1. トップ
  2. 恋愛
  3. 蛾は以前のように「光に引き寄せられないよう進化している」【ハーバード大学】

蛾は以前のように「光に引き寄せられないよう進化している」【ハーバード大学】

  • 2024.4.23
【進化】蛾は以前のように「光に引き寄せられなくなっている」と判明!
【進化】蛾は以前のように「光に引き寄せられなくなっている」と判明! / Credit:川勝康弘

飛んで火に入る夏の虫が、少なくなっています。

アメリカのハーバード大学(Harvard University)で行われた研究により、蛾が光を利用した罠によって捕らえられる数が、25年前と比べて大幅に低下していることが示されました。

またこの傾向は複数の地域で同時に確認されている、広域かつ長期的なものであることも示されました。

光を使った罠は大学の研究者だけでなく地元の学者、さらには夏休みの自由研究などにも利用される極めて普及した方法として長年にわたり利用されてきました。

今、光と昆虫の間に何が起きているのでしょうか?

結論から言えば虫たちは人工光に捕らえられないよう進化している可能性があるようです。

研究内容の詳細は2024年4月19日に『Journal of Insect Conservation』にて「蛾は以前ほどライトトラップに引き寄せられなくなっている(Moths are less attracted to light traps than they used to be)」とのタイトルで公開されました。

目次

  • 光の罠に捕らわれる虫の数が減っている
  • 虫は光に捕らわれないように進化している可能性がある

光の罠に捕らわれる虫の数が減っている

昆虫学では光を使った罠(ライトトラップ)は、多様な昆虫を誘引するために、古くから利用されてきました。

ライトトラップに用いられる光は主に強い短波長光(ブラックライトなど)を利用します。

人間の目と比べて昆虫の目には短波長の光が明瞭に映るため、これを利用して昆虫を効果的に誘引することができるのです。

近年の研究では、その原理も明らかになっています。

2024年に発表された研究において、実は昆虫たちは光を目指して突撃しているわけではなく、光によって上下感覚を失い、光の周囲に閉じ込められていることが報告されています。

研究分野においてライトトラップは、昼行性よりも夜行性の昆虫に有効であり、小型の蛾より大型の蛾のほうを集めやすいこと、さらにメスよりもオスのほうを捕らえやすいことがわかっています。

またこの特性は害虫駆除器などにも利用されています。

コンビニなどのお店の前に設置された、紫色の光(短波光)を発する害虫駆除器が、バチッという音をたてて虫たちを焼き殺す様子をみたことがある人もいるでしょう。

しかしここ最近になって、奇妙な変化がみられるようになってきました。

研究者や昆虫保護活動家などの複数の調査により、ライトトラップによって捕獲される虫たちの数が過去に比べて急激に減ってきたと報告されていたのです。

そこで今回、ハーバード大学の研究者たちは複数の罠を組合わせることで、虫たちと光の間にどんな変化が起きているかを調べることにしました。

調査にあたっては米国の農場で収集されてきた、アメリカタバコガ(Helicoverpa zea)のデータが使われました。

アメリカタバコガはコーンイヤーワームとも呼ばれる蛾の一種であり、農場にとって深刻な害虫となっています。

そのため農場ではアメリカタバコガの数を記録し、管理してきたのです。

なかでもデラウェア州の記録は最長で25年前にまで遡っていました。

蛾の捕獲に用いられていた方法は、メスの発するフェロモンとライトトラップの両方を駆使したものでした。

研究者たちが、これら長期的なデータを分析すると、非常に驚くべき結果がみえてきました。

調査を開始した初めの5年と最近の5年を比べたもの。当初と比べてライトトラップに捕まる蛾の数はほとんどいなくなってしまった
調査を開始した初めの5年と最近の5年を比べたもの。当初と比べてライトトラップに捕まる蛾の数はほとんどいなくなってしまった / Credit:Ian Battles et al . Moths are less attracted to light traps than they used to be . Journal of Insect Conservation (2024)

