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「10年経っても見直す作品に」映画『記憶の居所』&『朝をさがして』、山下リオ、SUMIRE、常間地裕監督インタビュー

  • 2024.4.3
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写真:武馬玲子 左から山下リオ、常間地裕監督, SUMIRE
写真:武馬玲子 山下リオ
写真:武馬玲子 山下リオ

―――まず、常間地監督に両作の企画の発端から伺えればと思います。山下リオさん主演の『記憶の居所』(©Filmssimo)は、長さの異なる3つのエピソードを独自の構成で繋げていらっしゃいま
すね。

常間地 裕(以下、常間地)「そうですね。初長編映画(『この日々が凪いだら』)を経て、次に何ができるか考えていく中で、ずっと自分の中に持っていた記憶というテーマを掘り下
げようと思いました。

劇中にゴッホ描いたプロヴァンスの田舎を思わせる絵画が出てきますが、本作の基になったのは、実際に僕がゴッホ展を観に行った際に、その時の印象を記憶に留めようと思って書きとめたメモ書きなんです。それは粗い小説のような形をとっていたのですが、それをそのまま映画化するというよりかは、五感を掘り下げたら面白いかもと思ったのが始まりでした。

ちなみに、山下さんに出演していただいた『味の話』では認知症のモチーフが登場しますが、実際に私の祖父が認知症だったんです。自分の経験など、様々な要素を集約して作り上げた作品です」

―――一方、SUMIREさん主演の『朝をさがして』(©︎Ella Project)は時事性が強い作品ですね。パンデミックの影響が物語に影を落としています。

常間地「『朝をさがして』は、youtubeドラマ『東京彼女』を映画にした企画です。コロナ禍が明けた直後は、自分の中で事態を咀嚼しきれず、作品に昇華しようという気持ちには
なれなかったんです。

『東京彼女』はエピソードごとに恋愛に加えて、もう一つテーマを設ける必要があるのですが、時間が経って意識が変わったのか、自然とコロナにまつわるエピソードが思い浮かびました。

とはいえ、意識的にコロナを描こうとしたというよりかは、コロナ禍で人々の心に溜まった思いや、居場所や距離を描きたかった。という言い方が正確かもしれません」

―――山下さん、SUMIREさんは、今回初めて常間地監督の作品に参加されました。最初に監督とお会いした時、どのような印象を受けましたか?

山下リオ(以下、山下)「監督に最初にお会いしたのは1年半以上前ですね。『記憶の居所』の本読みだったと思います」

常間地「直接お会いしたのはそのタイミングでしたね。その前に『出てください』みたいなご相談はさせていただいたんですけど」

山下「私は2022年の8月いっぱいで事務所を退所したのですが、独立のタイミングでお手紙をくださって。とても熱いメッセージを(笑)」

―――手紙にはどのような内容が書かれていたのでしょうか?

山下「私のお芝居を『素敵だと思っています』と。すごく自信を持たせてくれるような言葉をもらいました。直接伝えていただく機会って中々ないですし、脚本もとても素敵だったので、初めましての監督でしたけど、すぐに『仕事したいな』という気持ちになりました」

―――SUMIREさんは常間地監督と初めて会ったのはいつでしたか? また、最初に『朝をさがして』の脚本を読んだ時の印象も教えてください。

SUMIRE「私はオーディションで初めてお会いしました。台本の印象は、人間の心の奥底の部分が上手く表現されているということ。コロナがもたらした、やり場のない感情が上手く描かれているなと。

オーディションで選んでいただいた時は、脚本に書かれていることをちゃんと表現しなければいけないな、という気持ちになりました」

―――ちなみにオーディションではどのシーンを演じられたのでしょうか?

SUMIRE「本編にもある、同棲している彼氏に別れ話を切り出すシーンです」

―――あのシーンはすごく良いシーンでしたね。このシーンに関しては、後ほど詳しく伺えればと思います。常間地監督は、オーディションでSUMIREさんのお芝居をご覧になってどのような印象を受けましたか?

