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たった数秒の「水を飲むシーン」…『虎に翼』に隠された“巧妙な意図”

  • 2024.4.12
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恵まれた環境に生まれた者は、得てして、何かしら強いきっかけがない限り、その事実を自覚することがない。連続テレビ小説『虎に翼』の第二週目「女三人寄ればかしましい?」にて、寅子(伊藤沙莉)は明律大学の女子部法科に入学し、初の裁判を傍聴。夢が強固になるとともに、まだ彼女には見えていない“持つ者”と“持たざる者”の境界線もあらわになった。

寅子は恵まれすぎている?

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(C)NHK

母・はる(石田ゆり子)の説得に成功した寅子は、晴れて明律大学の女子部法科に入学。当時はさぞ珍しく映ったであろう、パンツスーツを着こなした同級生・よね(土居志央梨)や、華族の令嬢・桜川涼子(桜井ユキ)らと出会う。

何事にも天真爛漫でまっすぐな考え方をする寅子と、厳しく合理的な思考を好むよねとでは、最初からそりが合うはずもなく衝突する。まさに一匹狼のように、早くも女子部から浮いた存在になりつつある彼女を心配して追いかけた先で、寅子は人生初の裁判所に辿り着くことに。

夫から酷い暴力を受け、離婚を希望するも思うように進まず、せめて母の形見の着物だけでも取り返したいと願う女性の裁判を傍聴した寅子とよね。そんな流れから、裁判の判決を女子部の全員で見守ることに。裁判は無事、女性の念願を叶える形で、ひとまずの決着を見せた。

二週目「女三人寄ればかしましい?」だけを見ていても、寅子のまっすぐっぷりがよくわかる。当時の婚姻制度がいかに、女性にとっての“罠”であるかを実感した彼女は、弱い立場の人にとっての盾となり得るような弁護士に、と夢を強固にした。

しかし、彼女にはまだ、見えていない世界がある。

寅子が入学した明律大学のモデルは、現在の明治大学だ。当時の1930年代と今とでは事情が異なるが、2024年現在の明治大学法学部の年間学費は、諸々込みでおよそ130万円前後。4年間で500万円前後。大学院に進むことを検討すると、さらに上乗せされることになる。

女性に生まれただけで、現代では考えもつかないような立場に追いやられ、知らぬうちに真っ当な権利さえないものとされた時代。だからこそ、寅子たちのように「学びたいことを学べる環境」を求めることさえ、許されない層が厚かったと想像できる。

また、寅子の暮らす家を見てみても、書生である優三(仲野太賀)を下宿人として置いている時点で、平均よりも裕福な経済状況であることがわかる。法律を学ぶことができている時点で、寅子は恵まれているのだ。おそらくまだ、その事実に彼女は無自覚に見える。

裁判官が水を飲んだシーンに込められた意図

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(C)NHK

寅子たちが傍聴に行った裁判で、裁判席に座る前の裁判官が、控え室で水を飲むシーンがあった。本作に限らないことだが、映画やドラマにおけるセリフやシーンには、無駄なものがない。その一つひとつに、何らかの意図がある。

おそらく、この「裁判官が水を飲むシーン」には、人の生きる道を左右する立場にある者の恐怖と覚悟、そしてそれらを受け入れつつも、法に基づいて判決を下す人間の厳格さが示されている。

寅子が女子部法科に入学した当時、まだ法改正前で、女性は弁護士になれなかった。女性に生まれただけで、選べない職業が存在したのだ。

そんな時代の変革期において「女性の権利を保護する・しない」と直接的に判断を下すような行為は、たとえそれが裁判官の仕事であったとしても、心を強く持っておかねばならない瞬間だったのだろう。

本作を見ていると、どうしたって女性側の立場に立ち、寅子たちを無条件に応援したくなってしまう。しかし、男性にしかわからない苦しみやプレッシャーも存在したのかもしれない。たった数秒の「裁判官が水を飲むシーン」が視聴者に与えようとする示唆には、物の見方を柔軟にしてくれる効果がある。



ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_