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土岐麻子さん「年齢を理由に、臆病や億劫にならずにいたい」/ベスト・アルバム『Peppermint Time 〜20th Anniversary Best〜』インタビュー

  • 2024.4.23
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都市で暮らす人々の風景や息づかいを、良質なサウンドで表現し、最近では国内外で話題の<シティ・ポップ>を象徴する存在としても注目を集める、土岐麻子さん。ソロ活動20周年を迎え、ずっと変わらずに輝きのある音楽を作り続ける秘訣、そして美しさの基準をおうかがいしました。

<シティ・ポップ>は自分の音楽性をうまく表現できる言葉

━━ソロ活動をスタートさせて20周年を迎えられました。

単純にこう数字で考えると、あっという間に20年に来たような感じもするけど、ソロ初アルバムをリリースしてから、ほぼ毎年1枚の割合で作品を発表し続けてきたので、それらを振り返ってみると、長かったなというか。充実した20年間だったなと思っています。

━━現在では<シティ・ポップ>を代表する存在として注目されています。

ソロ活動当初はジャズのスタンダード・アルバムを手がけたのですが、それは当時結成していたバンドと違うものを発表したくて、制作したものでした。つまり、バンドありきで考えた企画だったのですが、アルバム発売直前になって解散することになり、結果的にソロ・デビュー作になってしまいました。最初は、慌てた部分もあったんですけど、自分なりにソロで何をやっていきたいのかと考えたときに、やっぱりポップスをやりたいと思って。ジャズの要素も好きだけれども、小さい頃に聴いていた、山下達郎さんやEPOさんなど、今でいう<シティ・ポップ>と呼ばれる音楽を、現代的な解釈を加えて表現したいと。でも、当時はそういった音楽をまとめて形容してくれる、ジャンルや言葉がなかったので、1970~80年代ポップスっていうくくりでしか表現できなかったのです。それから、自分のなかで計画をたてて作品を発表していき、徐々に70~80年代の名曲のカバーや、そこから影響を受けたポップスにたどり着きたいと思っていました。やがて、<シティ・ポップ>という言葉が浸透していったことによって、自分の持っている音楽観を多くの人と共有できるようになれた気分になったというか。偶然に私が影響を受けて、憧れている音楽の要素が、再び脚光を浴びているような感覚がありますね。

━━なるほど。

また、いい音楽って時代を経ても色あせないんだなって、このリバイバル・ブームから改めて感じることができました。私自身、リリースから時間が経過した現在でも、新鮮さや衝撃が消えることがないし、今も憧れがある。私もそういった楽曲を作っていきたいなと思いますね。

柔軟な姿勢で音楽、そして東京と向き合い続けた20年

━━確かに、今回のベスト・アルバムに収録された、活動初期の楽曲も、時代に色あせないエバー・グリーンな楽曲ばかり。

達郎さんやEPOさんをはじめ、先人たちの作った音楽は、なぜ古くならないのかなって考えたときに、その時代にある新しいことを、積極的に挑戦して取り入れているというか。柔軟にさまざまな要素を取り入れようとする姿勢が、時代が変わっても色あせないものになったりするのかなと思う。自分らしさとかあんまり考えずに、興味がある、興味が向くまま、それを表現してみるっていう。その思いきりがあった姿勢を感じる音楽のほうが、自分自身の作品も含めて、今聴いてもいいなと思えるものだったりします。

━━確かに、良質なメロディでありながらも、多彩なサウンドを取り入れていますね。

現在は、その瞬間に自分のなかで聴きたい音楽、 流行ってる要素とか、嗅覚みたいなものを信じて制作するようにしています。以前はそこに自信がなくて、こういうリスナーに響く音楽を、とか商業的なことを考えていた時期もあったのですが、私にはしっくりこなくて。わからないものを手探りで作っていくより、 今までのイメージを裏切るかもしれないけど、やりたいと思ったことを毎回やるようにしていて。それでいいんだっていうのを見つけてからは、活動をさらに楽しめるようになりましたね。

━━今回のベスト・アルバム『Peppermint Time 〜20th Anniversary Best〜』の収録曲は、どういう基準でセレクトされたのですか?

