1. トップ
  2. 恋愛
  3. 赤坂のタワマンに住む自慢の彼だけど、裏では…。29歳女の人には言えない悩み

赤坂のタワマンに住む自慢の彼だけど、裏では…。29歳女の人には言えない悩み

  • 2024.3.20

東京の女性は、忙しい。

仕事、恋愛、家庭、子育て、友人関係…。

2023年を走り抜けたばかりなのに、また走り出す。

そんな「お疲れさま」な彼女たちにも、春が来る。

温かくポジティブな風に背中を押されて、彼女たちはようやく頬をゆるめるのだ――。

▶前回:「このままじゃ、ヤバい」銀行に入社して7年。惰性で働く30歳女が決意したコト

東京カレンダー
千佳(29) これって、誰の人生?


「このカバン、かわいい」

日曜日。

表参道にあるマルニのブティックで、千佳の目は釘付けになる。

赤い色が魅惑的なバッグ。

― もうすぐ30歳の誕生日だし、一念発起して買っちゃおうかな。

店員に声をかけて持たせてもらうと、華やかな気分に包まれた。

「お客様、ステキです。本日のお召し物にもよくお似合いですよ」

ベージュのニットに、白いスキニーパンツ。

確かに今日のコーディネートに、赤は差し色として映える。

しかし千佳は、まじまじと鏡を見たあと、一転して暗い表情になった。

― 勇馬、何て言うだろう?

