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こんな芝居、神田伯山にしかできない…「クラガリに曳かれるな」の意味とは? 劇場アニメ『クラユカバ』徹底考察&評価レビュー

  • 2024.4.17
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©塚原重義/クラガリ映畫協會

劇場アニメ『クラユカバ』『クラメルカガリ』が4月12日より公開中。手掛けたのは、短編アニメ『甲鉄傳紀』などで人気の塚原重義監督。今回はファンタジア国際映画祭で長編アニメーション部門の「観客賞・金賞」を受賞した『クラユカバ』のレビューをお届け。(文・ジュウ・ショ) 【あらすじ キャスト 声優 考察 解説 評価 レビュー】
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【著者プロフィール:ジュウ・ショ】
フリーランスとしてサブカル系、アート系Webメディアなどの立ち上げ・運営を経験。コンセプトは「カルチャーを知ると、昨日より作品がおもしろくなる」。美術・文学・アニメ・マンガ・音楽など、堅苦しく書かれがちな話を、深くたのしく伝えていく。

©塚原重義/クラガリ映畫協會
©塚原重義クラガリ映畫協會

2024年4月12日(金)、劇場アニメ『クラユカバ』『クラメルカガリ』が同日公開となった。『甲鉄傳紀』などの短編作品や、 SEKAI NO OWARIのライブでのアニメーション作品などでカルト的な人気を博した塚原重義監督の初長編作品だ。

今回はクラウドファンディングで制作費を集めたことでも話題となった『クラユカバ』について、公開初日に劇場で観覧してきたので、さっそくレビューをしていきたい。

あらすじは以下の通りだ。

ものぐさ探偵の荘太郎(神田伯山)は、先祖の遺産を切り売りしながら堕落した生活を送っていた。

ある日、古くからの友人であるジャーナリストからの依頼を受け、謎の集団失踪事件の調査を請け負う。しかし、調査に本格的に着手する前に、彼の信頼する情報屋であるサキ(芹澤優)が地下ギャング集団「福面党」に誘拐されてしまった。

事件の真相を突き止め、サキを救出するため、荘太郎は「クラガリ」と呼ばれる街の暗闇に広がる領域へと降りる。そこで彼は、装甲列車「ソコレ四六三」がギャング集団を蹴散らし、その指揮官であるタンネの姿を目撃する。

今作で監督を務めたのは塚原重義。数々のアニメーション作品を制作し、コアなファンから支持されているアニメーション監督である。

筆者を含め、30代以上にとってはフラッシュアニメ『ウシガエル』(2004)の印象が強いのではなかろうか。2ちゃんねるやニコニコ動画が黎明期のころに大人気だったフラッシュアニメのなかでも“史上最高”といわれるほどの作品だ。

筆者も当時、ニコニコ動画で拝見して何度か見返した覚えがある。

そんな塚原重義氏にとって初の長編作品は、クラウドファンディングからはじまった。

当時コロナ禍において、アニメ制作陣が思うように動けない中、第二回のクラウドファンディングでは450人以上の支援者が870万円以上を支援している。

塚原監督をはじめ、皆川一徳氏、ぽち氏、maxcaffy氏、アカツキ チョータ氏など、一線で活躍するスタッフだからこそ、期待を込めて集められた金額だといえるだろう。エンドクレジットでは一部の支援者の名前も映し出された。

また2023年7~8月にカナダで開催された「第27回ファンタジア国際映画祭」で長編アニメーション部門の観客賞・金賞を受賞。まさに支援者の期待に応えた仕上がりとなっている。

©塚原重義/クラガリ映畫協會
©塚原重義クラガリ映畫協會

そんな背景もあり、期待しながら座席に座った。冒頭10分でまず感じたのは「あっという間に時間が過ぎる作品」という印象だ。とにかくテンポがいい。BPM250くらいある。

今作は61分の作品だが、体感では30分くらいに感じた。それほど没入できる作品だ。テンポの良さを裏付ける要因はいくつかある。まずは「場面を大胆に切り替える演出」だ。

主人公の探偵・荘太郎の自堕落っぷりを映したかと思えば、すぐに居酒屋でのジャーナリストとの会話に移り、情報屋・サキに仕事を依頼した数分後には彼女が失踪し、物語は本筋に突入する…。

とにかく構図の切り替えが大胆だ。無駄な説明っぽさがなく、あっという間にストーリーが進む。いわゆる“江戸っ子っぽい”というか、全体を通してさっぱりしているので、見ていて気持ちがいい。

それでいて「このキャラクターはどんな人なんだろう」という疑問を抱かせないのが素晴らしい。

後述するが、各キャラクターの役割・個性がわかりやすいので、このテンポで描いても作品内容を深く理解できるのだろう。

©塚原重義/クラガリ映畫協會
©塚原重義クラガリ映畫協會

また「大正レトロ」と「SFメカ」が混ざったようなスチームパンクの世界観が見ていて楽しい。塚原重義氏のファン、過去作を鑑賞済みの方はピンと来るだろうが、彼の得意な世界観だ。

