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6歳から旧型人工呼吸装置「鉄の肺」の中で生き続けたアメリカ人男性、78歳で死去

  • 2024.3.16
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6歳から「鉄の肺」の中で生き続けたアメリカ人男性、78歳で死去
6歳から「鉄の肺」の中で生き続けたアメリカ人男性、78歳で死去 / Credit: en.wikipedia, gofundme – Helping Paul Alexander (The Man in the Iron Lung)

「鉄の肺」の中で70年以上も生きてきたアメリカ人男性のポール・アレクサンダー(Paul Alexander)さんが、今月11日に78歳で亡くなったと報じられました。

ポールさんは6歳のときにポリオウイルスに感染したことで全身麻痺に陥り、自力では呼吸ができない状態となりました。

「鉄の肺」は1928年に開発された旧式の人工呼吸器であり、ポールさんは幼少期から亡くなるまでずっとこの装置の中で暮らしてきたのです。

しかしその耐え難い困難に直面しても、ポールさんの生きる意志が折れることはありませんでした。

今回は哀悼の意を込めて、ポールさんの壮絶な生涯を振り返ります。

目次

  • 6歳の夏にポリオウイルスに感染、全身麻痺の状態に
  • 高校をクラス2位の成績で卒業!弁護士の資格も取得

6歳の夏にポリオウイルスに感染、全身麻痺の状態に

ポールさんは1946年1月30日に、米テキサス州の町ダラスに生まれます。

何不自由ない健康な少年でしたが、1952年の夏(当時6歳)、弟のフィリップさんと遊びに出かけた帰りに、唐突な発熱と体の痛み、倦怠感に襲われたのです。

医師の診断の結果、ポールさんは「ポリオウイルス」に感染していたことが判明しました。

ポリオウイルスはヒトを宿主とする感染力の強い病原体で、ちょうど当時のアメリカで猛威を奮っていたのです。

ポリオウイルスは口から体内に侵入すると喉や腸内で増殖します。

ただ感染しても多くの場合は目立った症状がなく、もし症状があったとしても発汗や下痢、嘔吐、風邪、発熱のような軽いものでした。

ところが、ポリオウイルスは約200人に1人の割合で宿主の神経系を冒し、一生涯つづく全身麻痺を引き起こすことが知られています。

不幸にもポールさんはその1人となったのです。

ポリオウイルスの電子顕微鏡画像
ポリオウイルスの電子顕微鏡画像 / Credit: ja.wikipedia

ポールさんは何とか一命を取り留めまたものの、首から下が完全に麻痺した状態となり、自力で動かせるのは頭と首と口だけでした。

そして肺の筋肉が動かなくなったことで、自分では呼吸ができなくなったのです。

このまま放置すると、待っているの死だけでした。

そこで医師たちは、人工呼吸器である「鉄の肺(Iron Lung)」にポールさんを入れることにします。

人工呼吸装置「鉄の肺」とは?

「鉄の肺」の造り
「鉄の肺」の造り / Credit: ja.wikipedia

「鉄の肺」は1928年に、米ハーバード大学公衆衛生スクールの医師らが、ポリオウイルス感染による呼吸不全を治療するために開発したものです。

当時では最先端の生命維持装置であり、全身麻痺に陥ったポリオ患者の多くがこの装置を使用しました。

ポリオ患者が使う鉄の肺で埋まった病棟( ランチョ・ロス・アミーゴス病院)
ポリオ患者が使う鉄の肺で埋まった病棟( ランチョ・ロス・アミーゴス病院) / Credit: ja.wikipedia

仕組みとしては「鉄の肺」の内部が気密タンクになっており、ここにポリオ患者の首から下を収容します。

そしてタンク内の圧力を一定の間隔を置きながら調節することで呼吸を促すのです。

具体的には、タンク内を陰圧(外よりも気圧が低い状態)にすると患者の胸郭が広げられ、平圧に戻すと胸郭の弾性によって肺がしぼみます。

周囲より気圧が下がると風船が膨らむ、同じ原理で「鉄の肺」は自立呼吸できない患者の肺を膨らませる
周囲より気圧が下がると風船が膨らむ、同じ原理で「鉄の肺」は自立呼吸できない患者の肺を膨らませる / Credit:ワオ!科学実験ナビ

これを繰り返すことで自然な呼気を誘発するのです。

「鉄の肺」は1950年代まで広範に用いられていましたが、装置が大掛かりで維持費用が高価なこと首から下がタンクに覆われるため患者のケアが難しいこと、それからチューブのみを患者の気管に挿入する新型の人工呼吸器が登場したことなどから、現在ではほとんど使われていません。

それでもポールさんは慣れ親しんだ「鉄の肺」を70年以上も使用し続け、「鉄の肺」の中で最も長い期間を過ごした人物としてギネス世界記録にも認定されています。

では、ポールさんはこの鉄の箱に閉じ込められた状態で、どんな人生を送ったのでしょうか?