常間地「事前に台本を読んでいただいた上でオーディションに臨んでくださったのですけど、作品の世界観を深く読み込んでくださっているのがすごく伝わりました。オーディション会場ってすごく特殊な空間なんですけど、SUMIREさんのお芝居からは景色が見えたんです。(主役の)美琴はSUMIREさんしかいないと、その場にいたスタッフが全会一致でした。

先ほどSUMIREさんは『選んでいただいた』という言葉を使ってくださいましたけど、僕からすると、台本を読んでもらって、ぜひ選んでいただきたいなと。逆にオファーを差し上げる気持ちでいました」

写真:武馬玲子 SUMIRE、山下リオ
写真:武馬玲子 SUMIRE、山下リオ

―――どちらの作品も、主人公2人の過去が映画に深い影響を与えていますね。『記憶の居所』の「味の話」だと山下さん演じる唄とお母さんとの不和。『朝をさがして』では、SUMIREさん演じる美琴がコロナ禍で夢を諦めたこと。いずれも脚本では十分に説明されていなかったかと思います。脚本の余白の部分をどのように想像するのかが、演じる上で重要なポイントになったのではないでしょうか?

山下「私の場合、演じるキャラクターが生まれてから現時点に至るまでの人生を一通り書き出すという作業を、ほぼ毎回やっています。ただ、そんな大それたことを書いているわけではなく、子どもの頃、カブトムシを捕まえることに夢中だったとか、しょうもないことだっりするのですが。

それを直接的にお芝居に出そうとは思わないですけど、現場で不安にならないように自分なりに役の思い出をギュッと詰めておく。これは今回の映画でも変わらずやりました」

―――唄の実家は農家なので、カブトムシの話が出てきたのでしょうか。面白いですね。SUMIREさんはどのようなことを意識して役づくりに取り組まれましたか?

SUMIRE「今回、クランクイン前に監督が『着飾りすぎず、SUMIREさんらしく演じていただいて構わないです』と言ってくださり、不安を和らげてくださいました。

一方で、自分なりに役に近づくために、美琴はどんなインテリアが好きなのか、好物は何なのか、といった台本に書かれていない部分にもイメージを膨らませて、役と自分を繋げるような作業をしました」

―――今回の作品にかぎらず、役者であるかぎり、心理的に理解しがたいセリフやアクションに取り組む機会も多いと思います。お2人がそういう時に意識されていることはありますか?

山下「そうですね、人間って意識と無意識の両方があって。時には自分でもわからない行動をとったり、理屈の通らないことを口にしてしまうことってあると思うんですよ。当たり前
ですけど、実人生で経験したことのないことは山ほどあって、自分に当てはまらないからといって否定したら終わりなのかなと。

一見理解しがたいセリフでも『こういうこともあるんだ』と事実を受け入れられる状態でいることを心がけていますね。そうすると、今まで感じたことのなかった新しい感情を発見する瞬間があって。それに乗っかっていくイメージです」

SUMIRE「自分の役者人生はまだまだ短いのですが、短いなりにも『こんなセリフ、普通は言わないな』とか『何でこの行動をとるのだろう』と感じる場面も、台本を読ましていただ
く中で思うことは少なくありません。それでも役に近づく必要がある。

先ほどの話に通じるのですが、現場に入る前に、演じる役がやっていそうなことをするとか、それを日常に取り入れて自分の体に染み込ませるじゃないですけれども、アクションが多い役であれば日々の運動量を増やしてみたりして、外側から役を作っていく。役を体に染み込ませる努力はするようにしています」

写真:武馬玲子 SUMIRE ヘアメイク:佐々木篤 スタイリスト:JOE(JOETOKYO)
写真:武馬玲子 SUMIRE ヘアメイク:佐々木篤 スタイリスト:JOE(JOETOKYO)

―――撮影前の準備について興味深いお話を伺ったところで、撮影現場のエピソードについても伺いたいと思います。山下さんからみて、『記憶の居所』の現場はいかがでしたか?

山下「今回の映画はキャスティングも凄く良くて。私にはお兄ちゃんはいませんけど、兄役の小久保寿人さんとは、クランクインしてすぐに本当の家族のような雰囲気になれました。それは母役の磯西真喜さんにも言えて。それは常間地さんの現場だからこそ作れた空気感なのかなと思います」

―――常間地監督は、演者にスッと作品の世界観に入ってもらうためにどのような点を意識されましたか?

常間地「第一に役者さんそれぞれの力が凄い、ということが言えると思います。僕がやるべきことは、役者さんの違和感を取り除くことだと思っていまして。セリフも話し合った上で必要とあれば柔軟に変えますし、『何歩進んで振り返ってこのセリフを言ってくれ』といった演出もしません。役者の動きをできるだけ制限したくないという気持ちが強いのです。

もちろん、作品の方向性や指針はしっかりと提示していかないといけない。そのために、役者さんと対話をする時間や共演者同士で一緒にいてもらう時間を設けたり、ロケ地に馴染んでもらう時間を作るとか、その辺は尊重したいなと思って現場に臨んでいます」

―――役者さんを動かす演出をなさらない分、登場人物の位置関係とカメラポジションが作品を深く理解する上で重要なのではないかと思いました。例えば、『朝をさがして』では、石段の上で恋愛関係にない幼馴染の男女2人が対話をします。座り位置を真横ではなく、ちょっとずらしていますよね。細かいところですが、そういったところもお芝居に影響を与えているのではないでしょうか?

