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2年前に別れた元カノをSNSで発見。結婚したことを知り、未練があった31歳男は思わず…

  • 2024.3.15
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愛おしい人といるときは、何気ない時間が特別なものに変わる。

そして、2人の時間をよりスペシャルなものにしてくれるのが、ワインだ。

ワインには、香りと舌の記憶とともに一瞬を永遠に留めてくれる不思議な力がある。

今宵も、ボトルの前に男と女がいる。

長い年月を経て、このテーブルに辿り着いたこのワインのように、とっておきの物語が紡がれる。

▶前回:彼の家に何度訪れても、彼女になれない女。男の思わせぶりな態度に振り回された結果…

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Vol.17『恋の余韻』勉(31歳)


3月中旬の日曜日。

午後になって、勉はようやくベッドから出た。窓からは春めいた日差しが差し込み、気持ちのいい休日だ。

キッチンでコーヒーを淹れながら、勉は久しぶりにInstagramを開く。

勉は、もう2年ほど投稿していないが、時々開いては友人たちの近況を確認する。

コーヒーの芳しい香りがゆったりとリビングに漂い始めた。カップを片手に、画面をスクロールしていると、ある投稿に目が留まる。

「夏奈…結婚したのか」

そこには、2年前に別れた恋人の姿があった。

マーメイドラインのウエディングドレスをまとい、勉ではない男性に寄り添い幸せそうに笑っている。

― 綺麗だな…。

「日本に帰ってきたばかりなのに、とんだ日曜日だ…」

ぽつりと呟き、リビングのソファに身を預ける。

ゼネコンに勤め海外と日本を行き来する勉は、1週間ほど前にマレーシアから帰ってきたばかりだ。窓際には、まだ中身を整理していないリモワのトランクが放置されている。

「はぁ…」

― 別れて2年経って、夏奈も僕と同じ31歳。そりゃ結婚ぐらいするよな。

お互い納得して別れたはずなのに、彼女のドレス姿にこれほどまで心をかき乱されるとは、思ってもみなかった。

大手法律事務所で秘書をしている夏奈とは、26歳の頃友達の紹介で出会った。すぐに意気投合し、一緒に過ごした期間は3年ほど。

ありふれた出会いだったが、楽しい恋愛だった。夏奈は、穏やかで優しかったのでほとんどケンカもなく、いい思い出ばかり。

別れた後、2人の女性と付き合ったが、長くは続かなかったのは、無意識のうちに夏奈と比べてしまっていたからかもしれない。

夏奈は理想的な彼女だった。

出張前は必ず勉の家にやってきて、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたものだ。

「これ、買ってきたよ。MUJIの立体メッシュケース。トップスと下着用と、ポーチはこれね」

勉が出した衣類を、夏奈が畳みメッシュケースに入れると、リモワにジグゾーパズルのようにぴったりと収まった。

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「明日から出張でしょ?冷蔵庫の中が空っぽだと思って、ゴハン持ってきたよ」

