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職人集団「アライテント」の伝統と挑戦。テントという「道具」が切り開く未来

  • 2024.4.25

アライテント社長 新井 肇さん

プロフィール/1968年、東京都練馬区生まれ、埼玉県所沢市で育つ。2016年に2代目社長に就任。幼少期よりアウトドアに親しみ、現在も釣り、登山、バイクなどを趣味に持つアクティブ派だが、本人いわく「子どもの頃はインドアな子でもあった」。部屋で絵を描いたり、工作をしたりするのが好きで、テントを作る父親の仕事が工作に近いと思い、少年時代からアライテントの仕事を受け継ぐ気持ちを持っていたそう。

少年時代は自作のルアーで遊ぶ「釣り少年」

――フィールドで遊ぶようになったのは、いつ頃ですか?

新井 肇さん(以下「新井」):祖父と父が外遊びが好きで、小さな頃から連れて行ってもらいました。なかでも、私が夢中になったのは釣りです。自転車に乗れるようになってからは遠出をして、それに釣りを絡めるという遊び方をしていましたね。

――では、外遊びといえば、釣りだったんですね。

新井:そうですね。小学校の頃からです。高校も部活はやらずに毎週末釣りへ。なんなら平日もしていたかもしれません(笑)。所沢から青梅まで行って、多摩川あたりで釣るんです。

夏休みには、テントを持っていって、友達とキャンプしながら釣り、なんてこともやっていました。その頃は、ブラックバスのルアー釣りが流行っていまして。私は自分でつくったルアーで釣っていたんですよ。ものづくりの楽しさをその頃から感じていたんだと思います。

大人になってから、幼少期に経験した登山へ回帰

――山も登っていたんですか?

新井:原体験としては、家族登山があったと思います。ただ、子どもを遊ばせるのに「登山だけではつまらないかも」と思ったんでしょうね。夏休みのような長い休みは、山から降りてきて、麓でキャンプをするという過ごし方をしていました。

――思い出に残っているアウトドア体験はありますか?

新井:30代に入ってすぐの頃、約6日間で剣岳から立山、薬師岳まで縦走したことですかね。それは今でもよく思い出しますね。

――どんなところに楽しみを感じましたか?

新井:まず、それぞれの山で感じる景色や道中のすばらしさがありますよね。それに加えて、自分で計画を練って、それを実行しているという楽しさもありました。天候によっては、思い通りにはならなかったり、辛い山行になったりしますけど、そういうことをひっくるめて、おもしろいなと。

――ご自身で山に登るようになったのはいつ頃だったんですか?

新井:ずっと釣りばかりしていたので、登山は社会人になってからなんですよ。「こういう仕事をしているわけだから、登っておいたほうがいいよな」という気持ちも当然あったと思います。

じつは、小さい頃の家族登山でいい思い出があまりなかったんです。「登山靴の中が痛い」とか「ショルダーベルトが痛い」とか、そういう記憶ばかりで。でも、どこかで達成感みたいなものがあったのでしょうね。「またちょっと登ってみようかな」と。で、登ってみたらやっぱり楽しかった。すぐにハマりましたね。

最近はバイクを駆って、キャンプツーリングへ

こちらは名品テント「エアライズ」。テントメーカーだけに、試作品などが使い放題だったそう

――登山以外にハマっていることはありますか?

新井:コロナ禍以降は、バイクで出かけています。2日使えるときは、キャンプツーリングをしたり。林道を走っていたら、偶然、脇でテントの撮影をしている自社のスタッフに会ったこともありますよ(笑)。

――どんなバイクに乗られてるんですか?

新井:今乗っているのは「MT-09」というヤマハの大型バイクですね。バイク歴も結構長いんですよ。高校を卒業してから乗っていて。オフロードバイクが最初だったかな。遠くに行きたいって気持ちがあったんですよね。

――ツーリングキャンプにはもちろん、アライテントの製品を持っていくわけですよね。

新井:父に「使っていないテントある?」というと、試作品などを出してくれるわけです。でも、その頃、テントはキャンプを楽しむ道具というより、ただの宿泊場所でしたね。

高校時代に、釣りの荷物が多くなってしまって、テントを持たずに出かけたこともあったんですよ。橋の下で寝たんですけど、それが怖いし、辛くて。そのとき、「布1枚あるだけで安心感を得られるテントってすごいな」と実感しました。それ以来、必ずテントは持っていきます。

思いどおりにならない自然が相手だからこそ、おもしろさを感じる

――いわゆるオートキャンプもされるのでしょうか?