SUMIRE「遼太郎と美琴の距離感って友達以上恋人未満という言葉でも括れない、分からない人には分からない、絶妙な関係性ですよね。どちらかというと家族に近いというか。そんな絶妙な関係性だからこその座り位置なのかなと。

実際、2人が横並びになる瞬間って歩いている時以外ほとんどなかったと思います。観てくださる方にはそういう細かい部分も汲み取ってもらえたらすごく嬉しいですね」

―――常間地監督は、美琴と遼太郎の位置関係についてどのように考えていましたか?

常間地「ロケハンをしている段階で2人は横に並ばないだろうとは何となく思っていました。役の心理を考えた時に、居心地の良い座り位置がああいう形だったのかなと。恋愛に収斂しない男女の絶妙な関係性を描くにあたって、座りの距離とか会話の空気感、テンポはすごく大事にしたいと思っていましたね」

写真:武馬玲子 常間地裕監督
写真:武馬玲子 常間地裕監督

―――『記憶の居所』『朝をさがして』、両作とも人物の背中を捉えたショットがとても印象に残りました。「味の話」のファーストカットも背中からお撮りになっていますね。常間地「背中が好きなんですよ。顔よりも背中の方が物語る力は強いと思っていて。出立ちで語るといいますか」

山下「結構迷っていましたもんね、ファーストカット。背中がどうこうって話していたのを憶えています(笑)」

常間地「そうでしたね。病院のシーンの入り方はちょっと迷いましたね。山本奈衣瑠さんが演じた役が一瞬主役に見えてもいいという思いがあって、いかにして山本さんの演じた役から山下さん演じる唄に想いを繋げるか、といったことは考えていたと思います。

背中を映したカットは本編冒頭の美術館に入っていくシーンもそうですし、『朝をさがして』でも吉祥寺の繁華街を美琴と後輩が歩くシーンにもあって。振り返ると、初長編も含めて、要所で撮っているなと思います」

―――「味の話」では山下さん演じる唄が認知症を患っている母に自身の名前を告げる、クライマックスと呼べる場面も、背中からのロングショット。それもワンシーンワンカットでお撮りになっています。音声はアフレコですか?

山下「現場の音ですね。音声さんはたしか『アフレコで』って言っていましたよね。それで横をチラっと見たら、監督が『僕はこれ(現場の音)で』って(笑)」

常間地「そうでしたね(笑)。車が横を通っていますし、アフレコで録り直した方がクリアではあるんですけど。あのテイク自体1発OKで、現場で生まれたトーンを画面見ながらアフレコで再現することはできないし、車の音も画の中に車体が映っているので違和感ないんですよ」

山下「背中の話に戻りますが、実は私、顔を撮られるのがあまり好きじゃないんです…と言うのは職業的におかしいかもしれませんが(笑)。

ご指摘の通りこのシーンではカメラが遠くにあって背後から撮っているので、お母さんの顔は映っていないんですけど、私から見たお母さんの顔が凄く好きだったんですよ。これを見られるのは私だけの特権なんだと思って。逆にお母さんにしか見ることができない私の顔もある。だから『はい!映ってなくて満足(笑)』とか言って(笑)」

常間地「最初から背中で行きたいなって思ったんですけど、お芝居を見たら背中で十分に物語っているし、声もそうだし、寄りを撮る必要性をまったく感じなかったんですよね。仮に押さえで顔を撮っていたとしても多分使わなかったと思います」

山下「常間地さんって良い意味で監督としての存在感が無いんですよ。だから『あれ?』っていう間に撮り終わったりするから。本番とそれ以外の時間の境界線が曖昧なところが私はすごい居心地が良くて。

中には怒鳴るように『よーい!』と叫ばれる方もいらっしゃいますけど(笑)。常間地監督の現場は、始まるぞ!っていう緊張感が全く無く、リラックスした空気を形作っていて。今回の映画ではその空気感がちゃんと映っている気がします」

写真:武馬玲子 SUMIRE ヘアメイク:佐々木篤 スタイリスト:JOE(JOETOKYO)
写真:武馬玲子 SUMIRE ヘアメイク:佐々木篤 スタイリスト:JOE(JOETOKYO)