夏奈が持参した料理を冷蔵庫に入っていたワインと一緒にいただく。

「かんぱーい。出張気をつけてね。おいしいワインあったら買ってきてね」

「夏奈が作った筑前煮、このピノに合うな」

勉にとって穏やかでホッとできる時間だ。2人ともワインが好きだったから、お気に入りワインを選び夏奈の料理と一緒にマリアージュを楽しむ。

「ずっと夏奈の料理を食べていたいな。出張に行きたくなくなるよ…」

勉の口から思わず本音が飛び出す。

「何言ってるのよ。私、一生懸命仕事してる勉が好きなんだから。私のことなんか気にしないで仕事に集中して」

「そうなの?仕事が忙しくて一緒にでかけることもあまりできないから、いつも悪いなぁって思ってるんだ。でも、いつかナパに旅行してワイナリーめぐりしよう」

今まで付き合った女性には抱いたことがなかった感情だった。

口に出すことはなかったが、勉の中に「結婚するなら」といった、なんとなくの願望は最初からあった。

『一生懸命仕事をしている勉が好き』

勉は、夏奈のこの一言を心に留め、より一層仕事に励むようになる。

そして、日本にいる時は、時間を惜しむように夏奈と会った。いや、会っているつもりだったというのが正しいかもしれない。

― 夏奈のために仕事をしている。

そんな風に思える自分が幸せだと、勉は感じていた。



そしてあっという間に3年が過ぎた。

3月末、勉は先週出張先から帰国した。ここから2ヶ月は日本で仕事をする予定だ。

といっても、片付けなくてはならない仕事が山積みで、日本にいる時は出張時の何倍も多忙だ。この日も21時を過ぎてから、人もまばらなオフィスを後にし、大急ぎで帰宅した。

「あー、久しぶりに夏奈に会える日だっていうのに、遅くなって。ごめん!」

一足早く合鍵で部屋に入っていた夏奈が、笑って出迎える。

「待ちくたびれたよ。帰ってこないのかと思っちゃった」

2人で勉の部屋で食事をした後、夏奈がダイニングの窓を開けた。外気とともに、ふわりと花の柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。

