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大谷選手の元通訳の告白で注目【ギャンブル依存症の回復方法】単なる“ギャンブル好き”との違いは?心理カウンセラー解説

  • 2024.3.26
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~はじめに~ギャンブル好きとギャンブル依存症の違いは?

ギャンブル依存症の見分け方は?
ギャンブル依存症の見分け方は?

大リーグで活躍する大谷選手の元通訳・水原一平氏が、2024年3月、ギャンブルによる多額の負債を抱え球団から解雇されました。本人が自身を「ギャンブル依存症」であると告白したことで、「ギャンブル依存症」とはどんな症状なのか、注目が集まっています。前回は依存症の見分け方と特徴をお伝えしました。

ギャンブル好きとギャンブル依存症を見分ける際のポイントは、「日常生活に支障をきたしていること」「のめり込む状態であること(依存する対象に飲み込まれた状態)」の2点です。そして、大酒飲みとアルコール依存症の見分け方など、この2点の判断基準は、他の依存症の場合もほぼ同じです。

依存症を抱える人の多くは機能不全家族に育ちます。そして、その結果生じる特徴として、「周囲の視線を過剰に気にすること」「心地よさではなく『正しさ』が判断の基準であること」「愛情不足を何かで補うこと(その何かの対象がギャンブルや酒などに分かれる)」、この3点も指摘しました。この3点も依存症には全般的に見られます。

依存症は「否認の病」と呼ばれます。私は元アルコール依存症者ですが、最初は「大酒飲みなだけだ、依存症と一緒にしないで欲しい」とよく言っていました。このように“認めない”ことが治療を遅らせます。幸い元通訳の水原氏は「自分はギャンブル依存だ」と認めたとあります。これから水原氏の治療が始まるのでしょう。後半は、依存症の回復について考えます。

「回復への手順」は以下のとおりです。1.自分が依存症と認めること2.今日一日に意識を向けること3.自分の五感(心地よさ)を取り戻すこと4.ありのままの自分を受け入れること

まず、この4つの順番で取り組むことをおすすめしています。(※この原稿は2024年3月22日の段階で発表されているニュースに基づき書いています)

~否認の病~認めるとはどのようなことなのか?

再発(スリップ)はなぜ起こるか?
再発(スリップ)はなぜ起こるか?

治療が始まる前は「自分は依存症ではない」と、ほとんどの人が考えます。それこそ、治療が始まったとしても、「本当に病気なのか?」「まだ、ギャンブルができるのではないのか?」などの疑念が頭をよぎります。これらがきっかけとなり、スリップ(再発)を招きます。

スリップとは依存する対象に再度手を出すことです。このように、「やめる」と言いつつ、やめない(やめられない)を繰り返します。この結果、周囲からはウソつき、だらしのない人、自分に甘いなどのレッテルが貼られます。「病気がそうさせるのであって、本人の意志ではない」この説明は、依存症関連の書籍でよく目にします。私も心理カウンセラーとして、多くのクライエントさんと接する際、「病気と本人を分けること」を念頭に置いています。このように分けるからこそ、本人が病気と向きあうことが可能になります。

ただし、分けることが大事なのであって、「依存症者が悪いわけではない」と述べているわけではいません。どれほど「病気がそうさせたんだ。わかって欲しい」 「 (機能不全家族に育った)自分たちの存在をわかって欲しい」と願ったとしても、多くの場合、自業自得と受け止められます。もちろん、理解してくれる人もいますが……。

しかし、気をつけたいことは、「事実は事実、願いは願い」、この2つを分けることです。依存症を抱える人の多くは、この事実と思考の区別が苦手です。周囲に多大な迷惑を掛けたことは事実です。事実を事実として受け止め、自分でしたことには、自分で責任を持って対処しなければいけません。

“自分が病気であると認めること”

これには、今後起こり得るさまざまな困難をキチンと受け入れるという意味も含まれます。社会復帰や人間関係の修復、スリップへの誘惑など、これらを一つひとつ修復する道のりです。ただ、いきなり「自己責任だ」「困難に立ち向かえ」とを言われても、目の前が真っ暗になるだけです。そこで、私たち依存症者には次の合言葉があります。

「今日一日」が合言葉

「今日一日」の発想です。依存症と診断されると、生涯やめることが求められます。例えばギャンブルであれば、一生ギャンブルをやめること、アルコールであれば断酒、タバコの場合、禁煙が求められます。しかし、生涯と言われると、嫌になりませんか? そこで、「今日一日」なんです。

