に、2ヵ月後も「あの時のワインは良いものだった」という満足感を残せることもわかっています。CASE−4で説明した「情報オーバーロード」と似ていますが、行動経済学には「選択オーバーロード」という理論もあり、選択肢があまりに多すぎると人は選ぶことができません。基本的により多くの選択肢があることを人は好みますが、実際には類似商品を何種類も積み上げられても、選べなくなってしまうんですね。

profile

相良奈美香(行動経済学博士、コンサルタント)

さがら・なみか/オレゴン大学で行動経済学を専攻、博士課程修了。行動経済学のコンサルティング会社である〈ビヘイビアル・サイエンス・グループ〉を設立し代表に。著書に『行動経済学が最強の学問である』(SBクリエイティブ)がある。

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