新井:ダッチオーブンが流行った頃に、「食べキャン」と称して、ひたすらおいしいものをつくって食べるというキャンプを友達としていました。煮込み料理だけでなく、凝ったものもつくっていましたよ。パンみたいな発酵物とか、餃子を皮から作って、現場で焼いて食べるなんてことも。

――自然のなかで食べるということが楽しかったわけですね。

新井:もちろん、シチュエーションもありますが、家でつくるのとは事情が変わるじゃないですか。条件が違うので、うまくいったり、いかなかったり。「じゃあ、外で作る場合にどうすれば失敗しないか」ということを考えることも楽しかったんです。

――登山でも、料理でも、思いどおりにならないほうがおもしろいと。

新井:意外と楽しめてしまうんですよね。単純に辛いということもありますが、時間が経つと、楽しかった思い出になりますし。アウトドアで遊んでいる人たちは、みんなそうなんじゃないですかね。辛かった体験を忘れるわけではないんですが、「今度はうまくやろう」というモチベーションにもなりますよね。

外遊びは学びの場。現場でこそ、手に入れた知識が自分のものになる

生地や製作するための道具が巨大な台の上に置かれているアライテントの工房内

――たくさんアウトドアの経験をされているなかで、失敗やピンチなことがあったら教えてください。

新井:比較的ないほうですが……。今は上陸できませんが、群馬県に矢木沢ダムというのがあるんです。まだ雪がたくさん残っている季節に、キャンプギアやプロパンガスなんかをカヌーに積んで、ダムの奥で遊ぼうと。

そうしたら、テントのフレームを間違えてしまって。なんとか工夫して張ることはできたんですが、そのときは非常に焦りましたね。でも、経験と知識があれば、どうにか応用が利くものですね(笑)。

――そんな外遊びの経験が、ご自身の人生に与えた影響はなんでしょうか?

新井:外遊びの場は学びの場だと思うんです。たとえばHOW TO本を読んだりとか、ウェブで情報を集めたりとか、人から聞いた知識とか。そういうものって、最初は引き出しの中にしまってあるだけなんですよ。

ところが、それを現場でやってみると、突然、腑に落ちる。ちゃんと形になって「あ、これはこういうことだったのか」と経験になるわけです。そこでやっと、知識が技術として自分のものになるのではないかと思います。

工房の2階にはミシンが所狭しと並び、職人の手で作業が行われている

――学んだ知識がそこで初めて完成するんですね。

新井:そういう瞬間が外遊びでは多いと思うんですよ。日常の中で全くないというわけではないですけど、外遊びのほうが、そんな体験をすることが多いですね。

――仕事にも通ずるものもありますか?

新井:机上だけでなく、現場で実際に製品を使ってみることを大事にしています。これはダメだろうって思ってたものが、「あ、けっこう使える」となったり、使えると思ってたものが、案外ダメだったり。それはやっぱり現場で試してみないとわからないことなんですよね。

2023年に発売された新製品「SLドーム」。本体+フライシート+フレームの重量はわずか1kg未満!

――軽量の山岳テントをリリースしてきたなか、2023年にはさらに軽量の「SLドーム」が発売されましたね。

新井:従来の「エアライズ」や「トレックライズ」は、何年か前まで軽量とされるテントだったんですが、今はもうそうではなく、信頼性の高いテントという位置付けになりました。

「エアライズ」などをつくってくなかで「軽さを追求するのはやめよう」という声が出てきたんですよ。単純に軽いだけのものをつくることはそれほど難しいことではなくて、強度を無視して薄い生地を使い、サイズも小さくしてしまえば、軽量にはなるんです。

でも、それは使ううえではバランスが崩れていたりするわけです。「エアライズ」や「トレックライズ」は、そういう方向に持っていかないほうがいいんじゃないかと。それで、安定性とか、信頼の置けるものとして、ベーシックなシリーズになっていったんです。

