1. トップ
  2. ファッション
  3. 袖を触ってスターレイルを操作!刺繍するだけでゲームコントローラーになる繊維

袖を触ってスターレイルを操作!刺繍するだけでゲームコントローラーになる繊維

  • 2024.4.23
刺繡ベースタッチセンサーでゲームをプレイできる
刺繡ベースタッチセンサーでゲームをプレイできる / Credit:Rong Yin(NCSU)et al., Device(2024)

近年、スマートウォッチやスマートグラスなど、「身に着ける」デバイスが続々と登場しています。

次の段階は、私たちがいつも身に着けている服そのものに様々な機能を追加することかもしれません。

アメリカのノースカロライナ州立大学(NCSU)に所属するロン・イン氏ら研究チームは、衣服に縫い付けられた繊維そのものを「タッチセンサー」にすることに成功しました。

これにより、衣服の一部を「パソコンのキーボード」「スマホのタッチパネル」「ゲームのコントローラー」にすることが可能になりました。

研究の詳細は、2024年4月12日付の科学誌『Device』に掲載されました。

目次

  • 衣服に編み込む刺繡ベースのウェアラブルデバイス
  • 刺繡ベースのタッチセンサーはどうやって機能しているのか?
  • 1万回の圧力テストに合格!ただし洗剤が苦手

衣服に編み込む刺繡ベースのウェアラブルデバイス

衣服自体を「身に着けるデバイス」にする取り組み
衣服自体を「身に着けるデバイス」にする取り組み / Credit:Canva

「衣服をウェアラブルデバイスにする」というアイデアは以前からあり、これまでに様々な繊維ベースのデバイスが開発されてきました。

例えば、センサーとして機能する手袋やリストバンド、パッチなどです。

これらは繊維素材で作られているので柔らかく、従来の「硬い」デバイスとは異なった装着感を与えてくれます。

ただし、それら繊維ベースのウェアラブルデバイスの多くは、それ自体が「独立したデバイス」であり、「既存の衣服との統合」は簡単ではありません。

現在のアイデアは、「衣服自体をウェアラブルデバイスにする」というよりも、「衣服に繊維ベースの特殊なデバイスを取り付ける」という形式なのです。

もし既存の衣服に刺繍でウェアラブルデバイスを付与することができれば、今後の可能性は大きく広がることでしょう。

従来の衣服に編み込む「刺繡ベース」の圧力センサーを開発
従来の衣服に編み込む「刺繡ベース」の圧力センサーを開発 / Credit:Rong Yin(NCSU)_NC State Researchers Use Machine Learning To Create a Fabric-Based Touch Sensor(2024)

そこで今回、イン氏ら研究チームは、刺繡ベースのタッチセンサーを開発することにしました。

従来の衣服に特殊な糸を編み込むことで、編み込んだ部分を「圧力を感知する操作ボタン」として機能させるのです。

これは持っている服にこの繊維で刺繍をするだけで、「服がウェアラブルデバイスになる」と言えるでしょう。

実験では、この技術を用いて、スマホに直接触れることなく、音楽プレイヤーの「再生」「停止」「ボリュームの調整」など6つの機能を使い分けることができました。

音楽プレイヤーの操作はイヤホンなどに内蔵されている場合も多いですが、直感的に操作がしづらく、かと言ってコントローラーを別に装着するとなると邪魔になったりします。

しかし服の袖に操作ボタンが付くと考えるとかなり便利な印象があるでしょう。

衣服の袖に縫い付けられたタッチセンサーで音楽プレーヤーを操作。
衣服の袖に縫い付けられたタッチセンサーで音楽プレーヤーを操作。 / Credit:Rong Yin(NCSU)et al., Device(2024)

また、この技術は単にセンサーをクリックするだけでなく、ダブルクリックやスワイプなどの操作にも対応することができます。

そのためゲームのコントローラーとしても活用できることが実験で確認されています。

ゲームのコントローラーとしても使用可能
ゲームのコントローラーとしても使用可能 / Credit:Rong Yin(NCSU)et al., Device(2024)

論文では人気ゲーム「崩壊:スターレイル」を、袖に触れて操作しているでも映像が掲載されています。

こうしたデモを見ると、あまり操作性が快適なようには見えません。

現状スマホのアプリをわざわざこのデバイスで操作するメリットは無いように感じますが、スマートグラスなどの技術が主流になってくると、需要が大きく高まる技術であると考えられています。

では既存の服に刺繍するだけで、さまざまなデバイスの操作を可能にするこの技術は、どういう仕組で実現しているのでしょうか?

