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朝ドラ『虎に翼』が“戦争“と”別れ“の苦しさを、包み隠さず描くワケ

  • 2024.6.1

寅子の「はて?」がなくなった

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(C)NHK

弁護士となるため、明律大学女子部で仲間たちと学びを研ぎ澄ませ合っていた寅子。彼女の「はて?」が聞けなくなって久しい。

仲間たちとともに弁護士になることを目指し、力を磨いていたころとは一転。寅子が女性初の弁護士となったはいいものの、なかなか仕事に恵まれず、ふと気づけばすぐそこに戦争の足音が聞こえるようになるまで、まさに急転直下な展開だった。

母・はる(石田ゆり子)がかつて口にしていた「地獄」に「降参です」と白旗を挙げた寅子。封印した法律の書たち。戦争のため、そして国を背負って命を賭ける人たちのため、ぜいたくとされるものは軒並み排除されていく生活。

いつしか、寅子の「はて?」が聞けなくなった。それは、彼女自身が身の回りにある物事に疑問を挟む余地もないほど、戦争の影が色濃くなっていたことを示している。

くわえて、寅子の夫であり、戦地へと向かうことになった佐田優三(仲野太賀)と、父・猪爪直言(岡部たかし)の死が描かれる。

これまでの連続テレビ小説の歴史においても、戦争や大切な人との別れが描かれることは、決して珍しくなかった。しかし『虎に翼』においては、物語冒頭に漂っていた、いわば「渾身の明るさ」との落差が激しい

「女性初の」が必ず枕詞についてしまう世相に負けず、弁護士になるため法律を学んできた寅子に「地獄」を味わわせた理由とは。

そして、戦争を描くことで生きることの苦しみを、大切な人との死別を描くことで道を断たれるつらさを克明に浮き上がらせた、その意味とは。

日本国憲法の公布をきっかけに……

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(C)NHK

『虎に翼』が戦争と別れをしっかり描いた理由は、いったんは法曹の世界を離れた寅子が、ふたたび「裁判官となること」を志して立ち上がる過程を、違和感なく表現したかったからではないか。

優三の死に向き合い、川辺で声を上げて泣いた寅子。彼女の手には、買った焼き鳥を包む新聞があった。美味しいものは、必ず二人で分け合って食べていた寅子と優三。今後は一人で食べることを余儀なくされた寅子の元に、自然な形で、日本国憲法の公布を知らせる新聞紙がある。

国民は個人として尊重されること、人種や性別によって差別されないことを掲げた新しい憲法を読みながら、寅子の脳裏には、優三が残した言葉が響いていた。「寅ちゃんが後悔せず、心から、人生をやりきってくれること」を誰よりも望んだ、彼の言葉が。

女性の身で弁護士になった寅子にとって、世の中は差別で溢れていた。ただ女性であるというだけで、弁護士や裁判官を志すこと、ましてや学ぶことさえ許されない風潮があった。

誰よりも最前線で「女性であること」における差別を全身に浴びた寅子が、今度は裁判官を目指す。人類皆平等、人種や性別で差別されない新しい憲法を、血肉の通ったものにするために。物事を天秤にかけ、公明正大に、罪の有無を判断する裁判官となる。

人の力では抗えない戦争、そして別離を描き切ることで、新しい道を前に一歩を踏み出した寅子の選択を、丁寧に描写している

『虎に翼』は、一人の女性が荒波に負けず前に進む姿に焦点を当てているが、それと同時に、心が折れそうな状況下でも、溺れてしまいそうな急流でも、掴める藁や木の枝は存在すると教えてくれる物語でもあるのだ。



ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。
X(旧 Twitter):@yuu_uu_

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