高校をクラス2位の成績で卒業!弁護士の資格も取得

ポールさんは生涯にわたり、頭と首と口しか動かせない状態でしたが、「生きよう」という意志が折れることはありませんでした。

彼は学校には通学しないホームスクールの形で教育を受け、熱心に勉学に励みます。

またメモを取るのが無理なので、代わりに全ての内容を暗記することを学びました。

「鉄の肺」に入ったまま本を読むポールさん(1986年、当時40歳)
「鉄の肺」に入ったまま本を読むポールさん(1986年、当時40歳) / Credit: en.wikipedia

1967年にダラスのW.W.サミュエル高校をクラス2位の好成績で卒業すると、1978年にはテキサス大学オースティン校で学士号を、次いで1984年には博士号を取得します。

そして1986年には司法試験に合格し、弁護士の資格を取得。

事務所を開設して、30年の間、弁護士として仕事を続けました。

裁判所に出廷する際は「鉄の肺」をまっすぐに固定できるように改造された特殊な車椅子を使っていたといいます。

さらに2020年には、5年の歳月を自分の半生をまとめた著書『Three Minutes for a Dog: My Life in an Iron Lung』を書き上げ、出版もしました。

ところがポールさんは今年2月に新型コロナウイルス感染のために入院。

その後も容体が回復することなく、3月11日に78歳で亡くなりました。

ただ実際の死因がコロナによるものだったかは不明だといいます。

弟のフィリップさんは声明で「(兄の死に際し)寄せられたコメントを読んで、これほど多くの人がポールに勇気づけられていたことを知って驚きました。本当に感謝しています」と述べました。

また、ポールさんの生前にインタビューを行ったアメリカ障害者権利活動家のクリストファー・ウルマー(Christopher Ulmer)氏は「彼の生涯の物語は広く遠くまで伝わり、世界中の人々に良い影響を与えた」と評し、「ポールはこれからも人々の記憶に残る素晴らしいロールモデルである」と続けています。

ポールさんが晩年に過ごしていた部屋の様子
ポールさんが晩年に過ごしていた部屋の様子 / Credit: The Dallas Morning News(youtube, 2019)

世界で最初の有効なポリオワクチンは、ポールさんが感染した3年後の1955年に認可されました。

その後、ポリオウイルスの感染者は徐々に減少し、現在ではほぼ根絶した状態にあります。

1988年の時点では、ポリオの感染者数が125カ国以上で約35万件ありましたが、2021年には2カ国でわずか6例しか確認されていません。

今後、ポールさんのように「鉄の肺」が新たに使われることはないでしょうが、彼の勇敢な人生は世界で長く語り継がれていくでしょう。

こちらはウルマー氏によって行われた生前のインタビュー映像です。

参考文献

Paul Alexander, polio survivor who lived in iron lung for 70 years, dies age 78
https://www.livescience.com/health/viruses-infections-disease/paul-alexander-polio-survivor-who-lived-in-iron-lung-for-70-years-dies-age-78

Paul Alexander: Man who lived in an iron lung for 7 decades dies at 78
https://interestingengineering.com/health/paul-alexander-man-who-lived-in-an-iron-lung-for-7-decades-dies-at-78

Paul Alexander, “The Man In The Iron Lung”, Has Died
https://www.iflscience.com/paul-alexander-the-man-in-the-iron-lung-has-died-73363

ライター

大石航樹: 愛媛県生まれ。大学で福岡に移り、大学院ではフランス哲学を学びました。 他に、生物学や歴史学が好きで、本サイトでは主に、動植物や歴史・考古学系の記事を担当しています。 趣味は映画鑑賞で、月に30〜40本観ることも。

編集者

海沼 賢: ナゾロジーのディレクションを担当。大学では電気電子工学、大学院では知識科学を専攻。科学進歩と共に分断されがちな分野間交流の場、一般の人々が科学知識とふれあう場の創出を目指しています。

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