刺繡ベースのタッチセンサーはどうやって機能しているのか?

研究チームが開発した刺繡ベースのタッチセンサーは、比較的シンプルな仕組みで動作します。

センサー自体は、「摩擦帯電」式です。

摩擦帯電とは、異なる種類の物質が接触した時に静電気が起きる現象のことです。

この現象を起こすため、新しい刺繡ベースのセンサーでは、2種類の導電性糸(マイナスに帯電する糸、プラスに帯電する糸)をそれぞれ下図のように、既存の布地に編み込みます。

既存の衣服に、2種類の導電性糸を編み込み、タッチセンサーを作る
既存の衣服に、2種類の導電性糸を編み込み、タッチセンサーを作る / Credit:Rong Yin(NCSU)et al., Device(2024)

片方が布地に沿って平らに編み込まれ、もう片方がアーチ形に編み込まれていますね。

編み込む際に重要なのは、それぞれの糸で作られた2層の繊維の間に隙間を作ることです。

研究チームは、刺繡時にスペーサーとして厚紙を配置し、編み込み終了後にそれを取り除きました。

これにより2層の間に隙間が生まれ、ユーザーが上から押した時だけ2つの層が接触。「電気信号のオンとオフ」が得られます。

センサーを指で押すと、2種類の繊維層の隙間が埋まる
センサーを指で押すと、2種類の繊維層の隙間が埋まる / Credit:Rong Yin(NCSU)et al., Device(2024)

つまり、従来の衣服に編み込むことができる刺繍ベースの「ボタン」または「スイッチ」となるのです。

このタッチセンサーで得られたデータはマイクロチップに送られます。

そしてマイクロチップは情報を処理した後、パソコンやスマホなどに指示を送るのです。

1万回の圧力テストに合格!ただし洗剤が苦手

1万回の圧力テストに合格
1万回の圧力テストに合格 / Credit:Rong Yin(NCSU)et al., Device(2024)

新しく考案されたセンサーがいくらか機能することは分かりましたが、気になるのは耐久性や正確性です。

耐久性に関しては、1万回以上の圧力テストをクリアし、問題なく機能することが分かりました。

また8000回にも及ぶ摩耗試験(専用の機械で試験布と摩擦布をこすり合わせる試験)の後でも、性能が劣化することはありませんでした。

ただし、衣服に必須な洗濯に関しては課題が残りそうです。

水洗いの後は特に大きな変化はありませんでしたが、洗剤で洗った後には、出力が著しく低下しました。

刺繡ベースのタッチセンサーは、界面活性剤で出力が低下する
刺繡ベースのタッチセンサーは、界面活性剤で出力が低下する / Credit:Canva

これは、洗剤に含まれる柔軟剤成分(界面活性剤)が糸に付着し、摩擦帯電の特性を弱めるからだと考えられています。

さらに、衣服の一部がセンサーの役割を果たすため、体を動かすことで意図しない入力がもたらされる可能性があります。

加えて、センサーに対する押し方の違いや、温度や湿度などの環境要因によっても、正しく入力されないケースが出てくるでしょう。

研究チームによると、機械学習を用いることでそのような誤作動を減らすことができ、正確性を高められるようです。

もちろん、この研究は初期段階にあり、製品化するためにはさらなる実験や調整が必要です。

それでもこのアイデアは、「自分が普段着ている服でスマートグラスを操作したりゲームをプレイしたりする」という「新しいウェアラブルデバイス」の可能性を秘めています。

【編集注 2024.4.23 17:00】

一部の解説文を加筆しました。

参考文献

NC State Researchers Use Machine Learning To Create a Fabric-Based Touch Sensor
https://news.ncsu.edu/2024/04/nc-state-researchers-use-machine-learning-to-create-a-fabric-based-touch-sensor/

元論文

A clickable embroidered triboelectric sensor for smart fabric
https://doi.org/10.1016/j.device.2024.100355

ライター

大倉康弘: 得意なジャンルはテクノロジー系。機械構造・生物構造・社会構造など構造を把握するのが好き。科学的で不思議なおもちゃにも目がない。趣味は読書で、読み始めたら朝になってるタイプ。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

元記事で読む
の記事をもっとみる