1. トップ
  2. エンタメ
  3. ソフィア・コッポラが描く男と女の性的闘争…“車”の描き方に込められたメッセージとは? 映画『プリシラ』考察&評価レビュー

ソフィア・コッポラが描く男と女の性的闘争…“車”の描き方に込められたメッセージとは? 映画『プリシラ』考察&評価レビュー

  • 2024.4.15
  • 985 views
©The Apartment S.r.l All Rights Reserved 2023

スーパースター、エルヴィス・プレスリーと恋に落ちた14歳の少女プリシラの物語を繊細に描いた4月12日公開の映画『プリシラ』。映画文筆家・児玉美月さんによるレビューをお届け。ソフィア・コッポラの過去作、「グルーミング」を描いた他作品と比較し、本作の魅力の核心に迫る。(文:児玉美月)【あらすじ キャスト 考察 解説 評価】

※本レビューでは映画の内容についてネタバレがあります。鑑賞前の方はご注意ください。

【著者プロフィール:児玉美月】
「朝日新聞」、「文學界」、「群像」、「文藝」、「Pen」、「週刊文春CINEMA!」、「ユリイカ」、「Numero Tokyo」、劇場用プログラムなど寄稿多数。共著に『彼女たちのまなざし──日本映画の女性作家』、『反=恋愛映画論──『花束みたいな恋をした』からホン・サンスまで』、『「百合映画」完全ガイド』がある。2022年にはレインボーマリッジ・フィルムフェスティバル最終審査員、高校生のためのeiga worldcup批評家賞審査員、早稲田映画まつりゲスト審査員を務めた。

映画『プリシラ』
©The Apartment Srl All Rights Reserved 2023

ピンクのカーペットの上を歩く赤いペディキュアを施した足、太く跳ね上がった漆黒のアイライン、束感のあるフサフサなつけまつ毛…。ラモーンズによる「Baby, I love you」のサウンドトラックにのせて煌めくファッションやメイクのショットが並ぶ『プリシラ』のオープニングシークエンスは、美しき姉妹たちが次々と自殺を遂げてゆく『ヴァージン・スーサイズ』(1999)や、遊び心に満ちた独創的な伝記映画『マリー・アントワネット』(2006)などで知られ、「ガーリーカルチャー」の代名詞ともいえる映画作家であるソフィア・コッポラらしさに溢れている。

【写真】映画『プリシラ』劇中カット一覧

1950年代も終わろうとしている頃、故郷のアメリカから遠く離れた西ドイツのアメリカ空軍基地で、14歳のプリシラはすでに大スターであったエルヴィス・プレスリーと運命の出逢いを果たす。二人はお互いに抱えていた孤独を共有し、すぐに意気投合する。

エルヴィスが兵役を終えて西ドイツを離れた後も交流はつづき、やがて彼らはメンフィスの邸宅がある「グレースランド」で暮らしはじめる。誰もが憧れてやまない夢のような生活のなか、プリシラは結婚と出産を経験し、少しずつ別の想いを芽生えさせてゆく……。

エルヴィス・プレスリーの生涯唯一の妻であったプリシラ・プレスリーは、エルヴィスとともに過ごした14年間を綴った回想録『私のエルヴィス』を1985年に刊行した。これを基に映像化された『プリシラ』は、プリシラの視点からふたりの知られざるラブロマンスを描く。

異国の地で見知らぬ男女が出逢うこの映画の導入は、東京という地で異邦人となったアメリカ人たちがひとときを共有するコッポラの代表作『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)の再来も感じさせるだろう。『プリシラ』は稀有なシンデレラストーリーでありながら、実はコッポラのフィルモグラフィのなかでもっとも共感性の高い作品かもしれない。『プリシラ』はコッポラの映画だとすぐにわかる豪奢な世界観は顕在でありつつ、少女がひとつの「愛」の終わりを経て大人の階段をのぼる、これまででもっともほろ苦い映画となった。

映画『プリシラ』
©The Apartment Srl All Rights Reserved 2023

2022年にバズ・ラーマンが撮ったエルヴィス・プレスリーの伝記映画には『プリシラ』同様、『エルヴィス』と名前だけが冠されている。これらのタイトルが並べば、まるで『プリシラ』をもってコインの表と裏が完成されるのを予告していたようでもある(もっとも、コインの表裏といえど、男性監督による男性主人公の映画と女性監督による女性主人公の映画でかけられた予算がまったく桁違いである事実は見過ごせない)。

バズ・ラーマン版のエルヴィスの物語において主たるパートナーの位置にいるのはプリシラではなく、マネージャーのトム・パーカーだった。そこでは、プリシラは仕事に邁進する夫のサポート役としての「妻」に徹しており、エルヴィスとの決別の原因はあくまで彼の薬物依存に単純化されているようで、最後まで治癒を願う献身性を纏って退場する。

一方『プリシラ』は社会で活躍する夫と補助役としての妻という既存の性別役割分業を解体し、エルヴィスとプリシラの関係性の一面的な理解を拒絶する。

プリシラとエルヴィスが出逢う序盤の場面、プリシラは迷い込んだ子羊のようにカウチに腰掛けるエルヴィスを見つけ出す。そこからプリシラはつねにエルヴィスのいる場へといざなわれてゆくか、あるいはその場に留まりエルヴィスの帰りを待つかを繰り返し、エルヴィスがツアーや映画の撮影であちこちを飛び回るのとは対照的である。

