1. トップ
  2. エンタメ
  3. 実写映画『アラジン』、アニメ版とはどう違う?作品をさらに魅力的にした「改変ポイント」5つを徹底解説

実写映画『アラジン』、アニメ版とはどう違う?作品をさらに魅力的にした「改変ポイント」5つを徹底解説

  • 2024.3.2
  • 1896 views
2019年の映画『アラジン』が、アニメ版から明確に変わった、はたまた、実写ならではの魅力へとなったポイントを解説しましょう。(※サムネイル画像出典:(c) Disney Enterprises, Inc.)
2019年の映画『アラジン』が、アニメ版から明確に変わった、はたまた、実写ならではの魅力へとなったポイントを解説しましょう。(※サムネイル画像出典:(c) Disney Enterprises, Inc.)

2024年3月1日、『金曜ロードショー』(日本テレビ系)にて、2019年公開の実写映画『アラジン』が放送されます。

本作は1992年公開のアニメ映画からの改変がいくつかあり、新たな楽曲『スピーチレス 〜心の声〜』が鳥肌の立つような演出と共に歌われることもその1つ。既存の名曲もアレンジされ、実写で生身の人間が演じ歌う姿を映してこその、ミュージカル映画としての魅力も際立っているともいえるでしょう。

ここでは、さらなる「実写ならでは」の魅力や具体的な改変ポイントを、初めはネタバレなし、途中から警告後にネタバレありで記していきましょう。

1:実写映画オリジナルキャラクターの侍女・ダリアの存在

アニメ版からの分かりやすい改変ポイントの筆頭は、実写映画オリジナルキャラクター・ダリアの存在です。王妃であるジャスミンの侍女でありながら気兼ねなく助言もくれる親友でもあり、この2人が結婚や恋愛について語り合う様はほほ笑ましく見られるでしょう。 そのダリアとの会話では「男性と結婚することで将来が左右されてしまう(男性に依存しすぎる)こと」への危うさも指摘されています。ジャスミンはもともと精神的な強さを持つ女性ですが、親友であるダリアの助言が後押しにもなり、さらに「主体的に決断ができる」様が強調されているのです。

また、アニメ版でのジャスミンは「(トラのラジャー以外には)本当の友達だっていないわ」と口にしていたこともありました。今回の実写映画は、いわば、以前は友達がいなかったジャスミンのために、親友となるキャラクターを創造してくれた、「IF」をかなえてくれたような優しさを感じるのです(ダリアのさらなる役割はほかにもあるのですが、それはネタバレになるので後述しましょう)。

ちなみに、ダリアを演じたナシム・ペドラドはテレビ番組の『サタデー・ナイト・ライブ』での出演で知られるコメディエンヌでもあり、そちらでのパロディコントでジャスミンを演じていた、というめぐり合わせもあるのです。

さらに余談ですが、Disney+(ディズニープラス)で見られる『塔の上のラプンツェル』のスピンオフアニメ『ラプンツェル あたらしい冒険』『ラプンツェル ザ・シリーズ』では、侍女かつ護衛役のカサンドラというキャラクターが新たに登場しており、責任感にあふれた性格や物理的な強さも含めてとても魅力的です。実写映画版『アラジン』の「お姫様と侍女の関係性」が好きになった人は、ぜひこちらも見てほしいです。

2:ガイ・リッチー監督の作家性が活かされた内容に

実写映画版『アラジン』の監督は、『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』や『スナッチ』が熱狂的な支持を得たガイ・リッチー。その作家性である凝った画作りやスタイリッシュな演出が、見た目のゴージャスさやアクションの躍動感が求められる『アラジン』という題材にバッチリハマったともいえるでしょう。

さらに、ガイ・リッチー監督は『シャーロック・ホームズ』や『コードネーム U.N.C.L.E.』で「バディもの」も手がけており、その関係性の変化や尊さを描く手腕も、今回の『アラジン』でのジャスミンとアラジン、アラジンと魔人ジーニー、ジャスミンとダリアという、それぞれのキャラクターの掛け合いに生かされていたのではないでしょうか。

また、2024年2月23日より劇場で公開されている、ガイ・リッチー監督の新作映画『コヴェナント/約束の救出』は、「頑固な軍曹」と「心優しく理性的な通訳」が共に死地をくぐり抜けるという、まさにバディものの魅力に満ちた傑作でした。

判断を誤れば死につながるハラハラドキドキの状況が続きつつも、約束を反故(ほご)にするアメリカ政府への怒りが込められた、エンターテインメント性と社会派ドラマを両立させた万人向けの内容でもあります。『アラジン』と合わせて見れば、全く異なるジャンルでありながらも、共通する要素とエンタメ作家としての力を再確認できるでしょう。

