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(第2話)行政と教育現場をつなぐのは…【連載】夕張は倒れたままか?~北海道発・高校存続プロジェクトの現在地と課題

  • 2024.4.16
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⇒■(第1話)脱皮に苦しむ元産炭地【連載】夕張は倒れたままか?

魅力化の3策

Sitakke
体育館に掲げられた校歌

高校が街からなくなると、10代後半の世代が減るだけではなく、進学を控えた子どもの家族がまるごと都市部へ転出することを加速させることにもなります。そのため過疎地での高校の「魅力化」は、以下の3点を同時に進めることが成否を左右するとされています。

⑴ 授業に地域を舞台にした産学一体の探究型学習を盛り込むこと
⑵ 全国募集の生徒を受け入れる寮を設置すること
⑶ 課外学習ができ、学校でもない家庭でもない第3の居場所にもなる公設塾を設けること

夕張市の場合、⑴については、夕張メロンの輸送に関わる課題を、高校が農家や大学と連携して解決策を探る取り組みを進めています(*第1話で詳述)。

公設塾の役割と可能性

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公設塾「キセキノ」(夕張市・3月)

⑵については、市が運営する公設塾「キセキノ」が夕張高校から徒歩5分の隣接地に設けられ、高校生らが放課後、利用しています。「キセキノ」という名称には「奇跡(諦めずに事を起こす)」「軌跡(歴史や財産を重んじる)」「輝石(光り輝く)」の3つの意味が込められています。

特徴の一つは、生徒一人一人にカリキュラムが作られ、専任の講師2人がそれぞれのリクエストで個別に指導していることです。もう一つは、教室が札幌の学習塾や社会人らとオンラインで結ばれ、多様な教科の指導や社会学習を地方に居ながらにして受けることができることです。これらは学力の向上と地域で閉ざされがちなコミュニケーション力の習得を目的に行なわれていて、生徒は月3000円で利用できます。

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今春卒業した工藤正弥さん(「キセキノ」にて・3月)>

今春、夕張高校を卒業した工藤正弥(くどう・まさや)さん(18歳)は「『キセキノ』がなかったら希望校に進学できなかった」と話します。

「おじいちゃんが市内のお寺の住職で、将来はそのお寺を継ぐつもりで、進学は東京の仏教系の大学を予定していました。正直なところ、そんなに勉強しなくても合格できるかなと思っていて、生徒会もやっていたので、3年生の夏が終わっても受験勉強はまったくしていませんでした」

「ところが2年生の時に経験した小学校でのインターンシップで、教育者になることに興味が湧いていました。でも、住職になることがほぼ決まっていたので、なかなか言い出せず、モヤモヤしていました。その後、家族の理解を得ることができて、急きょ進路変更し、体育祭が終わった3年生の10月から『キセキノ』で先生にわからないところを聞いたり、オンラインで猛勉強したりして、志望校になんとか合格することができました」

工藤さんは4月から北海道教育大学釧路校に進学して、小学校の教員になることを目指しています。夕張高校はここ数年、国公立大学に進学する生徒をコンスタントに輩出しています。

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「キセキノ」非常勤講師・菅原藻泳さん

「授業はおやつを食べながら、雑談ばかりになる時もあるんです」

東京生まれでカナダ育ちの菅原藻泳(すがわら・もえ)さん(35歳)は、「キセキノ」の講師の一人で英語を主に担当しています。夫の故郷が夕張市だったことの縁で4年前から住み始め、その後講師となって、工藤さんには受験科目の英語のリスニングをネイティブスピーカーとして指導しました。

「魅力化プロジェクトでは、英語の習得に力を入れています。しかし単なる語学力の向上だけでははく、視野を広げるツールとしての英語を伝えたいと思っています」

「英語を話せばグローバル?というような風潮を感じるのですが、それはまったく間違いです。保育園から小学校、中学校、高校まで同じ人間関係で育って来た夕張の子どもたちに、外の世界もあるよということを伝えることができればいいなと思っているんです」

「ここが、学校でもない、家でもない、もう一つの居場所として、私たち大人に会える場所にできればいいなと思っています。先生にも親にも言えないことって、この年頃にはあるじゃないですか?そういう話もできる空間にしたいなと思っているんです」

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「キセキノ」の英語スピーチコンテスト(夕張市・去年12月)/画像提供:「キセキノ」