幼いプリシラを待っていた未知なる世界はグレースランドの敷地に縮小されてしまったかのようで、彼女には居場所がそこにしかない。エルヴィスはプリシラにアルバイトも許さず、自分が電話したときには必ず出られるようにしておかなければならないと家に縛り付ける。しかしひとたび口論になれば、今度はプリシラを親元へ帰そうとキャリーケースを放り投げさえするのだ。

エルヴィスはそうして、精神だけでなく身体からプリシラを支配する。だからこそ、プリシラがエルヴィスに別れを告げたとき、「結婚を終わりにする」という台詞よりもまず先に「出ていく」という言葉が口から出たのだろう。

©The Apartment Srl All Rights Reserved 2023

実際のプリシラとエルヴィスよりも、演じたケイリー・スピーニーとジェイコブ・エロルディによってさらに誇張された身長差は、ふたりの歪で不均衡な関係性を視覚的に具象化している。『プリシラ』は果たしてエルヴィスとプリシラの関係を真に対等だといえるかという問いを観客へと突きつける。

クリント・イーストウッドが主演した『白い肌の異常な夜』(1971)でも映像化されたトーマス・カリナンの小説『The Beguiled』をコッポラが新たに女性視点で翻案した『The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ』(2017)では、女子寄宿学校に負傷した北軍兵士の男が招き入れられて男/女のあわいで支配/被支配のスリリングな攻防戦が繰り広げられてゆく。

『The Beguiled』と『プリシラ』はルックがまるで違えども、画面の底流には捕食者と被捕食者の性的闘争があるようであり、相似形をなす図式が立ち上がっているといえるかもしれない。

近年、年の離れた大人が性的な関係を目的として子供を手懐ける「グルーミング」という概念がますます一般化しつつある。たとえば『17歳の肖像』(2009)は16歳のジェニーが30代の男性に声をかけられて婚約に至るが、のちに彼女が自分たちの関係性を理解するようになるまでを描く。あるいは『ジェニーの記憶』(2018)では13歳で中年男性のコーチと親密な関係に発展し、初めての性行為を経験したジェニーが40代になってようやくそれが虐待だったと認めてゆく。

グルーミングを扱うこれらのいずれの作品でも、男性は複数の少女たちと関係を持っている。『プリシラ』ではエルヴィスが映画で共演した俳優とのいくつかのスキャンダルが取り沙汰されるが、そこではプリシラと同世代ほどの少女たちの怪しい影はない。

「年齢は若くても中身は大人で特別」といった言葉はグルーミングを行う大人の常套句であり、くだんの作品群においても見受けられるが、『プリシラ』はその選択によってあくまでもプリシラが「特別」であることを印象付ける。

映画『プリシラ』
©The Apartment Srl All Rights Reserved 2023

劇中の言葉でもあったようにまだ「子供」の14歳のプリシラを24歳のエルヴィスが部屋に誘う冒頭の展開から危うさは不可避的に漂いつづけ、『プリシラ』におけるこの側面は、性差のある関係に孕む権力構造に意識が高まりつつある現代的な感受性を携えている。

しかしながらエルヴィスをグルーミングの加害者として描けば描くほどにプリシラを被害者の位置に追いやってしまうことに自覚的なこの映画は、その鬩ぎ合いの上で綱渡りしているに等しい。コッポラはきっとプリシラを「被害者」ではなく、主体性を獲得するひとりの大人として描きたかったはずなのだから。

ラストシーンで、プリシラはグレースランドを脱するために車をひとり走らせる。そのときコッポラは用意周到にプリシラが門の方を見る主観ショットを差し込み、彼女の新たな人生の再出発が彼女自身のまなざす道であることを的確に伝えるだろう。

コッポラの映画において自動車は重要なモチーフであるとはよくいわれてきたが、この『プリシラ』のラストショットと『SOMEWHERE』(2010)のファーストショットは、いわば対だといえる。『SOMEWHERE』のファーストショットでは人生に迷うハリウッドスターの男が車を円環状に走らせていたが、『プリシラ』のラストショットでは自分の道を歩むと決めた女が車を一直線に走らせる。

静謐さを湛えるコッポラのフィルムは、自動車がときにそうして人物の心情を代弁してきた。自分の人生を自分でコントロールすることは普遍的なメッセージでありながら、現代の女性たちになお切実さを伴って響くに違いない。

(文・児玉美月)

【作品情報】
『プリシラ』
監督・脚本:ソフィア・コッポラ
出演:ケイリー・スピーニー、ジェイコブ・エロルディ
配給:ギャガ
PRISCILLA/2023/113分/アメリカ・イタリア/ビスタ/5.1chデジタル/字幕翻訳:アンゼたかし
©The Apartment S.r.l. All Rights Reserved 2023
4/12(金)TOHOシネマズ シャンテ ほか全国ロードショー

 

元記事で読む
の記事をもっとみる