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歌手を引退した“本当の理由”とは?『ブギウギ』ステージの涙は趣里本人の思いか

  • 2024.3.29

戦後の落ち込んだ空気を盛り上げた一人の歌手・福来スズ子(趣里)が引退した。連続テレビ小説『ブギウギ』は、一時代を担った彼女の成長と栄華、そして、彼女がいかに多くの人の心を掴んで離さなかったかを、克明に描写した物語だった。

羽鳥は人形使い、スズ子は人形

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(C)NHK

羽鳥(草彅剛)のつくる曲だけを、一途に歌い続けてきたスズ子。茨田りつ子(菊地凛子)も言っていた、とスズ子が告げた言葉は「先生にとって、歌い手は歌の一部」「先生とワテは、人形使いと人形みたいな関係」。スズ子は、羽鳥がつくる曲だけを歌っていたかった。

スズ子は歌手だ。もちろん、自分の歌を聴き、踊りを観てくれる聴衆のことを考えない瞬間はなかっただろう。それでも、彼女にとっての一番は師匠の羽鳥だった。『東京ブギウギ』を筆頭に、歌手としての自分を見出し、輝かせてくれた羽鳥を信頼しきっていた。生まれたての雛が、最初に視界に入れた鳥を親だと思い込むように。

羽鳥にとっての、一番の歌手でいられない。誰よりも、自分自身の力不足をじわじわと実感しつつあったスズ子。そんなことは断じてない、と思いつつも、羽鳥本人から見限られてしまう怖さを胸中に秘めながら、引退への決意を固めていたのかもしれない。

舞台に置いてきた一つのキス

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(C)NHK

断絶しかけた師弟関係が修復された。引退会見だけでは不十分だ! と、歌手・福来スズ子の最後のステージの場が用意される。

そこには、スズ子の人生を辿るような、これまでに出会っては別れてきた人々の顔が。たくさんの賛辞と花束を受け取ったスズ子は、まさに万感の思いを去来させながら最後の舞台へ。羽鳥の「1・2・3・4!」の掛け声とともに、名曲『東京ブギウギ』を歌う。

歌い出した瞬間に流れた一筋の涙。そして、彼女の歌手人生を支えてきた舞台そのものに、そっと置いてきた一つのキスが心に残る。スズ子自身が抱える、あふれる感謝の気持ち。そして、半年間『スズ子』を宿してきた趣里本人の、言葉にし得ない思いが凝縮されたシーンだった。

一人の女性が歌手として、娘として、妻として、そして母として生きる人生を見守ってきた。趣里が演じる福来スズ子からもらったものは大きい。夢を持つこと。一度や二度の失敗で諦めないこと。大切な人との別れがあっても、それを抱きしめながら生きる姿はいつまでも、どこまでも美しいのだという事実。

彼女は確かに生きていた。間違いなく、趣里の新たな代表作として名を連ねることになる『ブギウギ』のことを、私たちは折に触れ話すことになる。『ブギウギ』すごかったよね、スズ子のように生きたいね、と。



ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_