マインドフルネスでは「いまここ」がキーワードです。依存症をはじめメンタルを病む場合、その多くが「いまここ」にいません。そして、「いまここ」にいないと脳が疲れます。

・昨日のギャンブル、なんであんなに大金を失ったんだ。→過去ばかりで「いま」にいません。

・明日のプレゼン嫌だな、酒でも飲まなきゃやってらんない。→未来ばかりで「いま」にいません。

・周囲の視線ばかり気になり落ち着けない→相手ばかりで「ここ(自分)」にいません。

・自分さえ我慢すればいいんだ。→「ここ」にいる自分を大事にしていません。

これらの発想は、「いまここ」ではなく、頭の中であっちこっち、行ったり来たりを繰り返しているようなものです。出口のないグルグル思考。これが結果的に脳を疲弊させます。疲れを癒すために、何かに依存するのだとしたら?これでは悪循環です。

「今日一日」とは、過去や未来ではなく、今この瞬間自分にできることに取り組むことを意味します。そして、目の前のことをしっかりと見ること、耳を傾けることです。これが、次のステップ「五感を取り戻すこと」に繋がります。

自分の五感(自分の心地よさ)を取り戻す方法

図1:視線の方向性
図1:視線の方向性

依存症の特徴の1つに「周囲の視線を過度に気にすること」が挙げられます。図1をご覧ください。これは視線を方向性で捉えたものです。

視線には、大きく2つの方向性があります。Aは、他者からの視線(他者⇒自分)です。周囲の視線が気になる(他者発信)の状態です。

Bは、自分からの視線(自分⇒他者)です。自分から発信している状態です。 視線の方向性のありかたの理想はCの状態です。自分からも周囲をしっかりと見る。そして、周囲からの視線も感じ取ること。コミュニケーションと同じで、双方向が求められます。

前回、機能不全家族に育つと依存症になりやすいと説明しました。親から自分はどう評価されているのだろう、この思いが強くなりすぎると、いつしか自分発信のBではなく、他者発信のAになってしまいます。この結果、依存症の特徴の1つである「周囲の視線を過剰に気にする」ようになります。さらに、視線を気にするあまり、間違ったことをしてはいけないとなり、自分にとっての心地よさが後回しとなってしまいます。「正しさやべき論」へのこだわりも依存症に見られる特徴です。

最初は依存している状態を、心地よい気持ちがいいと感じています。ところが、依存症に陥ってしまうと、心地よさではなく義務感で行うような感覚になります。「やめたくても、やめられない」状態です。そこで、回復に大事になってくるが、自分の五感を取り戻すこと。心地よい感覚を取り戻すことで、私は「五感を取り戻すワーク」と呼んでいます。

●五感を取り戻すワークのやり方(1)自分の目で周囲を見てください。自分の耳で音を聞いてください。自分の肌で触れるものを感じてください。その中で、「これいいな。気持ちいい、好きだな」とか「これ嫌だな。気持ち悪い」と感じるものを見つけてください。(2)見つけたものに対して、「私は〇〇が好きだ。気持ちがいい」「私は××が嫌い。気持ち悪い」と声に出してください。(つぶやくだけでもOKです)例えば、「私は今朝の朝日が好きだ。気持ちがいい」 「私は雨の音が好きだ。音が気持ちいい」このような感じです。ノートに書くのもOK。ポイントは「私は・僕は」と主語に私や僕を付けることです。これが、自分の軸をしっかりとさせます。

このワークを一日1回、数分で終わるので取り組んでください。その際「正しい・間違っている」ではなく、もっとシンプルに「気持ちいい、心地いい」の感覚を大事にしてください。頭ではなく、ハートで気持ちいいと感じ取ること。これが五感の感覚を取り戻します。そしてこの「五感を取り戻すこと」ができると、次第に「ありのままの姿でOKなんだ」ということに気づけるようになります。

「ありのままの自分にOK」を出すこと

図2:“ありのまま”とはどんな状態?
図2:“ありのまま”とはどんな状態?