「キセキノ」では去年12月、初めて英語スピーチコンテストを行いました。その狙いは英語力の向上を図ることに加えて、「自分の考えを言語化して、人前で発表するコミュニケーション力をつけること(菅原さん談)」が目的でした。
コンテストを見守った教員や家族からは「えっ?あの子がこんなに表現できるの?」と、生徒の意外な一面を見る機会にもなったとする声があったそうです。

菅原さんは今後、「教室から出て課外授業をもっともっとしたい。生徒に学力だけではない豊かな経験をしてもらい、成長してほしいんです。学力を向上させることだけが、私たちのミッションではないと思うんです」と話します。

行政と教育現場をつなぐのは…

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夕張高校の校章

道立の施設(高校)を市が主体的に関わって磨き上げる作業には、表でも裏でも調整を要します。主従関係になりがちな異なる組織を超えてプロジェクトを進めることは、時に理想と異なり、行政(市)と教育現場(高校)の違いもあって、一筋縄では行きません。

夕張市は高校と向き合う窓口を、教育委員会ではなく地域振興課としています。

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夕張市職員・熊谷光騎さん

同課の熊谷光騎(くまがい・こうき)さん(28歳)は夕張高校のOBで、魅力化プロジェクトに市側の実務者として4年以上関わって来ました。

「当初は行政と教育現場のスピード感に違いを感じました。そこでまずは、高校の先生や職員の方々とよく話をしようと思い、職員室に私の机を置いてもらうことを提案して認めてもらいました。それから週4日は高校にいて、教職員のみなさんや生徒と同じ空間で過ごしながら、教育現場の論理も理解しようとして来ました」

「高校の存続には地元の中学生の確保が必須ですが、子どもの数が減ってゆく上、他市町村への転出も進んでいるのに、市が管理する夕張中学校と道が管理する夕張高校にはそれまで情報の共有があまりなかったんです」

立場は違っても人と人のつながりから目線を合わせようと、熊谷さんは時間を割いて来たそうです。今年4月、熊谷さんは人事異動で地域振興課から税務課に移りました。

「今春、道外からも新入生を迎えることができました。しかし市はそのことに満足せず、誰のためのプロジェクトか、子どもたちのためのプロジェクトであることを見失わないようしたい」

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夕張市地域おこし協力隊員・島倉大和さん

熊谷さんと入れ替わるように、去年7月から高校に机を置くもう一人の市職員がいます。島倉大和(しまくら・やまと)さん(29歳)は、魅力化プロジェクト担当の地域おこし協力隊員です。夕張で生まれ育ち、熊谷さんと保育園の頃から夕張高校を卒業するまで1年先輩としてずっと一緒でした。

「高校を出た後、自立したくて札幌で仕事をしていました。その後、家庭の事情があって夕張に戻りました」

「夕張高校の魅力を具体的に作り出すことが仕事ですが、SNSで情報発信したり、地元の人に生徒の活動を知ってもらったり、生徒がこの学校を誇りに思えるようにすることを、生徒主体でやりたいんです」

「僕は20代で生徒と年が近いので、先生でもない、もちろん親でもない関係で生徒を盛り上げたい。時には恋愛相談も受けるんですが、それはうまく伝えられなくて…」

「生徒には『何でも3年は続けてごらん』と言っています。それから『今、悩んでいることがあるとしたら、それは小さなことなんだよ』と言っています。僕も外に出てみて初めてきづいたことなんです」

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新入生の教室に飾り付けられた風船(夕張高校・4月8日)

教職員ではない20代の大人が、校舎の中や外で生徒に直接関わることで、生徒は社会を垣間見る新たな窓を得たのかもしれません。

夕張高校は門戸を全国に広げて、今春、埼玉県から初めての地域留学生を迎え入れました。その15歳の新入生が夕張高校を選んだきっかけは、意外な出会いにありました。

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道半ばの“魅力化”事業

「夕張メロン」は地域名を冠したブランド商品として全国的な人気を誇り、今年も来月には出荷が始まります。その産地=北海道夕張市(ゆうばりし)には、「財政破綻した街」という枕詞が加わるようになって人口の減少が続き、市内で唯一の高校も廃校の危機に瀕しています。

「夕張は、倒れたままか…」。刺激的な言葉で理念を謳(うた)い、高校の存続を模索する同市のプロジェクト「夕張高校の魅力化事業」は道半ばです。8年目を迎えた春に、プロジェクトの現在地と課題を3話連載で探ります。

◇文・写真 HBC油谷弘洋

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