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中学受験「トップ校狙えるのになぜ?」偏差値と憧れに固執していた母が娘に教えられたこと

  • 2024.4.13

“親子の受験”といわれる中学受験。思春期に差し掛かった子どもと親が二人三脚で挑む受験は、さまざまなすったもんだもあり、一筋縄ではいかないらしい。中学受験から見えてくる親子関係を、『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などの著書で知られ、長年中学受験を取材し続けてきた鳥居りんこ氏がつづる。

中学受験「トップ校狙えるのになぜ?」偏差値と憧れに固執していた母が娘に教えられたことの画像1
写真ACより

目次

・10以上ランクの低い中学を志望する娘
・自分の憧れていた学校が一番いい学校
・不合格に衝撃! 娘が立てた作戦とは
・偏差値のしばりをほどいて学校の評価を

偏差値60超えなのに……10以上ランクの低い中学を志望

「偏差値」という言葉。受験経験者にとっては耳なじみがあるワードであろう。この数字は本来、テストや模試を受けた集団の中で自分がどれくらいの位置にいるかを示すもの。いわば目盛りにすぎないのであるが、受験する当事者家庭にとっては非常に重要で「上がった!」「下がった!」と一喜一憂するほど悩ましいものとなる。

それは中学受験においても同様で、偏差値に踊らされてしまいがちだ。困ったことに、世の中では偏差値が高いほど良い学校で、低ければ行く価値がない学校だという見方がされやすい。

久しぶりに連絡をくれた桜子さん(仮名)が、しみじみとこう言った。

「私あの時、娘の決断を応援することができて良かったなぁって、いまさらのように感じました」

娘である野々花さん(仮名)は、この春就職した22歳。満開の桜の下で晴れやかな入社式を迎えたという。しかし、野々花さんが中学受験をした頃は母子の意見がすれ違い、ツラい毎日を送っていたそうだ。

「小学生時代の野々花は塾が楽しかったみたいで、常に偏差値60以上をキープしていました。塾からもトップ校を狙えるとのお墨付きをいただいていたほどです。私はうれしくて、家からも近いK学院を猛プッシュしていました」

K学院は日本古来の伝統芸能も学べ、6年間続けた場合は卒業時に師範の免状も取得できるというお嬢様学校。校則が厳しい学校ではあるが、進学実績は好調。偏差値も60を超えており、難関校のひとつに数えられていた。

「ところが野々花が行きたがったのが、我が家からは遠いS学園。学校の雰囲気は自由で派手。確かに制服もかわいいですし、やっているカリキュラムも楽しそうでした。ですが、偏差値は40代後半。進学実績も国公立に行く子はほとんどいないという悲惨さで、電車を乗り継いでまで行く意味があるのかな? と感じていました」

自分の憧れていた学校が「一番いい学校」

桜子さんは野々花さんの気持ちをどうにかK学院に向けさせようと、家庭内プレゼンテーションも行なったそうだ。しかし、野々花さんは「私はS学園がいい!」の一点張りだった。娘の気持ちを変えようとした、桜子さんのK学院推しには理由がある。

「K学院は私にとっての憧れの学校でした。K学院は実家から近く、日常的に見かける生徒さんたちの清楚さに密かに惹かれていたんです。私の実家は中学から私立に行かせてもらえるほど裕福ではなく、受験したいなんて口が裂けても言えるような雰囲気ではありませんでした。もちろん高校も公立しか認めてもらえなかったので、“お嬢様”に映ったK学院の生徒さんたちが羨ましかったんだと思います」

高偏差値をキープし続ける娘に、母が自分の青春時代の夢を託したともいえる話なのだが、当時の桜子さんにとっては「自分の憧れていた学校が一番いい学校」との思いが強かったのだという。

「野々花の偏差値が低かったら、もちろんK学院は諦めたと思うんです。でも十分手が届くのに、なぜ10以上もランクの低い学校に行こうとするのか……。当時は理解できませんでした」

野々花さんの父親である夫とも意見が合わず、夫婦げんかの日々だったそうだ。

「夫は野々花に異常に甘く、二言目には『女の子なんだから、そんなに勉強を頑張らなくてもいいんじゃない? 野々花が行きたいところが一番じゃない?』って言うんです。『女の子だから?』って何? 女の子だからこそ、学力を高めていい大学に入らないとこれから先が大変なのに。当時は、夫が娘に嫌われたくない一心で言っているとしか思えませんでした」

まさかの不合格に衝撃! 娘が立てた作戦とは?