彼氏である勇馬の反応が、どうしても気がかりなのだ。

勇馬は35歳と年上で、シニア向けの化粧品会社を経営しているやり手の男だ。

千佳が27歳の頃に食事会で出会い、お互いに一目惚れして付き合って2年。

努力家で、自分にも他人にも厳しい。そんな彼に憧れ、尊敬の念を育ててきた。

しかし、その独特の厳しさが千佳にも降り注ぐようになり、最近は窮屈している。

― このバッグ、買ったらきっとジャッジされてしまう。

「ちょっと派手すぎるよ」

「小さいから、実用性には欠けるね」

勇馬は、いつも片眉をつり上げてジャッジするのだ。千佳のあらゆる選択を――。

「ただいま」

同棲中の赤坂のタワマンに帰宅した千佳は、長い廊下を歩いて、リビングルームへ続く大きなドアを開けた。

友人を招くと誰もが「広っ!」と目をパチクリさせる、45畳のリビング。革張りのソファに腰掛ける勇馬は、タブレットを凝視したまま「おう」と言った。

カバンは、結局諦めることにした。

― 高い金額を払って勇馬にマイナスの評価を下されるのが、怖いから。

広々とした洗面所に行って、一人手を洗う。

鏡を見ながら思うのは、最近の自分の8割くらいが、勇馬の手で作られているということだ。

― この茶髪も、服も、ネイルも、ぜんぶ勇馬のお達しなのよね。

東京カレンダー


たとえば3ヶ月前、久々に黒髪に戻したとき、勇馬は「茶髪のほうが似合うよ、戻しなよ」と言った。

オレンジベースのワンピースを着たときには「その服、子どもっぽくてちゃっちいね」と言った。

Instagramで見た真っ白なネイルをしてみたら「骨みたいで怖い」と言った。

勇馬は、あくまで真面目な表情で、ときには柔和な声色で、千佳のすべてに評価を下す。

そんな勇馬の意見に、千佳は耳を傾けてきた。

実際、勇馬のジャッジは正しいと千佳は思っている。

記念日にもらったティファニーのネックレス。誕生日にもらったセリーヌのバッグ。

身につけると、必ず友達に褒められる。

だから千佳は恐縮してしまう。

勇馬にジャッジされるのを「嫌だ」と言える勇気を、持ち合わせていないのだ。

― 勇馬は一般的に見てセンスが良いわけだし、かっこいいし。

勇馬との相性について葛藤を抱えたまま、29歳になってしまった。

― 今別れたら誰とも結婚できなくなりそうだし…。裕福な生活が送れるんだから、このまま我慢して結婚してもいいかも。

そんな本音を抱えているのが事実だ。

そのとき、千佳のスマートフォンが鳴った。

「ん?沙莉?」

大学時代、ボランティアサークルで仲が良かった沙莉から、久々の連絡があった。

『沙莉:久しぶり。千佳が忙しいのは重々承知してるんだけど、もし興味があったら一緒にまたボランティアしない?』

『沙莉:来週の日曜、もしよかったらどうかな?』

彼女は、神奈川県の大手地方銀行に勤務している。今度、地方創生を担当する部署に異動願を出したい関係で、再びボランティアをしてみたいのだそうだ。

― うれしい。

大学時代の友人とは、年々関係が薄くなっている。そのことに寂しさを覚えていたこともあり、千佳は誘われたこと自体に笑顔になる。

― 久しぶりに、いいかもなあ。

千佳が今勤めている病院の医局は、殺伐とした雰囲気だ。上下関係がきっかりしているので、年上の看護師に気をつかう。

― たまには上下関係を気にせずに、自分らしく何かを頑張りたい。

千佳はスマホを片手に、リビングルームに向かった。

相変わらずタブレットで何かを読んでいる勇馬に、声をかける。

東京カレンダー


「来週の日曜、お出かけしてくるわ」

「え、どこ行くの?」

「静岡」

「静岡?また何で?」と勇馬は言う。

「あの…ボランティアというか。大学のときの友達が、久々に一緒にやらないかって」

勇馬は片眉を上げた。

「ああ、千佳ってボランティアサークルだったもんね。でもボランティアって、どうなんだろう」

― ああ、またジャッジされそう。

千佳は、体を硬くして次の言葉を待つ。

「千佳は看護師免許を持ってて、キャリアを積んできたわけでしょう?大学時代とは千佳自身の価値が違うと思うんだよ」

「…そう?」

「千佳みたいな人がボランティアをやるのは、経済合理性がないと思うけど」

勇馬は、とても優しい表情をしている。悪気がないことが手に取るようにわかるから、千佳は努めて笑顔を作った。

「勇馬の言っていることはわかるんだけれど…あくまでプライベートとして行きたいのよ。

私、毎日病院に行って、すごく疲れているから、気分転換したいの。それに、久々に友達に会いたいし」

「だったら」と勇馬はハキハキと言う。

「気分転換したいんなら、ゴルフがいいよ。ゴルフなら俺も行くし、その子も誘ったらいい」

勇馬はタブレットをいじり始めた。

「それこそ静岡、久々に行ってもいいな。御殿場とかね…」