「ねえ、勉。いつも一緒にいるカップルに比べるとさ、私たちって忙しかったり、離れたりしているせいか、いまだに新鮮なこといっぱいあるよね?」

柔らかな笑みを浮かべ、夏奈が尋ねる。

「新鮮か?俺にとって夏奈は、空気のような存在だけどな」

勉が思ったままのことを口にする。

すると夏奈は「そっか。そうだよね」と笑顔でうなずいた。だが、勉には、彼女の瞳がわずかに曇っているようにも見えた。

「結婚したらずっと一緒だし、今のうちに離れていることを楽しもう」

この先もずっと一緒に…。

海外と日本を行き来しながら全力で仕事をし、家に戻ってくれば夏奈が自分を癒やしてくれる。

それは、勉にとって大事なルーティンだった。

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「ねえ、勉は今、幸せ??」

今夜の夏奈は、新鮮?とか幸せ?とか変なことばかり聞いてくる。そんなこと聞かなくたって、勉は今まで同様夏奈を思っている。

仕事が多忙で2人の時間が取れないのは仕方がないこと。年齢を重ねるにつれ、任せられる仕事の責務は大きくなるものだ。

ただ最近、仕事を優先するのが当たり前になっていたことを、勉は今さらながら反省をした。

「幸せだよ。仕事はやりがいがあるし、夏奈がいるし」

そんな甘いやりとりをしていた翌週…。

金曜日。

勉は、人もまばらなオフィスで企画書をまとめていた。

― 今日も遅くなってしまった。

マウスから手を離し、そばにあるスマホを手に取る。見ると、夏奈からLINEが入っていた。

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スワイプした途端に勉は凍った。

『夏奈:勉、あのね…別れたいの』

青天の霹靂としか言いようのない、夏奈からのメッセージ。

『勉:どういう意味?』

返信すると、すぐに既読になった。

『夏奈:嫌いになったわけじゃないんだけど。もっと一緒にいたかった、ごめんね』

数秒後には、まるで用意していた文面をコピペしたかのような速さで、返事がきた。

『勉:会って話そう』

「仕事をしている勉が好き」という夏奈の言葉に甘えきっていた。すべて自分のせいだと勉は即座に思った。

『夏奈:ごめん。今、会うと気持ちがブレるかもしれない…』

『勉:だったら尚さら会いたい。会おう』

勉は食い下がるが、既読になったまま夏奈からの返答はない。

勉は意を決して通話ボタンを押す。

電話に出た夏奈は、予想に反して冷静だった。いつもより低い声のトーンに勉は、彼女の決意が固いことを悟る。

そろそろ結婚をして、いずれは子どもが欲しいこと。また、勉と結婚してもすれ違いばかりで、結婚生活がイメージできなかったことが理由だと夏奈は言った。

「だったら今すぐ結婚しよう」

喉元まで出かかった言葉を、勉は飲み込んだ。なぜなら結婚しても、結局すれ違いの生活になり夏奈を悲しませることになると思ったからだ。

「仕事頑張ってね、ずっと応援してる」

結婚したいとは思っていたのに、何一つ具体的な行動を起こさなかった。

「ありがとう。夏奈も元気でな」

楽しかった恋は、こうして突然幕を閉じたのだった。



勉は、しばらくウエディングドレス姿の夏奈に見入った。

― 本当に好きだったんだよなぁ…。

出会った当初から、お互いに駆け引きすることなく恋に落ちた、という感覚があった。

忘れられない恋とは、そういうものなのかもしれない。それに比べ、夏奈の後に出会った女性との恋愛は、実に予定調和的だ。

― 自分の隣にいた夏奈は、どんな顔をしていただろう?

勉は、なんとなくスマホを手に取り、カメラロールをスクロールした。

2人で過ごしたクリスマス、思い立って出かけた鎌倉…。旅行は、箱根とそれから唯一の海外旅行は、アメリカだった。

― 自分の隣にいた彼女は、どんな顔をしていただろう?

勉は、なんとなくスマホを手に取り、カメラロールをスクロールした。

― そうか、僕はいまだに夏奈に気持ちが残っていたんだな。

カメラロールの写真をひとつひとつ開いては、削除していく。まだまだかかりそうだ。

勉は、ふと立ち上がり、キッチンに向かう。冷蔵庫を開け、ビールを取り出そうとして手を止める。

― たまにはワインにするか…。

夏奈と別れてから、家で飲むことがなくなっていたワイン。冷蔵庫に寝かせたまま、どうすることもできないでいた1本を取り出し開栓した。

『ナパ・ハイランズ シャルドネ』

夏奈と別れる1年前、一緒に旅行したナパ・ヴァレーのレストランで飲んだワイン。

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「樽でじっくり寝かせることで凝縮感のあるアロマが特徴」だというレストランの店員の説明を聞いて、じっくりと香りを嗅いでから一口飲んだことを勉は思い出す。

「うん、檜風呂に入った時みたいに、口の中に樽が充満する。樽ドネって感じだね」

2人で美味しい料理とともに飲んだシャルドネ。広大な大地にぶどう畑が延々と広がる美しい景色と、楽しそうにはしゃぐ夏奈の姿が脳裏に広がった。

勉はグラスに注ぎ、一口含んだ。

「そうだ、こんな味だったな…。長い余韻のある…。まるで夏奈みたいなワインだな」

あの時、結婚しようと言っていれば、彼女は自分の元を去らなかったのだろうか?と勉は考える。

― いや、そんなことはないな。

カメラロールを閉じると、勉は夏奈のInstagramを再び開く。そこには、夫となった男との幸せそうな笑顔があった。

友達のコメントを見ると、相手は夏奈と同じ職場の弁護士だということがわかった。自分が側にいない間に、彼が寂しさを埋めたのかもしれないと勉は思う。

― おめでとうってコメントするほど、俺はいい奴になれないや。

勉は、空のグラスにワインを注いだ。そして、リビングに差し込む春の日差しがワインボトルに反射して光っている。

あの頃の日常をぎゅっと詰めたような甘酸っぱい果実味とともに、樽の香りが口いっぱいに広がっていく。

まるで、封印されていた恋の余韻が放たれたように。

【今宵のワイン】
『ナパ・ハイランズ シャルドネ』
カリフォルニア・ナパヴァレー産。フレンチオークで熟成されたシャルドネ100%。樽でじっくり寝かせることで凝縮感のあるアロマが特徴

▶前回:彼の家に何度訪れても、彼女になれない女。男の思わせぶりな態度に振り回された結果…

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