さて、ここからは実写映画版『アラジン』のネタバレありで、アニメ版からの優れた改変ポイントを記していきましょう。

※以下、実写映画版『アラジン』の結末を含むネタバレを記しています。観賞後にお読みください。

3:悪役ジャファーがより権力を求める存在に

今回の実写映画版『アラジン』における悪役・ジャファーを演じたマーワン・ケンザリは劇場公開時に30代半ばとかなり若く、アニメ版の初老に近い見た目のジャファーとはギャップがあります。 アニメ版では、まだ少女といってもいいほどに若いジャスミンとの結婚を求め、実際に国王から 「じゃがお前は年じゃろう?」 と言われる場面もあったりと、いい意味での「年甲斐もない」気持ち悪さが際立っていました。

今回の実写映画版ではその気持ち悪さがよくも悪くも後退したわけですが、代わりにジャファーが「リンゴを盗めばコソ泥、国を盗めば支配者だ」などと「権力」についてアラジンに諭す場面があったり、アニメ版にはいなかった臣下との掛け合いもあったりして、「周りを顧みず強大な権力を求める」浅ましさがより際立ち、ジャスミンとの結婚はあくまで権力を手にするための「手段」にすぎないと思えるようになっています。

この改変により、アラジンとジャファーには合わせ鏡のような「対比」が生まれています。アラジンもまた、ジャスミンとの結婚のために王子という地位を求め、その後にもランプの魔法の力を求めるがあまり「ジーニーを自由にしてあげられない」と宣言していたこともあったのですから。これは、「アラジンもまたジャファーのようになっていたのかもしれない」と思えるような改変でもあるのです。

4:アニメ版で削除されていた設定を拾い上げた

アニメ版のオープニングは、行商の男が珍しい商品を「観客に向かって」売ろうとするという、半ばメタフィクション的なものでした。
実は、この行商の男はもともとは「ジーニーの人間になった姿」だという設定があります。指が4本であることや、 原語版でジーニーの声を担当した故ロビン・ウィリアムズが同役を演じているのは、その名残だったりするのです。

そして、今回の実写映画版でのオープニングは、ウィル・スミス演じる「人間になった」ジーニーが、自身の子どもたちにお話を聞かせてあげるというもの。つまり、アニメ版で削除された「初めに映画の物語を語っているのがジーニーだった」という設定を拾い上げているのです。
このオープニングで子どもたちが「すごく大きな船」「うらやましいよね」などとつぶやき、ジーニーが「ほかにはないものがある」と諭す様も、これから語る物語の「ありのままの自分」を肯定するメッセージにつながっています。

そして、ジーニーの結婚相手が、 ダリアだったということが分かる驚きと感動も大きいものでした。それもまた、ランプの中でこれまでずっと孤独だったジーニーのために、生涯を添い遂げるパートナーを創造するという、「IF」をかなえてくれるようでもあったのです。

5:実写でより強調された「魔法のない世界」への帰還

振り返ってみれば、この『アラジン』の物語は「魔法を使ったら全てが解決しました」なんてことはありません。魔法はあくまで「きっかけ」であり、最終的な解決も魔法に頼らないどころか、「魔法のない世界に帰る」ことになっているのです。いわば、本作の主題は「遠回りをしてやっと気づいた、ありのままの自分の肯定」といってもいいでしょう。

アニメ版でもその主題そのものは同じですが、そもそもアニメは全てが絵として描かれていた、いってしまえば「現実ではない」ものです。さらに極端にいえば、アニメは「虚構」でありながらも、それこそ「魔法」のように魅力的にする表現といってもいいでしょう。

対して、今回は「現実」をそのまま映しているといえる実写であり、クライマックスの戦いの後は、これまでのCGやVFXを駆使したファンタジックな画や展開(=魔法)はなくなります。だからこそ「魔法のない世界」が強調されているように思えますし、そこにこそ実写映画化の意義があったと思えるのです。

さらに、今回の実写映画版のラストは、まるでインド映画のようなゴージャスなダンスと歌! それもまた、CGやVFXという映像技術により作り出されたファンタジー、はたまた魔法に頼らなくても、人間は自分たちの力でこれほどまでに世界を魅力的にしてしまえる存在なんだという、実写ならではの圧倒的な肯定のパワーに満ちたラストだと思えるのです。

この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。

文:ヒナタカ

元記事で読む
の記事をもっとみる