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「親が望むように生きるのはやめた」慶應卒28歳女が大企業を辞めて飛び込んだ世界は…

  • 2024.3.6
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東京の女性は、忙しい。

仕事、恋愛、家庭、子育て、友人関係…。

2023年を走り抜けたばかりなのに、また走り出す。

そんな「お疲れさま」な彼女たちにも、春が来る。

温かくポジティブな風に背中を押されて、彼女たちはようやく頬をゆるめるのだ――。

▶前回:元夫が、浮気相手とスピード再婚。幸せそうな挙式写真をSNSで目撃した30歳女は…

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留美子(30) 「ふわふわした仕事」と言われ…


3月上旬。

留美子は、 中目黒にある自宅マンションで、ベランダに続く窓を開け放つ。

― 寒さがだいぶ和らいできた。目黒川沿いの桜、今年も楽しみだなあ。

そのとき、ふと思い出した。

「あ。今週末は、お母さんの誕生日だ」

― たしか、60歳になるのか。

父親が他界して4年。母は独りで、鎌倉の小さな家で暮らしている。

節目のお祝いだし連絡をしようと思うのだが、留美子はためらってしまう。ある理由で、母親とここ2年疎遠になっているのだ。

「そんなふわふわした仕事、絶対ダメよ。ちゃんとした会社で働きなさい」

2年経つのに、母親からもらった言葉はまだ、留美子を動揺させる。



留美子は、新卒で大手広告代理店に入った。

クリエイティブ局に配属され、入社3年目で広告賞を2つ獲得。

周囲から、相当もてはやされた。

しかし当時の留美子は、どれだけ周囲に評価され、讃えられても、満たされない思いだった。

― 広告クリエイティブより、私が本当にやりたいのは…。

留美子の本当の目標は、ファッションデザイナーだったのだ。

留美子は小学生時代から、ティーン向けファッション雑誌を毎月何冊も買い続けた。

中学では、勉強そっちのけで、洋服作りに没頭した。放課後は、原宿に繰り出した。

そんな留美子に両親は言ったものだ。

「服はもういいから、勉強しなさい」

仕方なく高校から勉強に専念して、慶應義塾大学に入り、大手広告代理店に受かった。

― ほんとは、ファッションデザイナーになりたかったけど。

メガバンクで働く安定志向の両親に、そんなことは口にできない。留美子は、安泰の道をとった。

― でも…。

頑張って目をそらして代理店で働いたが、留美子は自分のキャリアに違和感を覚えていた。

そんなときに父親が急に天国に行ってしまって、留美子の考えは変わる。

「挑戦したいことがあるなら、早い方がいい」

仕事の合間を縫って服飾の学校に通い、2年前、28歳の夏。留美子は思い切って会社を辞めた。

そのとき、母親が猛反対したのだ。

「ファッションデザイナー?そんなふわふわした仕事、絶対ダメよ。ちゃんとした会社で働きなさい」

「いつまで夢を見てるのよ」

留美子はその日、言葉を返さずに家を出た。そして翌日、上司に退職の意志を伝えた。

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「へえ、ステキじゃない。留美子、ファッションデザイナーとしてインタビュー受けたんだ」

