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「私って、イタい女!?」38歳独女。会社で出世してもワーカホリック認定され、孤独なワケ

  • 2024.2.21

東京の女性は、忙しい。

仕事、恋愛、家庭、子育て、友人関係…。

2023年を走り抜けたばかりなのに、また走り出す。

そんな「お疲れさま」な彼女たちにも、春が来る。

温かくポジティブな風に背中を押されて、彼女たちはようやく頬をゆるめるのだ――。

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律子(38) 私、時代遅れ…?


― ようやく終わった。

大手出版社のオフィスの一画。

律子は、ワーキングチェアの背もたれに小さな体を委ねながら、一息ついた。

時刻は23時。

― 今日はちょっと早めに上がれるわ。

文芸出版部の部長になって半年、律子は残業続きの日々を送っている。

年が明けてからは特に忙しい。

新たにティーン向け文芸誌を立ち上げることになり、立て込んでいた。人事に叱責されてしまうギリギリのラインを探りながら働いている。

「さ、帰ろう」

フロアにはもう、人がほとんどいない。

― 10年くらい前は、こんな時間でもにぎやかで、活気があって…。

リモートワークが浸透したこともあって、ここ数年、オフィスはいつもどこか寂しい。

― いろいろ変わったわ。正直、フリーアドレスもまだ慣れないし。

センチメンタルな気持ちで席を片付け、荷物を抱えて自分の専用ロッカーにしまう。

ひどい肩こりを感じながらオフィスを出ると、数軒先にあるコンビニエンスストアに立ち寄った。

来店チャイムが鳴ったとき、店内のどこかから聞いたことのある声がした。

「最近俺、部署異動したじゃん?結構やばいんだよ、部長が」

特徴的な高い声。最近部署に異動してきたばかりの、入社3年目の男の子だろうとピンとくる。

― やばい部長って、もしかして私のこと?

律子は、ピタリと足を止め、つい耳を傾けた。

律子は、棚の陰に身を潜めた。

「ワーカホリックって感じ。別に悪い人じゃないけど、しんどいんだよなあ」

声が大きいのは、酔っているからだろう。電話で話す彼の声だけが耳に刺さる。

「なんかさ、有休とりますって言いにくい雰囲気なんだよな。一昔前のサラリーマンってかんじでさ」

声はレジのほうへ向かっていった。

律子は気まずくて、日用品売り場の棚の前から身動きがとれなかった。

― 一昔前のサラリーマン…か。しんどい、か。

若手から揶揄されるような働き方をしている自覚は、律子にもあった。

時間を惜しまずにがむしゃらに働くなんて、今どき流行らないだろう。

勤続約15年。

律子は、目の前の仕事にひたむきに取り組んできた結果、いち早く出世した。

20代半ばで、同期が結婚したり、子どもを持ったりし始めても、律子の心は揺れなかった。

― だって私、仕事が死ぬほど楽しい。恋愛する時間が惜しい。

尊敬する上長から「期待してるよ」と言われたり、憧れの作家から「いい仕事しますね」と感心されたり。

仕事には、恋人と過ごす甘い時間よりも、何倍も心躍る瞬間があるのだ。

― そもそも、全力疾走せず手を抜くなんて、そんなの仕事じゃないわ。

「女性だから」と一人前扱いしてくれない人たちを、見返してやりたい気持ちもあったと自覚している。

過去の働き方にすがっている自分を「ダサい」と感じる日もある。

でも、簡単に変われない。

― 20代の頃は、がむしゃらに働いていると「結婚しないの?」とか「婚期を逃すぞ」なんてからかわれたものだけれど…。

年齢のせいなのか、時代のせいなのかわからないが、いつの間にか、そんなことは言われなくなった。

楽になったと思うと同時に、気づけば本音を話せる相手が社内にいないことを寂しく感じることもある。

― 私もしかして、昔自分が嫌っていた上司みたいになってる?会社にも時代にも適応できないのかな。

ただでさえ疲れていた律子の体に、限界を超えるくらいの疲労がのしかかっていた。

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そのとき、LINEが入った。一回り歳の離れた妹・梨乃からだった。