――そこで、別の路線として「SLドーム」ができたわけですね。

新井:テントにおいて、軽さは意識せざるを得ない要素の1つ。ですので、10年くらいかけて素材の探求をしていました。ただ、探すだけでなく、生地を扱う業者さんと加工の研究をしたり。そうしていくうちに、材料がだんだん集まってきて、うちならではの軽いテントをつくってみようと。

――今までの本流とはまた別の目的、使い方として。

新井:定番があるから、できたものですね。長年販売しているモデルは制約が多いんです。10年や20年近く使ってくれている方もいて、「フライシートだけ交換したい」とか、「フレームをなくしちゃったんだけど」というご要望もあるんですよ。それに対応するためには、サイズや接続部品を変えることはできません。

「SLドーム」は、そういう制約から外れたところでつくれるものでした。とにかく「軽さ」を重視しているテントなので、ユーザーさんには少し我慢してもらわなければならないところもありますが、薄さや軽さと強度、耐水圧を絶妙なバランスで仕上げています。

好きなことを仕事にするのは、幸せだろうか?

生地を何往復もさせて平らに伸ばす延反機も人力で押しながら使用している

――アライテントさんが、ものづくりで大切にしていることはなんでしょうか?

新井:長く使っていただいてもケアできるいうことと、ユーザーさんからの信頼ですね。あと、テントは道具ですから、あくまで使う人に寄り添えるものでありたいと思っています。エントリーユーザーにはスキルアップを促してくれ、熟練者が使っても物足りなくない。そんな製品を目指しています。

――先代から受け継いだこだわりやメッセージはありますか?

新井:丁寧な仕事で信頼を築き上げられるような製品作りやケアというのは、当たり前に受け継いできた感覚です。

あとは、父が「趣味や遊び、好きなことを仕事にするのは幸せなのか。それと仕事は別にして、純粋に楽しむのが幸せなのか。お前はどう思う?」と入社当時の私によく問いかけていたんですね。

おそらく「好きなことを仕事にすると、嫌なことや、それを楽しめなくなることにも直面するぞ」ということを、言いたかったのではないかと。私自身は、この好きな遊びに仕事として携われることが幸せだと思っているんですが、父はどうだったのだろうと、今でも思い出す言葉ですね。

だから、採用面接で「山が好きなんです」と話す方が来ると「この方はどうなんだろうな」考えてしまいます。父の言葉がぽっと出てしまうこともありますね。その人をその答えで評価するわけではなくて、この人は最後どう思うんだろうなっていうのが気になってしまうんです。

テントを張って外遊びができる環境があるのは、恵まれていること

――好きな遊びをお仕事にされているわけですが、プライベートで遊ぶときと仕事でテントの見方は変わりますか?

新井:一緒になっていますね。遊びに行っても、仕事の目でも見ています。テントを張るときも、異様に時間がかかるんですよ。アライテントの製品が1番かっこよく張れる形をつい追求してしまうので。特にタープが絡むと、張り綱をもうちょっとずらしてみようとか、延々とやってしまいます(笑)。ザックのパッキングもそうですね。背負ったときに、かっこよく見えるように整えたり。

――次の世代に伝えていきたいことはありますか?

やっぱり「ものをつくれる」メーカーであり続けたいので、なにか思いついたら、とにかく「つくってみろ」と伝えています。結果的にそれが使えるものではなくても、別のものにできたり、新しい構造のヒントになることもありますから。

――これからのアウトドアのシーンへの思いを教えてください。

新井:楽しみ方は多彩になっていますが、私はその環境が残されていることに感謝しながら遊びたいという気持ちが強いです。特に山は、環境保全のために幕営禁止になっている場所もあります。そういうところが増えてしまうと、せっかく登ってもテント泊ができません。

「じゃあ、小屋に泊まればいいじゃん」となるかもしれませんが、建物の中に泊まるのと、テントを張って生地1枚、2枚だけを隔てた外で寝るというのは、ずいぶん違います。テントのほうが自然をより近く感じることができますし、その体験が、残されている環境への感謝と、維持していく気持ちにつながると思います。

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