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上野千鶴子×海老原嗣生「乳児には要介護5と同等の支援が必要」日本で共働きがしんどすぎる根本原因

  • 2024.4.16

日本の共働き子育てはなぜこんなにもしんどいのか。『こんな世の中に誰がした?』が話題の社会学者・上野千鶴子さんと『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』を上梓した雇用ジャーナリストの海老原嗣生さんの対談をお届けしよう――。

企業から第3号被保険者制度の廃止論が出てきたことに仰天

【海老原】働く女性に関する問題は、国の政策によって生まれた側面もあると思います。たとえば、近年は第3号被保険者制度や配偶者特別控除の廃止が議論され始めていますが、これについてはどうお考えでしょうか。

【上野】仰天しています。第3号被保険者制度は1985年、配偶者特別控除は1987年度に創設されたもので、女性運動は当時から「女性を就業から遠ざける制度だ、これを主婦優遇策などというのは間違いだ」と指摘してきました。あれから40年近くたってようやく、政治の場で廃止が議論され始めました。それも女性の声が届いたからではなく、経済界からの要請で。そこに驚きと憤りを感じています。

社会学者 上野千鶴子さん(撮影=市来朋久)
社会学者 上野千鶴子さん(撮影=市来朋久)

【海老原】僕は、以前は第3号被保険者制度を社会状況の中の必要悪として評価していました。女性が子育てで職務ブランクを負い、そのせいで正社員にもなれずまともな給与ももらえない時代でしたから、社会はその代償を支払うべきだと考えていたんです。しかし、現在では企業が女性社員を手放さなくなり、出産・育児後の就労継続も容易になってきました。ですから、今は「この制度の存在意義はなくなった」と判断しています。

【上野】社会状況が変わったからということですね。今回の廃止論は経済界のためであって女性のためではありません。最低賃金が上がったから主婦パートが年収の壁対策で就労調整をする、そうすると時間数が減って、労働力不足になるから優遇策をやめよと言っているわけです。ふざけていると思いませんか。

国が合理性のある理由で動くとは思えない

【海老原】同感ですが、廃止議論が起きている理由としてはもうひとつ、社会保険料の問題もあるでしょう。主婦層の将来受け取る年金額を増やすという前向きな意図とともに、財源を支える人を増やしたいという狙いもある。だから適用を拡大したい。つまり、現在の廃止議論は社会保険の財源安定と企業側の労働者確保、この2つに背中を押された面も強いと考えています。

【上野】日本の税制と社会保障制度は世帯単位ですからね。それだって、社会政策学者たちは40年ぐらい前から個人単位制にすべきだと提言してきました。東日本大震災の時も、コロナ対策特別定額給付金の時も、世帯主(ほとんどが男性です)に給付が一括支給されるのはおかしいと指摘されてきました。なのにびくとも動かない状態で今日まできて、夫婦別姓さえ実現されていない。私はこの国が、海老原さんがおっしゃる2つの理由、つまり人手不足と経済合理性で動くとは思えないのです。

【海老原】そこは国も企業と同じで、合理性ではなく背に腹を代えられなくなると動くんじゃないでしょうか。今はまさにそうした状況で、女性に働いてもらわないと困るから廃止の方向に向けて動き始めたと。戦後に形づくられた「男性の勤労者と専業主婦」という家族システムの中では、働かなくて済む専業主婦は女性の特権でもありましたが、それではもう国も企業もやっていけなくなっています。

日本は女性を労働市場から排除してきた

【上野】専業主婦が女性の特権だという点については、私は違う解釈をしています。戦後、日本の企業は終身雇用を前提としたメンバーシップ型雇用をつくり上げてきました。これは、男性社員に対してその家族まで面倒を見る家族給を保障するという制度です。経済合理性からいえば非合理なのに、企業と社員の共存共栄の理念のもとに、企業も国もこの男性稼ぎ主型のシステムをずっと維持してきました。私はそれを資本制と家父長制の妥協と呼んでいます。