「ありのまま」とは、どのようなことをいうのでしょう?図2をご覧ください。内側の丸が「自分が自分に求める、本当の自分の姿」です。外側の丸が「親の視線に合わせようとする自分の姿」です。

機能不全家族に育つ場合、この2つの丸が大きく乖離した状態に育ちます。さらに、親の視線ばかり気にするため「本当の自分の姿」が点線のように明確ではありません。常に周りに合わせる生き方、これらが「生きづらさ」というストレスになります。

この2つの丸のどちらも「ありのまま」なんです。・親の期待に応えようと頑張る姿・親を嫌い反発・抵抗する姿・自分が自分でありたいと願う姿・どうせ分かってもらえないといじける姿・2つの姿の間で揺れ動く自分(葛藤する姿)これらの姿は、ときにみっともない姿になります。見栄を張ったり、虚勢を張ったり、どれも情けない姿です。冒頭で、否認の病とお伝えしました。否認しているときは、これらの姿でいることを認めることができません。これが、さらなる虚勢やウソを招いてしまうのですが……。しかし、「自分はダメな人間なんだ。でも、生きていくにはこれを認めるしかないんだ」このことに気づいた瞬間、回復の扉が開きます。

~ご家族・支援する方々へ~元依存症カウンセラーのアドバイス

苦しむ本人を見捨てないで……!
苦しむ本人を見捨てないで……!

回復の扉が開く瞬間までを4つの過程にあてはめて示すと、次のようになります。

1.自分が依存症と認めること→人生の主人公は誰なのか、気づきはじめます。2.今日一日に意識を向けること→自分の足元(軸足)に意識が向くようになります。3.自分の五感を取り戻すこと→自分の軸が整い始めます。4.ありのままの自分を受け入れること→自分の人生を自分の足で歩く決心がつきます。それまでの重い鎧を脱ぎ捨てる瞬間です。

この4つの順番の進む速度には個人差があります。また、ラストの鎧を脱ぎ捨てることがなかなかできないケースもあります。そのため、回復までの所要時間・年数は明言できません。なお、書籍等では「本人の考え方を変える必要がある」「本人が変わることへの自覚が必要」のように書いてあるものもあります。これらは正論です。間違ってはいません。

ただ、多くのクライエントさんと接する者から言わせていただけるのならば、考え方が変わるのも、本人が変わるのも、どちらも結果として、分かるものです。最初から「考え方を変える」のではなく、結果的に変わったことに気づくことの方が多いです。なぜならば、「変わる」というメッセージを「現状の否定」と受け止める人が多いからです。今を否定することは「いまここ」ではありません。

回復までの道のりは長いものになるかもしれません。ただ、お願いです。苦しむ本人を見捨てないでください。最初は好きで飲んでいた私です。それでも最後は、「やめたいけどやめられない。なんでなんだろう? どうにもならない自分に対して悔しさや虚しさや、泣きながら飲んでいたのも思い出します。極めて身勝手なお願いです。それでも、本人にとっては「あなたが最後に残った唯一の希望の糸」なんです。どうぞ、その糸を切らないでください。本人も「この糸にしがみついて良かった」と思う日がくるからです。

依存症者は愛情不足を何かで満たそうとしています。そして「満たされない」と嘆きます。しかし、本当は「じゃあ、満たすために、自分は何ができるのだろう?」「この糸に対して自分は何ができるのだろう」この視点に立てるとき、回復という開いた扉に光が差します。

さいごに

4つの順番についてお伝えしました。この他、文字だけで手順を説明するのは難しいのですが、「過去のトラウマを解消するワーク」などもニーズに応じて対応しています。

なお、私は心理カウンセラーです。医師ではありません。医学的に見れば、薬物療法からのアプローチも必要ですし、精神科への入院・通院も必要でしょう。また、自助グループに参加して仲間と助け合うことも必要です。このように、回復への方法は、たくさんあります。正解は1つとは限らないからです。

「人生には正解はない。自分で創るものなんだよ」この言葉は、私の主治医(恩師)が退院するときに語った言葉です。そして、「戻りたくなったら、ここ(病院)に戻ってくればいい。みっともない姿を見せたっていいじゃないか。君は決して一人じゃないんだ」あれから30年近く経ちましたが、今でもこの言葉は、私にとって宝物となっています。水原氏にも届けばいいなと思います。

水原氏の窃盗疑惑に「悲しくショック」と声明を出した大谷選手のメンタルも心配です。悲しみを乗り越え、今後ますますの活躍をお祈り申し上げます。

(佐藤城人(さとう・しろと))

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