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放送作家・町山広美の映画レビュー 『落下の解剖学』『テルマ&ルイーズ 4K』

  • 2024.2.27

InRedの長寿映画連載「レッド・ムービー、カモーン」。放送作家の町山広美さんが、独自の視点で最新映画をレビュー。

殺されなかった女はどこへ向かうのか

「それってあなたの主観ですよね」でネットの人気者は相手の発言を無力化してみせるが、事実と主観を対抗させることはすでに罠である。 『落下の解剖学』は、そういう罠についての映画だ。死体がおかれ、法廷の場面が多くを占めるミステリーのかたちをとるが、見極められるのは死の真相ではない。 フランスの雪深い山に立つ山荘。死体の発見者は、視覚に障がいを持つ11歳の少年ダニエルだった。上階から転落したのは、父親のサミュエル。なぜ転落したのか。やがて母親サンドラに嫌疑がかかる。法廷では、「妻による殺人」を立証する物証がないため、夫婦の関係が焦点に。 サンドラは小説家、私生活を題材にフィクションを書き、そこそこ売れているようだ。家事を多く請け負っていたのはサミュエルで、40歳の今も小説家を目指したまま書けないまま。2人は愛し合い「人生を共にしている」が、小説の書き手同士、人生に起こる出来事を題材として取り合っていた、執筆のための時間を奪い合っていたとも言える。落ちたのか、落とされたのか。 事実は多面的だ。そして人は他者の言動を言葉で再現する時、物語のかたちを借り、自らの想像や価値観で断片を接着する。当人が語るにしても、自身の感情を凍結保存できるものではなく、推察や後付けが混じる。また、その場で発した言葉だけが思いのすべてでもない。真実は複数の、多面的な事実の奥にある。 法廷には罪を決する目的があり判事に決定権が集中するが、法廷ではない、例えば報道の場でSNSで、事実の多面性が削ぎ落とされることは、真実から人々を遠ざける罠ではないのか。 監督/脚本のジュスティーヌ・トリエは、本作で意外な仕掛けをしている。雪深い山荘のロケーション、元教師で永遠の作家志望という父親の設定、さらに息子の名前まで、ホラー映画の傑作「シャイニング」が下敷きなのだ。かつて不全感に押しつぶされた父親は狂気に引きこもり、妻子を襲ったが、本作ではどうなるか。 同じ断片で構成しても、響く調べは変わる。劇中に使った音楽も、複数のバージョンが知られている有名曲を選び、複数の意味が読み取れる企みに気づかされて唸った。 法廷に、夫婦が諍う音声データが提出される。男女の声を頭の中で入れ替えてみるとその言い合いは、才能を発揮する場をあらかじめ奪われた妻が、夫の抑圧と無神経を告発する、という長年繰り返されてきた光景だ。行き着く先は耐えかねた妻が夫をぶすり、男女逆転の本作ではサンドラが殺される成り行きのはずだが、果たして。 サンドラもまた、抑圧に喘いできたことが告白される。カップルの内実は単純ではない。積み上げられた時間と局面が、何層もあるだろう。 事実をかき集めて、それでも見えない真実は自分で選び取るしかない。世界は不完全なのだ。ダニエルはそれを引き受け、子どもの時間が終わる。

「テルマ&ルイーズ」は32年を経て、4Kレストア版が公開に。監督は、まだ映画で女が殺されてばかりいた頃に、「エイリアン」で己の能力を駆使して生き残る女リプリーを誕生させたリドリー・スコットだ。 ウエイトレスと主婦、2人の気軽な旅が地獄の逃避行に転じていく。 男たちの侮辱が、彼女たちを突き落とした。かつて西部劇で男たちが勝ち名乗りを響かせたその地で描かれるのは、女は女に生まれただけで世界の部外者、アウトローである事実。 被害者で終わらない、殺されない。その勇姿に何度だって目を擦り、脳みそにいくはずの栄養が大胸筋に行っちゃった美人を最高の笑顔で演じる若きブラピに、今回も目を奪われる。

『落下の解剖学』

23年 仏 152分 監督:ジュスティーヌ・トリエ 出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール、アントワーヌ・レナルツ 2/23(金・祝)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開

©LESFILMSPELLEAS_LESFILMSDEPIERRE

『テルマ&ルイーズ 4K』

91年 米 129分 監督・製作:リドリー・スコット 出演:スーザン・サランドン、ジーナ・デイヴィス、ハーヴェイ・カイテル、マイケル・マドセン 2/16(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ館ほか全国順次公開

Thelma & Louise © 1991 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved.

文=町山広美

放送作家。「有吉ゼミ」「マツコの知らない世界」「MUSIC STATION」を担当。江東区森下で、新刊も古書も雑貨も扱う書店「BSE」を運営。

イラスト=小迎裕美子

※InRed2024年3月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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