その効果はというと、「女性が働かなくて済むようになった」ではなく、「女性を労働市場から構造的に排除した」です。戦後の日本は失業率5%未満を維持してきましたが、この完全雇用社会が達成されたのは女性を労働市場から排除したからです。

男性が早く家に帰ることが会社のためになる

【海老原】それが今、労働力が足りなくなったから女性に戻ってきてもらおうと手のひら返しをしている状況ですね。以前は新卒採用で男性ばかりとっていたところを、近年は女性を積極的にとるようになりました。これだって、難関大学の女子学生比率が高まり、そうした大学の採用実績を維持するためには、女性を選ばざるを得なくなったからでしょう。

雇用ジャーナリスト 海老原嗣生さん
雇用ジャーナリスト 海老原嗣生さん

結局、経営者にとっては、男性を守るより会社を守るほうが大事だと思うんですよ。それは、円高期に国内の製造業従事者を捨てて、海外に出たのを見てもわかります。日本の男よりも、海外をとった。今度は、できない男よりも女を取る。そんな手のひら返しが起こると思っています。男性の既得権益を取り崩して、彼らが早く帰宅して家事育児をしてくれたほうが、できる女性に働いてもらいやすくなる、それが会社を守ることにつながると。こうした風潮がもっと広がってくれば、女性を排除してきた構造も変わっていくのではと思います。

【上野】合理的に考えればその通りでしょうが、私はやはりこの国や企業が合理性で行動するとは思えません。その風潮が広がったとしても、これまでと同じ男性的な競争原理の中に、女性が放り込まれるだけということになるでしょう。社会全体のネオリベ化が進行するだけです。

こども・未来保険の創設を

【海老原】その原理を変えるために、国も新たな政策でもって後押しすべきだと思います。たとえば、働く女性に関する問題のひとつに育児負担の重さがありますが、これはイクメンを推し進めると同時に、社会全体が育児を請け負う仕組みをつくることで解決が可能なのではないでしょうか。国は現在でもベビーシッター料金の補助などを行っていますが、まだ規模が小さく利用者数も伸びていません。こうした外部サービスを爆発的に浸透させる方法として、私は「こども・未来保険」という社会保険の創設を提案します。

現在の「こども保険」構想を改変し、給付のカバー範囲を育児関連、不妊関連、出会い・婚活関連、おひとりさま関連に拡大するのです。こうすれば育児だけでなく誰にでも起こりうるリスクをも含むため、広く納得を得やすいのではないでしょうか。この制度が実現すれば外部サービスの活用が進み、「家事育児は妻・嫁がすべきだ」という間違った常識も是正されていくのではと思います。過去には、介護保険制度の創設が同じような効果を生みました。

寝たきり、垂れ流し、自力寝返り不能…乳児は要介護5と同等の状態

【上野】同じ意図で、私たちは以前からユニバーサルな「社会サービス法」を提案してきました。必要な人に必要なとき、必要なだけ、年齢を問わずサービスを提供するための制度をつくりましょうと。たとえば、高齢者が要介護の認定を受けたらケアマネジャーがつきますよね。同じように、妊婦さんにもケアマネがつけばいいと思うんです。

社会学者の上野千鶴子さん。乳幼児には、月36万円程度の介護サービスを利用できる要介護5と道程度の支援が必要と話す(撮影=市来朋久)
社会学者の上野千鶴子さん。乳幼児には、月36万円程度の介護サービスを利用できる要介護5と道程度の支援が必要と話す(撮影=市来朋久)

今、最重度の「要介護度5」の認定基準は、寝たきり、垂れ流し、自力寝返り不能となっています。これって、実は乳児もまったく同じ。ですから、新生児を「要育児度5」と認定して、成長につれて要育児度がだんだん下がっていくしくみにしたらいい。日本では、要介護度5の人は、月額36万円程度の利用料を上限とする、世界的に見てもかなり手厚いサービスを受けられます。育児に対してもこれと同等の社会サービスを提供すれば、働く女性たちが子どもを育てやすくなるのではと思います。