<シティ・ポップ>っていう言葉を知る前から、自分が生まれ育った場所である東京という街に興味があって。歌詞を書いていると情景描写を入れたくなり、自然に生まれ育った東京の情景が浮かんできます。海とか山を見て綺麗だなと思う気持ちもあるのですが、 それよりも交差点だったりとかビルのスカイラインなどを見て、ロマンチックに感じることが多くて。また、ビルが建て替わり、道幅が拡張したりだとか、東京の景色って日々変わっていく。その変化に、せつなさを感じる部分もある。だからこそ、私が知っている風景を曲に閉じ込めたいっていう気持ちもあって、東京を描写してきました。今回のアルバムの1つの指針となったのは、東京の街を歌っているものを中心に考えたり、自分なりにそこを行き交う人々の暮らしが浮かび上がるような楽曲っていうものをピックアップしようと、スタッフの方々と話し合いながらセレクトしました。

━━タイトルには、どんな思いをこめられているのですか?

これは個人的な見解なんですけど、東京に色があるとしたら、ペパーミントだなって。 自分に物心がついた80年代を連想させる色がそれなんですよ。当時は、アメリカの西海岸がブームで、海沿いのパームツリーがある広い道を、ピカピカの車で走っているみたいな。その風景が、私にはペパーミントに見えるのです。実際、東京の街にもそういうパステルカラーのものが増えていましたし。クルマや文房具、そして一人暮らし用のアパートまで。そういう、徐々に鮮やかになっていく都会の風景の象徴としてペパーミントが思い浮びました。

━━土岐さんの描かれる東京の風景は、徐々に視点が変化しているような気がしました。

最初は情景描写というか。東京の風景を俯瞰でとらえているような感じでした。でも最近は、例えばスクランブル交差点を歩いていると、気持ちよくなることがあるんですよ。周りにたくさん人がいるんだけど、私はこの人たちのことはほぼ知らないし、向こうも私のことを知らない。 一瞬孤独を感じるんですけど、その反面自由な感じもするというか。誰も知らない、もしくは知らない人が多い環境でこそ、いろんな挑戦ができるような気持ちになれる。孤独ってこう、自由と裏腹な感じがしていて、孤独だからこそ挑戦できることっていうのもすごくある気がする。そういうことを考えるようになって、 東京をひとり歩くときに歌詞が出てくるようになりました。東京に限らず都市で暮らしていると、孤独を感じてしまうこともあると思うのですが、そういう瞬間に自由な気持ちにシフトできるような。 晴れやかに、なんでもできるぞっていう気持ちに転換しようと思えるような音楽を作っていきたいと思うようになりましたね。

━━だからこそ、土岐さんの音楽からは、都会で暮らすさまざまな人々の<暮らし>が見えてきます。

私が描く楽曲ってワクワクできる部分もあるんですけれど、室内の感じというか。夜景を作る、一つ一つの窓の明かりの中にはそれぞれの暮らしがあって、なかには面白くも楽しくもないみたいな瞬間を過ごしてる人もいたりする。夜景として全体を見るとファンタジックだけど、形成する光のそれぞれには異なるドキュメントが詰まってると思っていて。なんかそういうワンルーム感というか、部屋の中の孤独感みたいなものも、描くようになりました。

雨のシーズンを快適に暮らすためのエッセンス

━━本作には2019年にリリースされた「美しい顔」が、5人組バンドの礼賛のみなさんとともにセッションし、再構築されています。


ベスト盤に、新曲を作るのもありだとは思うのですが、これまでを総括したような1曲を作れと言われても、難しいですし、なかなか気が向かないので、リアレンジもしくはリミックスしたものを収録して、リスナーのみなさんへのギフトにしたいと思っていて。今回「美しい顔」を選んだのは、楽曲のメッセージがもっともっと伝わってほしいと思うものだったから、セレクトしました。これを再構築させるにはどうしたらいいのか?と考える過程のなかで、バンド・サウンドで表現したいと思うようになり、そのときに耳にした礼賛のラップの入った楽曲が、純粋にかっこいいなと思ったし。ラップを入れてもらうことによって、この楽曲の持つメッセージに新しい解釈が加わると思ったのでお願いしました。