全編を通して、弁士が背景や状況を節を付けたリズムで紹介する。

絵には独特のモヤがかかっており、建物は折り重なって生え、どこか香港の九龍城砦を思わせる。そこをカエルのような足が生えた近未来のメカが闊歩する。

今作を含め、塚原監督の世界観は唯一無二だ。ただ「大正浪漫でノスタルジック」というだけではない。音や画面、小物類によってレトロな雰囲気を充満させたうえで、CGを駆使して近未来の兵器を描く。この描写は老若男女問わず、観客の“男の子”の部分をわくわくさせてくれる。

今作の主人公・荘太郎の声は、講談師・神田伯山氏が担当した。筆者は神田氏の講談を見にいったことがあるが、まさにこの作品にぴったりだったと思う。声に色気があり、声優としてすごく上手なのはいうまでもないが、ときおり講談を聞いているような節のある語り口調を発揮する。こんな芸当は神田伯山にしかできない。

荘太郎をはじめ、サキ、タンネ、トメオミ、班長などのキャラクターがパキッと分かりやすかったのもおもしろかった。先述した通り、このハイテンポで物語に説得力を持たせるために、“尖ったキャラクター”は必要不可欠だったと思う。

©塚原重義/クラガリ映畫協會
©塚原重義クラガリ映畫協會

物語の中盤は、装甲列車隊と福面党との戦闘シーンだが、この場面だけで行動・口調から各キャラクターの性格を読み取れるのがすごい。余計な説明がなくとも、十分に理解できたし、60分という短い尺でも一人ひとりのキャラクターにちゃんと愛着が湧く。

もし続編があったら、キャラクターの背景などによりフォーカスしたエピソードを描くのも面白いだろう。しかし個人的にはこのくらい余白があったほうが、映画的で楽しいと思っている。各キャラがどんな人生を歩んできたか、一緒に観に行った友だちと好き勝手に感想を述べ合うのも楽しいだろう。

さて、この作品のキーフレーズは「クラガリに曳(ひ)かれるな」だ。作品のなかで何度も登場するセリフである。

『クラユカバ』では「クラガリ」というエリアが登場し、主な舞台となっている。戦後の闇市みたいな、無法者が多く、秩序が保たれていないエリアだ。

逆説的にいうと「クラガリは魅力的だよ」という前提があったうえで「引っ張られるなよ」と告げている。個人的にはこの「クラガリの魅力」を全面に出していることが、攻めていて好きだった。

いま、世間はだいぶ綺麗になっている。コンプラが超厳しくなり、オフラインもオンラインも正しいことばっかりが目に映るようになった。「叩かれるから」とか「炎上するから」みたいな不自由な話は、もう芸能人だけの話題ではない。

一方で、そんな美しい世界に若干の気持ち悪さを覚える人も多いだろう。筆者なんかはそうだ。人間はそもそも理性100%のロボットではない。光も影もある生き物であり、時にはクラガリを覗いてみたくなる。

「深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」というニーチェの言葉を思い出したりして「だめだめ。引き返して私」と思いつつ、そーっと影のほうに足を伸ばしてみたりする。で、ミイラ取りがミイラになることもある。

でも個人的には「自由に欲望のままにクラガリを訪れたり、住み着いたりしてもいいんじゃないか」なんて思う。荘太郎がタンネと出会ったように、クラガリでしかできない体験が意外と一生ものになったりして、それはそれで豊かなことだ。

©塚原重義/クラガリ映畫協會
©塚原重義クラガリ映畫協會

今作では「曳かれるな」と言われるが、ダメと言われるほど覗いてみたくなるのが「クラガリ」である。そしてクラガリをのぞけば、ちょっとした失言なんて全然気にしないくらいリベラルな感性が養われる。

「自分の影の部分をちゃんと見つめることで、はじめて光の大事さに気付ける」という、ちょっと深い解釈もできる作品だ。

またスピンオフの『クラメルカガリ』も絶賛上映中だ。『クラユカバ』とは一部リンクしているが、おおむね別の作品として描かれている。こちらも見ると、より解釈が広がるかもしれない。

また塚原重義監督の過去の短編作品は、YouTubeチャンネルに上がっているので、こちらもぜひチェックすべきだ。塚原氏の世界観、描きたいことを、もっと深く理解できるだろう。

(文・ジュウ・ショ)

原作・脚本・監督:塚原重義
キャラクターデザイン:皆川一徳
特技監督:maxcaffy
操画監督:アカツキチョータ
美術設定:ぽち
美術監督:大貫賢太郎
音響監督:木村絵里子
音響効果:中野勝博
音響制作:東北新社
音楽:アカツキチョータ
プロダクションプロデュース:EOTA
アニメーション制作:チームOneOne
配給・東京テアトル:ツインエンジン
製作:クラガリ映畫協會
キャスト:神田伯山、黒沢ともよ、芹澤優、坂本頼光、佐藤せつじ、狩野翔、西山野園美、野沢由香里
©塚原重義/クラガリ映畫協會

 

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