『梨乃:私、会社辞めて記者になることにした!』

あっけらかんとした、宣言のようなメール。律子は驚いて、コンビニエンスストアを出てすぐに電話をかける。

「ちょっと梨乃、何があったの?今の会社は?計画なしにやめるのはよくないよ」

「…そのくらいわかってるよ。ちゃんと計画的にやめるって」

妹にまで苦笑されてしまった。

律子は「しんどい」とまた言われたような気分になり、しゅんとする。

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週末、律子は梨乃と2人で神保町のカフェにいた。

梨乃から「記者になるプランについて相談に乗ってほしい」と頼まれたのだ。

新卒で入った印刷会社を辞め、記者を目指す――突拍子もない話に思えたが、梨乃は意外にもフワフワしてはいなかった。

「実は…お父さんが記者やってるのを見て、内心憧れてたんだ。踏み出すなら、今かなと思って」

梨乃の彼氏は、香港に行ってしまった。それを機に「彼に依存しすぎずにやりたいことをやる」と決めたのだそうだ。

姉として、背中を押す意外の選択肢はないと律子は思う。

一通り梨乃の話を聞き、アドバイスをしたあと、律子はポロッと聞いてみた。

「ねえ、梨乃。ワーカホリックな上司っている?そういう人に対して、古い人だなとか痛いなって思う?」

梨乃はすこし間があってから「古いって、お姉ちゃんが後輩に言われたんでしょ?」と微笑んだ。

律子はうつむいたまま、何も言えない。

「別に、“何を優先したいか”は自分で決めたらいいよ。お姉ちゃんにとって、大事なのは今の会社の仕事なんでしょ?」

たしかに、と律子は思う。律子は、人一倍プライドを持ってまっすぐにひた走ってきたのだ。

「でも」と梨乃は言った。

「忙しいせいで“本当に優先したいもの”が見えなくなってないといいよね」

「優先したいもの?」

律子は尋ねる。

「仕事に追われていると『本当にこのままでいいんだっけ』とか考えられずに、いつの間にか年を重ねちゃうでしょう?一度、立ち止まって考える時間をつくるのは、大事だと思う」

梨乃は「私がまさに、ここ数年、何も考えてなかったから」と言った。

「梨乃…。いつの間にか、そんなに成長したのね」

急激に大人びたようで、感心してしまう。

でも、得意げに笑ってミルクレープを口に入れる梨乃には、小学生の頃の面影が残っていた。

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神保町交差点で、梨乃と別れる。

「じゃあね」と言って去っていった彼女のキラキラした目。

これから新しい可能性を追い求めていく、勇敢な笑顔。

律子は、今までオフ状態になっていた脳の一部が、にわかに叩き起こされたような気分になった。

― 私も、考えたほうがいいのかも。

「がんばれ!」

愛しい背中に口パクで語りかけ、散歩をしようと東京駅方面に歩き出す。

律子の頭には「立ち止まって考えてみたら?」という梨乃の言葉が響いていた。

― 立ち止まってみる、かあ。

正直律子は、立ち止まったら負けだと思ってこの15年間、走り続けてきた。

そのおかげで、同期でもいち早く出世できた。中間管理職のプレッシャーに板挟みにされる日々も嫌いではない。なんだかんだで、自分らしく成功してきた自覚がある。

だからこそ、部下にも同じように頑張ってほしい。がむしゃらに頑張った先にしかない景色を見てほしい。そう思って、ひたすらに鼓舞してきた。

現状、部下はみんな全力で頑張ってくれていると感じる。

でも、一部の部下は「律子さんがいるからそうしている」状態なのだろうと律子は思う。

― だって部下たちは、さっきの梨乃みたいにキラキラした目をしていない気がする。

梨乃に、立ち止まることの大切さを教えられた。

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脇目も振らずに走っているだけでは、見落としてしまう本音がきっとあるのだろう。

「チームみんなで、一旦立ち止まってみるか」

そのとき律子はふと「春休み」をみんなに渡そうと思った。

春は節目の季節だ。

心機一転何かを始めたり、気持ちを入れ替えたりするのにちょうどいい。

「決めた。交代で3連休をとってもらおう。もちろん、私も休む」

連休なんて、ちょっと工夫したらとれる。

「走り続ければいいってものじゃないもんね」

皇居の緑が見えてきた。律子は今、久々に肩が軽い。


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