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なぜ自閉症の人はときおり「驚異的な能力」を持つことがあるのか?

  • 2024.4.7
なぜ自閉症の人は「驚異的な能力」を発揮できるのか?
なぜ自閉症の人は「驚異的な能力」を発揮できるのか? / Credit: canva

「自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder:ASD)」は、対人関係への強い抵抗感や物事への偏ったこだわりを特徴とする発達障害の一つです。

その特性から通常の社会生活を営むことが難しく、しばしば福祉的なサポートを必要とします。

その一方で、自閉症の人々はときに、普通ではありえない驚くべき能力を発揮することがあります。

例えば、1度読んだだけで本を丸ごと暗記してしまう難しい計算を瞬時に暗算できる「西暦〇〇年の○月○日は何曜日?」と聞くとすぐに「○曜日」と答えられる床に散らばったマッチの本数を瞬時に正確に答えられる、などこれらの信じがたい能力が実際に確認されているのです。

どうしてそんなことが可能なのでしょうか?

専門家たちは長年の研究により、あるものがその答えの鍵を握っていると考えています。

それが脳内に見られる「神経ノイズ(neural noise)」です。

目次

  • 脳内で生じる「神経ノイズ」とは?
  • 人為的にノイズを増やすと「認知能力がパワーアップ」する⁈

脳内で生じる「神経ノイズ」とは?

神経ノイズとは?
神経ノイズとは? / Credit: canva

神経ノイズとは、脳の神経細胞(ニューロン)の活動において生じるランダムで予測不能な電気信号のことを指します。

私たちの脳内では、何かを感じたり考えたりするたびに電気信号がネットワーク上をすばやく飛び交っていますが、神経ノイズはこうした電気信号とは違い、その背景でランダムに生じている雑音のようなものです。

神経細胞は電気信号を使って情報を処理・伝達していますが、このプロセスの中では、さまざまな要因によりノイズが発生しています。

例えば、化学物質の偶発的な放出や、外部環境からの音や光といった不規則な刺激などです。

ノイズと聞くと、何か正常な脳活動に支障をきたす「ジャマ者」のようにも思えますが、実はこれまでの研究で、適度なレベルの神経ノイズは脳の柔軟性を高めたり、新しい情報の学習や創造的な思考を促進することがわかっています。

自閉症では脳の神経ノイズが多い?

そして注目すべき点として、自閉症の人ほど、特定の脳領域や神経回路における神経ノイズが普通の人に比べて非常に高いレベルで発生していることが過去の研究で示されているのです。

これは感覚情報の処理や社会的コミュニケーションに影響を与えている可能性があります。

例えば、視覚や聴覚に関わる脳領域での神経ノイズの増加は、自閉症の人々がある特定の刺激に敏感になったり、過剰に反応してしまう要因になっていると考えられます。

それから自閉症における神経ノイズは、普通の人々のノイズに比べて一貫性が低い、つまりはより予測不能な特徴を兼ね備えているのです。

こうした特性も、自閉症の人が対人関係や環境の変化に適応するのを困難にさせている一因と指摘されています。

自閉症は「神経ノイズ」が多い
自閉症は「神経ノイズ」が多い / Credit: canva

神経ノイズと認知機能との間には複雑な関係があり、自閉症の人々ではこのバランスが普通の人々と明らかに異なっています。

しかし、その神経ノイズの多さや予測不能性こそが、自閉症の驚異的な能力を生み出す鍵になっているのかもしれません。

その仮説を支持する面白い研究が2023年に行われました。

それを次に見てみましょう。

人為的にノイズを増やすと「認知能力がパワーアップ」する⁈

豪キャンベラ大学(UC)の心理学研究チームは、先に示した神経ノイズに関する知見をもとに、「脳内のノイズを適度に増やせば認知能力が向上するのではないか」と仮説から実験を行いました(Frontiers in Neuroscience, 2023)。

この実験では、自閉症とは診断されていない一般参加者を募り、文字検出タスクを行ってもらいました。

これは色の強度がさまざまな背景に隠された特定の文字をすばやく検出するタスクであり、自閉症の人々が非常に得意とする視覚的な認知能力を測定するテストとして知られます。

チームは参加者の通常時の神経ノイズのレベルを測定し、それから自閉症の傾向がどれくらいあるかをアンケート調査で評価しました。

そして実験では、参加者の脳内の神経ノイズを直接増減させることはできないので、代わりに下図の右のように、文字の背景に視覚的なノイズを追加する方法をチームは採用しています。

Aという文字の背景に視覚的なノイズを追加した例
Aという文字の背景に視覚的なノイズを追加した例 / Credit: Pratik Raul et al., Frontiers in Neuroscience(2023)

その結果、通常時の神経ノイズが少なく、自閉症傾向も低い人は、視覚的ノイズが追加されたときに文字検出能力が上がることが判明したのです。

一方で、通常時から神経ノイズが多く、自閉症傾向の高い人は、視覚的ノイズが追加されても文字検出能力に変化はありませんでした。

これは神経ノイズが適度に高いレベルにあると、特定の認知能力が高まることを示唆する貴重な成果だとチームは述べています。

つまるところ、自閉症の人々に見られる神経ノイズの多さが、私たち一般人にはありえない驚異的な能力の秘密を握っていると考えられるのです。

映画『レインマン』のモデルになったキム・ピーク
映画『レインマン』のモデルになったキム・ピーク / Credit: ja.wikipedia

自閉症の天才を題材にした有名な映画に『レインマン』(1988)があります。

ダスティン・ホフマンが劇中で演じたレイモンド・バビットは重度の自閉症を患っているものの、驚異的な記憶力や暗算能力を持っており、トム・クルーズ演じる彼の弟がその能力を利用して、カジノで一儲けしようとするシーンがありました。

レイモンドのモデルになったのはアメリカ人のキム・ピーク(1951〜2009)という人物ですが、彼も過去に読んだ9000冊の本の内容を正確に暗記しているという驚くべき能力を持っていたそうです。

こうした”神のみわざ”とも呼べる才能の裏には、神経ノイズの多さが隠されているのかもしれません。

参考文献

Autism Can Boost Cognitive Performance, And We May Finally Know Why
https://www.sciencealert.com/autism-can-boost-cognitive-performance-and-we-may-finally-know-why

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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