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発達障害児を育てて23年…「何も起こらないことが幸せ」と気付いた母の「10の教訓」

  • 2024.4.14
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発達障害児を育てて23年。今、思うことは…(画像はイメージ)
発達障害児を育てて23年。今、思うことは…(画像はイメージ)

私の息子は知的障害のある自閉症児として育ち、現在23歳になりました。「定型発達の子に少しでも近づいてほしい」「苦手なことを克服させないと」と悶々(もんもん)とし、紆余(うよ)曲折ありました。

そうした経験を振り返り、今になってしみじみと思うことを、自画自賛ですが“教訓”としてまとめてみました。

こだわりに応じ続けた先の“変化”

【不登校を認めよう】

不登校の子は、親に「自分は学校に行きたくない!」のSOSを出せる子です。一方で、親にも担任にもつらさを発信できず、悲しい選択を思い浮かべているかもしれない子もいます。しかし学校は、死にたいほど苦しい思いをしてまで行く場所ではありません。

【“才能の温泉掘り”をやめよう】

わが子に秘められているかもしれない才能を見つけるべく、必死に“温泉掘り”をしている親がいます。でも、才能を生かして食べていける人なんて、定型発達児だってほんの一握り。それに、掘って掘ってほじくり返される当人は、もしかしたらつらいと感じているかもしれません。

【発達障害児も発達する】

発達障害児も発達、成長します。でも、定型発達児になることはありません。胎児のときから自閉症で、おじいさんになっても「自閉症のおじいさん」なのです。そうした現実を、まず親が受け入れなければなりません。そうでないと、子どもは不幸になります。

【こだわりに付き合ってあげていると、こだわらなくなる】

自閉症児が“こだわる”のは、生まれつき想像力の障害があるためです。新しいこと、見通しが立たないことに不安を感じます。その結果、“決められたパターン”に安心し、こだわりが生まれるのです。

このことを親がしっかりと理解し、こだわりに応じてやりましょう。子どもに「親は自分の“安全地帯”を知ってくれている」ことを体験させれば、心が安定し、新しいことにチャレンジする勇気が自然と生まれてくるからです。

私の息子はかつて、決まった会社のタクシーにしか乗ることができませんでした。電車も、京王井の頭線3000系にしか乗れませんでした。そして夕食の一口目が、夜のNHKニュースのアナウンサーが発する「こんばんは! NHK…」と同時でないとダメで、たびたびパニックを起こしていました。

私は、息子がこだわるタクシー会社のタクシーを探し、3000系の電車を待ち、午後7時0分0秒ジャストに夕飯をテーブルに並べました。こうして、息子にとっての“安全地帯”を確保してやったら、彼は次第にこだわらなくなっていったのです。

そんな息子は今、楽をしたくて「タクシーに乗りたい」と言います。もちろん、どんな会社のタクシーでもOKです。どんな電車でも乗れますし、夕飯は何時でもOKになりました。

【「食べ物の好き嫌いをなくす」ことの強制そのものが、「好き嫌い」をつくる】

「舌の感覚過敏」×「同じパターンへのこだわり」。この組み合わせで「偏食」になる障害特性がある場合、絶対に食べられないものを無理強いされることで、「食事をすること=恐怖」とインプットされ、食に対して不快な感情を持ったまま、生涯を過ごすことになってしまう恐れがあります。

「少しだけ切ってあげる。一口だけ食べたら許してあげるから…」と無理強いされるのは、「この芋虫、少しだけ切ってあげるから食べなさい」と言われているのと同じです。

【二次障害の方がつらい】

生まれつきの一次障害よりも、養育環境がきっかけとなる「ひきこもり」「昼夜逆転」「うつ病」「自死」「他害」といった二次障害の方が苦しいもの。防げるのならば防ぎたいことです。

【療育はほどほどに】

よかれと思って「少しでも定型発達の子に近づけよう」とする療育があったとしたら、それは二次障害につながります。療育とは、障害を抱えながらも生きやすくするための手段を学ぶためのものです。「定型発達児に近づけること」を目的にするのは、療育ではありません。

【「人と比べてはいけない」…そんなことは分かっている!】

比べてしまうのが人間というもの。だから、比べてしまう自分を否定してはいけません。否定することは、自分と他人を比較していることに他ならず、「比べる病」が重症化してしまいます。

【リフレーミングなんてできない】

枠組みを変えることを意味する「リフレーミング」という言葉があります。例えば、「授業中に立ち歩いたり、教室から脱走したりする子=好奇心旺盛、将来ベンチャー企業の社長になるかも」のように、捉え方を変えることです。

しかし、子育ての渦中にいると、そんなふうに楽観視するのは難しいものでしょう。「子どもが4歳ならば、“親”もまだ4歳」だからです。楽観視できない自分を認めてあげてください。

【苦手を「克服」するのではなく、苦手を「避ける」】

計算が苦手で、お金が分からなかったら、お店の人に「僕は計算ができないので、このお財布から取ってください」とお願いすればいいのです。そして「ありがとうございます」と言うことができれば、それでいいのです。何でも一人でできるようになることだけが自立ではありません。誰かに助けてもらって生きる、これも自立の形だと思います。

「何も起こらないことが幸せ」。幸せは日常の中に転がっていますよ。

子育て本著者・講演家 立石美津子

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