楽しげな勇馬を、千佳はこっそり睨む。

― 私、ゴルフってよくわからないし、あんまり好きじゃないのに。

このことも、千佳が勇馬に言えずにいることの一つだ。

かつて勇馬は言っていた。

「ゴルフが嫌いって言うやつは、だいたい怠け者で、仕事ができない奴だよ」

だから千佳は「ゴルフ好き」の顔をして、誘われたらついて行くことにしてきたのだ。



次の日曜日。

沙莉に「予定が合わない」と言い誘いを断った千佳は、勇馬と2人で前半のラウンドを終えた。

ランチを食べながら、勇馬は言う。

「大学時代の子、来たらよかったのにね。今日は結局ボランティアに行ってるのかな?」

「そうだと思うよ」

天ぷら御膳と、うな重。今日のそれぞれのランチは、勇馬がセレクトしたものだ。

しかし、美味しいものを食べている割に、千佳の表情は浮かない。

― ゴルフは…やっぱり私には合わない。

東京カレンダー


疲れた心身をごかまして笑顔で食事を終えると、化粧室に寄った。そのとき、沙莉からまたLINEが送られてきた。

サークルの仲間が沙莉を合わせて4人。静岡で、地元の人たちとフリーマケットを開催している様子を映した動画だ。

『沙莉:大学時代を思い出すよ!千佳も今度は来てね』

― 私だって、今日はゴルフじゃなくてそっちに行きたかったなあ。行きたかったのに、行けなかった…。

立ち尽くしたまま、短い動画を3回再生する。そのたびに、自分の本心が浮かび上がる。

― でも、行かないという選択をしたのは、自分。私、一体誰の人生を生きてるんだろう。

大きな窓からグリーンを見つめる千佳は、ふと、勇馬にちゃんと自分の意見を言えたら、という想像を膨らませた。

そしたら、身につけるものも、休日に行く場所も、自分の好きなものを選べる。

「経済合理性」なんて気にせずに、ボランティアに行きたい。

「漫画より本のほうがいいよ」なんて言われずに読みたい漫画を読みたい。

「料理はYouTubeで学べば十分」と言われずに料理教室に行きたい。

レストランで、好きなものを食べたい。

― 今日のお昼、私は本当はざるそばがよかったけれど、言えなかった。

「そばは茹でるだけなんだから、費用対効果悪くてもったいないよ。外食は、手間がかかるものを頼まないとね」

過去に勇馬がそう言ったから、外食でそばを頼まない人間になっていたが、好きにそばを注文できる。

「自分の好きなものを、堂々と好きって言える自分になりたい…」

勇馬には、感謝をしている。自分一人ではできないようなラグジュアリーな経験をたくさんさせてもらった。

でも、これ以上自分の気持ちを押し殺していると、自分の人生というものがなくなるような気がしてくる。

「千佳?」

背後から声をかけられる。

「ここにいたのか。そろそろ後半、始まるよ」

東京カレンダー


少し日焼けをした勇馬の顔。

千佳は、思い切って本音をぶつけてみたい気分になっている。

「ねえ勇馬」

「ん?」

「私、次の休みはボランティアに行くね」

口を開いた途端、千佳の中で堰き止めていた不満が、噴出する。

「あと、料理教室にはやっぱり行きたい。…黒髪も、オレンジのワンピースも、白いネイルも私は好き。漫画もたくさん読みたい。ずっと言えなかったけど、私には私の好きがあるの」

すると、勇馬は浮かない顔で「何、急に?」と言う。

「つまり…。これから私は、私の本当に好きなことをしたいの」

初めて本音を伝えたから、心臓がバクバクする。勇馬は、優しい反応をくれるだろうか。千佳は淡い期待を胸に反応を待つが、勇馬はフッと鼻で笑った。

「でも…千佳が好きってと思うもの、俺は好きじゃないからなあ」

千佳は、途端に頭が真っ白になる。でも、勇馬の反応はなんとなくわかっていた。

「…そうなんだね。もしかしたら、合わないのかな、私たち」

すると勇馬は眉間にシワを寄せて言う。

「だから、俺がもっといいものを教えてあげてきたんだろう。何がダメなんだっけ?」

― ふう…。やっぱり、話が噛み合わない。もう、別れたほうがいいのかな。

千佳はなお、勇馬を手放すことにものすごい惜しさを感じる。しかし、別れたあとに到来する自由を思うと、気分がちょっと明るくなるのだった。

そのことに、千佳は自分で苦笑する。

― 別れたら…次のお休みに、マルニのあの赤いバッグを買いに行こう。

千佳は、勇馬の質問には答えない。

「よくわからん」と腑に落ちない様子の勇馬を置いて、先に“最後のラウンド”へと向かっていく。


▶前回:「このままじゃ、ヤバい」銀行に入社して7年。惰性で働く30歳女が決意したコト

▶1話目はこちら:大学卒業7年で差が歴然。29歳女が同級生に感じるコンプレックス

▶Next:3月27日 水曜更新予定
お花見デート中に結婚を迫るも、はぐらかされ…。29歳女の苦悩

元記事で読む
の記事をもっとみる