━━ラップは、ラランドのサーヤさんことCLR(クレア)さんが、ご担当。

彼女の声が大好きで、ラップをされることを知って当初はびっくりしたんですけど。歌も素晴らしいです。

━━この楽曲からは、美しさの基準は千差万別。それゆえに、自分が信じる美しさを追求していく意識が伝わってきました。

自分の美しさを信じるという意識改革の部分もあるのですが、それより周囲の美しいと思う価値観に流されない、またそれを誰かに強要してはいけない。自分自身の美の基準で、誰かを評価することが間違いであることを伝えたいのです。そこは、自分自身も気をつけなくてはならない部分なので、楽曲を作ったのですが。だから、例えば整形して、自分の納得のいく姿に変えてもいいと思うし、ありのままの自分で生きることも正しい。その人それぞれに美の基準があるんだから、そこに口出しするのはやめたいね、というメッセージなのです。

━━確かに、そこは気をつけないといけない部分なのですが、最近土岐さんが暮らしのなかで<美しい>と感じる時間や風景はありますか?

最近は、雨の風景が美しいと思うようになって。昨年、韓国に行ったんですけど、ちょうど梅雨の時期で、連日土砂降りに。でも、私はそこに美しさを感じて。オフィス街で、突然雨が降ってきて、頭を隠しながら走っていくスーツの人の姿とか、カラフルな傘が並んで交差点を通っていく風景。 ビルの上が煙って、空が見えない状況とか。そういうものに、情緒みたいなものを感じるようになりました。スッキリと晴れた空も好きなので、今ではあらゆる天気も楽しめるようになった気がします。

━━これから雨のシーズンがスタートします。憂鬱な気分になる人もいるかもしれないので、それを快適に乗り越えるグッズなどありますか?

最近はたたむと濡れていない内側が表になる構造の傘が出ているじゃないですか。ちょっと重いのですが、いいですよ。こういう便利な傘があると、ちょっとしたストレスから解放されて、出かけてもいいかなという気分になれる。

━━今後はどんな活動をされていきたいですか?

何かにとらわれることなく、 常に自分がワクワクできることにチャレンジしていきたい。暮らしにおいても、先日まで自動車教習所に通っていたのですが、日常のパターンを変えることも積極的に取り入れたいなと。今後は留学もしたいし。この年になったからもう遅いかなって思わずに、いろんなことにワクワクしたい。何かを始めることに、臆病や億劫にならずにいたいなって。もちろん、できない自分に失望することもありますよ。なんでこんなこともできないんだとか、覚えられないとか(苦笑)。でも、それを乗り越えたときは、本当にうれしいので。

━━これからも新しいことに、しなやかに取り組んでいく土岐さんに注目していきたいです。注目といえば、ソロデビュー20周年記念のビルボードライブ3都市ツアーの開催が間もなくですね。

ベスト・アルバムのリリース後ということもありますし、そこからの選曲で、これまでを振り返るようなライブを、バンド編成でやりたいと思ってます。ぜひ楽しみにしてください。

ベスト・アルバム『Peppermint Time 〜20th Anniversary Best〜』

土岐麻子
¥ 3,960(CDのみ)/A.S.A.B
4.24 on sale

「Pepper」と「Mint」の2枚で構成された、オールタイム・ベスト。CMソングなどでおなじみの楽曲はもちろん、大橋トリオさんからバカリズムさんまで、多彩な才能とコラボしたナンバーなどをセレクト。サウンドと同様、透明感にあふれる土岐さんのボーカルに心がうるおう。季節や時間を問わずに流したい、生活のサウンドトラック。また、2023年5月におこなわれたビルボードライブツアー『Toki Asako Special Live “Break Out, Sing Out!”』東京公演の模様を収録したDVD / Blu-rayと、土岐さん書き下ろしのエッセイがパッケージされた初回生産限定盤もリリース。

PROFILE

とき・あさこ/1976年、東京都生まれ。バンド、Cymbals のリードボーカルとしてデビュー後、2004年よりソロ活動をスタート。5月2日からビルボードライブ3都市ツアーを開催。また、多数のフェスへの出演も決定。詳細はオフィシャル・サイトにて。   https://tokiasako.com/

photograph:Chihaya Kaminokawa hair & make-up:Tsukasa Mikami text:Takahisa Matsunaga

リンネル2024年6月号より
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