土曜の昼。

近所の中目黒にある鉄板焼きの『ブロックス』で、高校時代の友人・咲奈が、スマホを見ながら微笑む。

咲奈と会うのは、同級生の結婚式以来、2年ぶりだ。

大学時代は頻繁に会っていたが、お互い激務になり、なかなか時間をつくれなかった。

咲奈が見ているのは、人気ファッション雑誌のWEBメディアに掲載された『ファッション業界図鑑』という特集ページ。

“注目のデザイナー”として留美子が登場している。

留美子は半年前、自分のブランドを立ち上げた。

古巣の代理店とのコネクションもあって、滑り出し絶好調。最近では、ECでの販売のほか、大型ファッションビルで毎月のようにポップアップショップを開いている。

「留美子って昔から、ファッション雑誌たくさん買ってたし、放課後はいつも原宿に行ってたもんね。いつか、お洋服の仕事するのかなって、あの頃から思ってたよ」

記事内の写真で留美子が着ているのは、自身でデザインした、黒地に紺色のチュールを重ねたワンピースだ。

「落ち着いた色味なのに、華やかなのが、留美子のデザインの特徴だよね」

「ステキ」と連呼してくれる咲奈に照れくさくなり、留美子は会話のボールを渡す。

「ねえ、咲奈はどうなの?最近」

すると咲奈は、一瞬でほんわかした笑顔になった。

「私、1年前に離婚したじゃん」

「うん」

「あれから、逃げるように仕事に没頭してたの。でも、ついこの間、ステキな人に出会った」

咲奈は会社から“春休み”をもらい、1人でみなとみらいに宿泊したという。

そのときに雨宿りのために立ち寄ったバーで、話の合う男性と出会ったそうだ。

「私、再婚するつもりはさらさらないって思ってた。でも彼と出会って、自分がまだ幸せな結婚に憧れていることに気づかされたんだ」

咲奈は、目の前で焼かれるステーキを見ながら言う。

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「私、1回結婚に失敗してるから怖いの。でも、次のデートで勇気を出して告白しようと思ってる」

そして「もう大人なんだし、自分の気持ちに素直になるんだ」と笑った。



自宅に戻ってきた留美子は、次の秋冬コレクションのデッサンに取りかかるが、どうも集中できない。

先ほどの咲奈の言葉が、リフレインしていた。

「大人だし、素直になる…か」

― お母さんの誕生日。実家に帰ってみようかな。

咲奈のカラッとした笑顔に背中を押されるかたちで、留美子は意を決してLINEを開く。

『留美子:久しぶり。誕生日だし、次の週末帰るよ』

メッセージを送ると、その夜『びっくり!楽しみにしてます』との返事があった。

― 実家のドアを開けるのがこんなにも緊張するなんて…。

留美子はおどおどしている自分を情けなく思う。

母親は、今の自分の仕事になんて言うだろうか。

また「ふわふわした仕事」と言われるだろうか。

― 「もう30歳なんだから、いい加減安定した仕事に戻ったら?」と言われたらどうしよう。

久々に使う合鍵でガチャリとドアを開けると、玄関で愛犬のダックスフント・ルナが寝ていて、驚いた様子でしきりに尻尾を振ってくれた。

そして奥のほうから「おかえりー」と懐かしい母の声がした。

「久しぶり」「遠かったでしょう」と当たり障りのない会話をして、ダイニングテーブルに座る。

母親は、紅茶を持ってきてくれた。

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「ありがとう」と言った留美子を遮らんばかりに、母親は身を乗り出す。

「留美子、読んだわよ」

「え?」

母親の手には、スマホ。留美子のインタビュー記事が映し出されている。

― なんで私が載った記事、知ってるんだろう。

聞けば母親は、留美子のブランドのInstagramを日々チェックしていたという。

「読んで、驚いたわ。こんなにかっこよくなって」

母親は照れ笑いを浮かべながらも、突如真面目な表情になる。

「お母さん、留美子に失礼なことを言ったわね」

母親の目尻のシワが、以前より深くなっている。申し訳なさそうに潤む目を留美子は見つめた。

「…あのとき、留美子の気持ちを否定したかったわけじゃなかったの。ただ、心配で、心配で。ごめんなさい。謝る機会を作れないまま、こんなに時間が経ってしまって」

頭を下げる母親を見て、留美子は慌てて謝り返す。

「私こそごめん…」

母親は、首を横に振りながら笑顔になった。

「ねえ。今までの留美子の服の中で好きなのは、とっといてるのよ。コレとか、コレとか」

母親は、何枚ものスクリーンショットを見せてくれる。お気に入りの服を見つけ次第、保存してくれていた。

「ありがとう。私、お母さんの気も知らずに拗ねてた…。幼かった」

「幼いのは、お母さんのほうよ。応援の言葉ひとつかけられなくて」

「そんなことないよ」

2人して涙ぐんでいたら、ルナが心配そうに留美子のひざに乗ってくる。

「ルナ、散歩したいのかも。お母さん、一緒に行こうか」

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留美子は母親とルナと、育った街並みをゆっくり歩く。冷え切っていた心がほぐれて、温まってくるのを感じる。

「お母さん。今晩はお祝いだし、私がなんか作るね」

「ありがとう。でももうね、留美子の大好きなハンバーグを仕込んであるの」

「ええ?じゃあ仕上げを一緒にやろう」

母親は、笑顔でうなずいたあと、空を見上げた。

「…留美子は、私たちの誇りだね」

空にいる父親に語りかける、優しい口調。ルナがうれしそうに走り出した。

― 気持ちいい風。春が、すぐそこまで来てる。

留美子のチュールスカートが、ふわりと揺れる。


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