そして、受験本番。最後まで母子の意見は合わなかったというが、家庭内で折衷案が出て「K学院もS学園も両方受験する。両方合格した場合は、その時に考える」ということで落ち着いたのだそうだ。

「結果が出て驚きました。2月1日のS学園は難なくクリアで、しかも特待合格だったんです。ところが、受験のチャンスが2回あったK学院は両方不合格。野々花よりも偏差値の低かった子が合格をいただいているにもかかわらず、娘が落ちたという事実に衝撃を受けました」

大抵の場合、合格して進学を決めた学校への入学手続きは待ったなしである。

「我が家の願書はS学園に3回、K学院に2回。そして、万が一の滑り止めに考えていた学校に1回出願しただけですので、現実としてはS学園に手続きせざるを得なかったのです。私はK学院が不合格だったことでショックを受けていたんですが、野々花はテンションマックスで喜んでいましたね。正直、素直に合格を喜んではあげられませんでした」

それからしばらくして、塾に報告とお礼のあいさつに出向いた桜子さん親子は塾の先生から驚きの事実を告げられたのだそうだ。

「先生が笑いながらおっしゃったんですよ。『野々花、作戦勝ちだな?』って。実は、野々花はK学院の入試の解答用紙をほとんど白紙で出していたらしいんです。塾の先生はK学院の先生とも親しかったそうで、不合格になった野々花のことを個人的にたずねて、事実が判明したということがわかり、ビックリしました」

野々花さんは、塾の先生の話を否定も肯定もせずに「K学院は思ったよりも難問揃いでした!」と笑いながら答えていたそうだが、塾の先生はこう言って祝福してくれた。

「野々花、おめでとう! 人生は行きたい学校に行くのが一番いい」

「りんこさん、私その時に反省したんです。私はK学院に行きたかった。でも、家庭の事情で行けなかった。そのことが、心の中でずっとくすぶっていたんだと思います。夫にもやんわりと指摘されていたにもかかわらず、私は自分の夢を通すことしか考えていなかった……。野々花には野々花の行きたい学校があるんだなって。何て言うのか、その時はじめて自分の中で腑に落ちたって感じなんです。私、最低な母親ですよね……」

特に娘を持つ母親にとっては、桜子さんの心理は笑えない。同性であるがゆえに、自分と娘が一体化してしまうことがあるのだ。つまり「自分の良かれは娘の良かれ」と信じ込んでしまう時がある。

「野々花には悪いことをしたなって思うんです。自分の夢を叶えるためには、そんな策略を張り巡らせないといけなかったんですから。野々花にはツラい思いをさせたと思います。

でも、せめてもの慰みですが、あの時気付いて良かったです。中高時代の野々花は本当に楽しそうでしたから。中学受験の時のように勉強している様子はなかったんものの、学力は常にトップクラス。部活も生徒会も一生懸命やっていて、親から見ても『THE青春!』って感じで、あの時の6年間は本当に心から野々花のことを応援できたんです」

「偏差値」のしばりをほどいて学校の評価を

野々花さんは、桜子さんいわく「S学園の期待の星」として大学受験に挑戦。見事、現役で難関大学の切符を手にした。大学生活も目一杯楽しんだ野々花さんは今をときめくIT企業に就職。この春から、念願だったアートディレクタ―の仕事に就けることになったそうだ。

最後に、桜子さんがこう言った。

「りんこさんならご存じだと思いますが、私、こないだ中学受験の偏差値表をネットで見てみたんです。そしたらK学院よりもS学園のほうが上で、偏差値が逆転してるんですよ! 私、もう何だか笑っちゃいました。何にしがみついていたのかなぁって……。価値は自分で決めるものなんだなぁって、野々花に学びました。遅ればせながらですが、これからは私も本物の価値を見つけられるように精進しないといけないですよね……」

中学受験の渦中にいると、まるで「偏差値狂騒曲」を奏でているような感覚になることがあろう。しかし、偏差値はあくまで目安。塾会社が独自にランキングしている数値に過ぎない。

偏差値は母集団によって変わり、したがって各塾によっても学校の(数字上の)ランキングは異なり、さらに言えば、年度によっても変わっていくもの。

桜子さんが指摘したように、たった数年であっても、学校ごとに偏差値は大きく変化しているのが現状だ。

個人的意見ではあるが、そんなあってないような数字よりも大事なことがあるように感じている。

これから、中学受験をしようとしているご家庭には、ぜひ一度偏差値というしばりをほどいて、学校を評価してみることをオススメしたい。

そのためには実際に学校に出向いて、流れている風を感じてほしい。そこに笑顔でいる我が子が想像できたならば、その学校が「運命の学校」の可能性は大なのだから。

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鳥居りんこ(受験カウンセラー、教育・子育てアドバイザー)
エッセイスト、教育・子育てアドバイザー、受験カウンセラー、介護アドバイザー。我が子と二人三脚で中学受験に挑んだ実体験をもとにした『偏差値30からの中学受験シリーズ』(学研)などで知られ、長年、中学受験の取材し続けている。その他、子育て、夫婦関係、介護など、特に女性を悩ませる問題について執筆活動を展開。

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