記録を開始した当初、フェロモントラップで捕獲した蛾の総数を100%とすると、ライトトラップで捕獲できる総数は約30%でした。

しかし年月が経過すると、フェロモントラップで捕獲できる数は一定なままであったものの、ライトトラップで捕獲できる数だけが急速に減少していきました。

そして近年ではフェロモントラップで捕獲した数のわずか4.6%のみしか、ライトトラップでは捕らえられなくなっていることが判明します。

この結果は、蛾の総数は変らないのに、ライトトラップで捕らえられる蛾の数だけが急減していることを示しています。

同様の結果は他州の農場でもみられており、この現象が局所的なものではなく大陸規模あるいは世界規模で起きている可能性を示しています。

いったいなぜ蛾たちは、光に捕らわれなくなってしまったのでしょうか?

虫は光に捕らわれないように進化している可能性がある

なぜ虫たちは調査で使われるライトトラップに捕らわれなくなっているのか?

研究者たちは第1の要因として「昆虫が光に捕らわれないように進化した」ことをあげています。

光に引かれる昆虫は、捕食者に捕まりやすくなることで怪我をしたり、疲労が蓄積したり、重要な食料源を利用できなくなるなど、生存にとって不利な結果を招きます。

さらに、生き残っても分散や採餌、交尾、産卵といった生命活動の機会を逃すことが多いのです。

そのため人工の光に強く引き付けられる性質をもつ個体は、集団の遺伝子プールから抜け落ちていき、徐々にライトトラップに捕らえられない性質を持つ個体が、より多くの子孫を残したと考えられます。

人工光が増えたことが自然淘汰を加速したのかもしれない
人工光が増えたことが自然淘汰を加速したのかもしれない / Credit:NASA

一方、これまでの研究により、人工の光が増加したことが、ライトトラップで捕らえられる虫の数を減らしたという報告がなされています。

これは「光の競争」と呼ばれており、都市の明かりが強いためライトトラップの光の効力が相対的に低下したとする考えです。

実際、場所によっては過去10年で夜空の明るさが2倍以上に増えたことがわかっています。

そこで今回の研究では19の異なる農場が調べられ、それぞれの農地の近くにある都市の灯との関連性も調べられました。

もし都市の明かりによって「光の競争」が起きている場合、明るい都市の周辺にある農場ほど設置されたライトトラップの効力が落ちるはずです。

光の競争によって罠の効果がおちたわけではなかった
光の競争によって罠の効果がおちたわけではなかった / Credit:川勝康弘

しかし分析を行ったところ、周辺の都市の明るさ(光害)のレベルと、農場のライトトラップで捕獲される蛾の数に相関性がないことが判明します。

そのため夜が全体的に明るくなったため、虫が光にそれほど引き寄せられなくなったという考え方は否定されます。

また、過去に行われた別の種類の蛾を焦点にあてた実験では、明るい都市部の蛾は田舎の蛾に比べて、ライトトラップに引き寄せられなくなっていることが報告されています。

これは幅広い種の蛾において、光に囚われる機会が多いほど、光に向かう性質が減っていることを示唆しています。

虫たちが人工光に捕らわれた経験を学習して回避するようになった可能性もありますが、虫たちの一生は短く学習できる機会や生き残って学習を生かす機会も限られています。

そのため研究者たちは、ライトトラップで捕らえられる蛾が減ったのは、人工光に引き寄せられないように蛾たちが進化したと考えるほうが妥当であると結論しています。

人間にとって数十年という期間は一生の一部に過ぎません。

しかし年間3~7回もの世代交代を行う虫たちにとっての数十年は、人工光を避けるように進化するのに十分な期間であると考えられます。

実際、以前に行われた別の研究では、強力な選択圧がかかると虫たちは飛行能力や夜間活動の割合、感覚能力などさまざまな機能を急速に進化させることが実証されています。

今後、人類がより人工光を多用すればするほど、虫たちの進化が加速し、ライトトラップは昆虫の捕獲方法としてほとんど機能しなくなる可能性があります。

そうなれば、遠い未来の子供たちは古の諺である「飛んで火に入る夏の虫」の意味がわからなくなっているかもしれません。

元論文

Moths are less attracted to light traps than they used to be
https://doi.org/10.1007/s10841-024-00588-x

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

元記事で読む
の記事をもっとみる