―――『朝をさがして』の終盤の別れ話のシーンでは、最初、SUMIREさん演じる美琴と彼氏が向かい合っていますが、美琴がビールを取りに行く動きをきっかけに、斜めの位置関
係になりますよね。それによって目線がしばしば彼から外れるのが印象的でした。美琴は特に彼氏との家のシーンで何もないところを見ている瞬間が結構ありますよね。

SUMIRE「彼との関係性が良くない中で、なんか煮詰まっている感じがあって。美琴として現場にいさせてもらって、そうした空気を目で表現するところがあったのだと思います。

一方で遼太郎とのシーンもそうですけど、隣合わせだと視線を合わせづらいけど、斜めの位置関係だからこそ見られる。ということも言えるのかなと。その辺は意識していたかもしれません」

常間地「『朝をさがして』では、 段取りでお芝居を固めた上で撮るというのではなく、一発目からカメラを回していく方法にチャレンジしてみたんです。もちろん、撮影前にビールがここにあるとか、料理の具材がここにあるとか、事前にインフォメーションを共有した上で、です。その中でチューニングしていくというか、なるべくそこで生まれるものを大事にしたいと思って。

事前に関係性をしっかり理解した上で感情が伴えば動きは自然に出ると思っているので、なるべく純度を落とさずに捉えるためにどうしたらいいのかと考えて段取りもテストも無いまま回していきました」

―――テストもリハーサルもしない撮影スタイルは、SUMIREさん的にいかがでしたか?

SUMIRE「勉強になりました。1発で最初からカメラを回していただくスタイルだったからこそ、その場で生まれた感情をナチュラルにすくい取ってもらえたというのもあると思うので、有難かったです」

写真:武馬玲子 山下リオ
写真:武馬玲子 山下リオ

―――先ほど山下さんが常間地監督の撮影スタイルを、「本番とそれ以外の時間の境界線が曖昧」であるとおっしゃいましたが、そうなると完成した作品を観た時にご自身のお芝居から意外な発見をすることも多かったのではないかと思います。完成した作品をご覧になって、それぞれいかがでしたか?

山下「先ほどもチラッと言いましたが、この作品に携わった期間は私が事務所から独立したタイミングとちょうど重なっていて。当時、不安な気持ちになることも多くて、ずっともが
いてたんです。そういう時期に撮影した作品だからこそ感慨深いものがあります。

ちなみに今はめちゃくちゃハッピーなんですよ(笑)。逆に言うと、この時の私は今後一生見ることができないと思うので、この先、10年経っても20年経っても見直す作品だと思います」

―――SUMIREさんはいかがでしょう?

SUMIRE「実は自分も事務所を退社してフリーになってから初めて出演させてもらった作品だったんです」

山下「一緒だ!」

SUMIRE「本当に一緒なんです」

山下「(常間地監督に)フリー狙いか!(笑)」

SUMIRE「山下さんの話を聞いて『あ、そうだったんだ。一緒だな』って思って。自分はモデルのキャリアに比べると役者としてのキャリアは短くて、まだ勉強することが沢山あると
思っています。

完成した作品を観た時、役者・SUMIREの新しいスタートとして格好の作品になったなと思いました。作品自体も明るい未来が見えるような終わり方で。『頑張って!』って自分の背中を押してくれるような作品になっていると思いました」

―――特に好きなシーンはありますか?

SUMIRE「先ほど話に出た遼太郎との場面、最後は遼太郎のお嫁さんも来て3人で飲んでいるシーンが好きですね。普段の自分も友達とああいう時間を過ごすことがあって、『あ〜分かるー』って共感すると同時にちょっと懐かしい気持ちにもなりました」

―――最後に常間地にお聞きします。今回ガッツリお2人とお仕事されて、改めてそれぞれ、どういう女優さんだと思いましたか?

常間地「お2人とも、役者としてすごく存在感があるのですけど、それと同時に、地に足を付けて一緒に歩んでくださるところがあって。

それぞれの作品で言うと、唄という役は心の奥底で抱えていたものがどこかでバッと出る瞬間があって。そこの部分は、山下さんが持っている強さ、しなやかさがよく出ていると思っていて、すごく素敵だなと思いました。

他方でSUMIREさんは、さっきの公園のシーンみたいに、さりげない部分で『ああ、いいな』と思わせてくれる瞬間が多くて。後悔を胸に秘めつつ、変に暗くなりすぎることなく、前に向かっていく。魅力的なキャラクターになったのは、SUMIREさんが演じてくださったからだと思いますね」
(取材・文:山田剛志)

4月12日(金)〜アップリンク京都

 

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