【海老原】それは非常に明快でいい案ですね。新生児も妊婦さんもケアが必要という点では同じですから、要介護者と同じく適切なサービスが提供されるべきでしょう。

母子手帳交付と同時にケアマネをつける

【上野】妊産婦は孤立しがちで、その点は昔も今もほとんど変わっていません。しかも初産の方は、子育ての経験がないところにいきなりふにゃふにゃの生き物を任されるわけですから、その不安や混乱は相当なものでしょう。

上野千鶴子『こんな世の中に誰がした?』(光文社)
上野千鶴子『こんな世の中に誰がした?』(光文社)

ですから、母子健康手帳が交付されると同時に、ドゥーラ(出産前後の女性をサポートする専門家)のようなケアマネがついたらいいなと思います。現実的には財源の問題がありますから、空想的社会主義みたいな話ですが。

【海老原】財源の問題はどうしても出てくるでしょうね。今、子ども・子育て支援金でもずいぶん揉めていますから。

【上野】そうですね。愕然としたんですが、日本はまだまだ国民負担率ののびしろがあると思っていたら、税と保険を合わせて負担率が5割近くになっていて、せっかくできた介護保険も切り崩されようとしています。そんな状態ですから、こども・未来保険もユニバーサルな社会サービス法も、どこに財源があるんだよって話になってしまうでしょうね。

本気で今の状況を変えたいと思っているか

【海老原】ただ、思ったほど大きな負担とはならないはずなんです。2018年当時、「こども保険」で小泉進次郎議員が出していた試算では、保険料は標準報酬の0.1%で年間予算総額は3400億円。0.5%だと同1兆7000億円にもなるとのこと。

たとえば標準報酬が月額30万円であるならば、0.1%は月に300円、現状の「子ども・子育て拠出金」並みに0.34%にした場合、ほぼ1000円です。「未来」のためにわずかばかりの拠出を惜しむ理由はありません。

実現に向けて、どうすれば国を動かすことができるのでしょうか。

【上野】国はあれだけ国防費を使う気があるんですから、その気になればできないはずはありません。北欧の福祉先進諸国の人たちから「私たちにできたことがどうしてあなたたちにできないの」とずっといわれてきました。彼らは所得税率50%、消費税率25%の国民負担のもとにそれを実現しました。負担は重いけれど、それに見合うだけの還元があるからと。日本が変わるかどうかも、有権者が本気で今の状況を変えたいと思うかどうかにかかっています。

国や社会の意思決定層へアプローチを

【海老原】この50年、日本の社会はあまり変わってきませんでした。

海老原嗣生『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』(プレジデント社)
海老原嗣生『少子化 女“性”たちの言葉なき主張』(プレジデント社)

最近は企業も女性が就労継続しやすい制度をつくるなどして変わり始めてはいますが、働く女性にとって仕事と出産・育児の両立負担はまだまだ大きい。少子化もその結果ではないでしょうか。

【上野】少子化は今でこそ「国難」といわれていますが、国は40年も前からこの状況を十分に予測できていたはずです。人口予測ほど予測可能な統計はありませんから。なのに、政治はまったく無為無策でここまできた。そのツケを全部払わされているのが女性です。その結果が少子化でしょう。

【海老原】働く女性に関する問題を解決すべく、国には早急に新たな子育て策などを主導してもらいたいものですね。

【上野】そうですね。そのためにも、海老原さんには国や社会の意思決定層である男性たちに向けて提言をお願いしたいと思います。私たちが男性に言ってもなかなか届かないので。

【海老原】よくわかりました。僕も引き続き取り組んでいきます。

構成=辻村洋子

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