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アプリで出会った男に、その日のうちにホテルに誘われ…。拒否した26歳女子が自分を責めた理由

  • 2024.2.25

麻布には麻布台ヒルズ。銀座には、GINZA SIX。丸の内には、KITTE丸の内…。

東京を彩る様々な街は、それぞれその街を象徴する場所がある。

洗練されたビルや流行の店、心癒やされる憩いの場から生み出される、街の魅力。

これは、そんな街に集う大人の男女のストーリー。

▶前回:麻布台ヒルズで出会った男から、バレンタインのお誘い。なのに連絡が途絶え…

東京カレンダー
Vol.2 『繋がる空、春の風/KITTE丸の内』美香(26歳)


バレンタインデー翌日の夜。

美香が可憐の家からほろ酔いで帰宅したのは、深夜0時を回る頃だった。

近所に気の合う同僚がいるというのは、つくづくいいものだ。鼻歌混じりの上機嫌で、たった今手に入れたばかりの嬉しいプレゼントを机の上に置き、まじまじと見つめる。

「やっぱり可愛い。可憐ってこういうの見つけるの上手いな」

机に置いたのは、花びらをかたどったチョコレートだ。

椿の濃紅、薄紅、白そして黄色の花びらが繊細に折り重なっており、麻布台ヒルズの洋菓子店で手に入れることができるらしい。

可憐がお酒の肴として出してくれたものだが、余った分を「美香、よかったら持って帰って」と言われ、持ち帰ったのだった。

けれど、美しいチョコを前にして、美香はにわかに顔を曇らせる。

― このチョコレートは、本当は…。

可憐は本当は昨日…2月14日に、誰かにこのチョコレートを渡す予定だったらしい。

多くは語らなかったが、「もう彼に会うつもりはない」とだけ言っていた。

「結果、心から喜んでくれる人に渡せてよかった」と笑う可憐に、美香は顔をほころばせたが、その心中は複雑だった。

その理由は、可憐がどうやら失恋したから──ではない。

可憐の恋がうまくいっていない様子を聞いて、どこかほっとしている自分に気づいてしまったからだ。

― 可憐の気持ちを無下にした男のことは、憎い。でも…。

親友の幸せを願う気持ちは、もちろんある。

でも、まだ20代半ばなのだ。一緒に恋愛で悩み、恋バナではしゃぐくらいの状況が一番楽しい、と美香は思う。

― そろそろ将来設計が必要だって、わかってる。でも東京の街には、モラトリアムを楽しみたいと思わせる魅力がある…。

モヤモヤとした気持ちを払拭しようと上着を脱ぎ、ついでにポケットから出したスマホを開く。

着信履歴が残っていることに気づいた美香は、眉をひそめた。

残されていた留守番メッセージを聞いてみる。

『美香ちゃん、調子はどう?今年は年始に会えなかったけど、東京で楽しく過ごしたのかな。また、電話しますね』

残されていたメッセージは、神戸の実家にいる母からだった。

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― 調子はどう?って。つまり「いい人はいないの?」ってことね…。

相変わらずの母の心配性ぶりに、美香は思わず深いため息をついた。

自慢じゃないけれど恋愛事情は、全くと言っていいほど上手くいっていない。

甲南女子大学を卒業すると同時に上京して、4年。

就職した専門商社での仕事はやりがいがあり、可憐のような気の合う親友もできた。

週末には美味しいレストランに足を運び、ワクワクするような新しいスポットを巡り、充実した毎日を送っている。

学生の頃から憧れ続けた東京で、理想の20代の生活を送っているという自負が、美香にはあった。

しかし…。

― 恋愛だけは、どうしてもダメなのよね…。

大学卒業まで関西にいた美香にとって、東京での人脈は限られており、男性と出会うチャンスはそうあるものではない。

会社以外の交友関係を広げるため手っ取り早くマッチングアプリを始めてみたものの、思ったような成果はなかなか出せずにいるのだった。

男性とマッチングしないわけでは決してなく、食事やデートを楽しんだ経験もある。

けれど、そのうちの何人かからは…出会ったその日に、いきなり一夜を共にする誘いを受けることがあったのだ。

美香は早急な関係の進展は望んでいなかった。2、3度のデートを重ねて、互いの理解を深める。好意を抱いたもの同士が、恋人へと発展する。少なくとも神戸にいた頃、学生時代まではそうして恋愛をしてきた。

だけど、そうした堅い考えを前面に押し出すと、なぜだか男性たちは離れていく。

「美香ちゃんって、見た目に似合わず堅いっていうか…古臭いんだね」

「え?そう…ですか?」

メイクやファッションが好きな美香は、確かに、どこからどうみても大人しくて楚々とした淑女に見える…というタイプではない。

社交的な性格のせいか「ノリがいい」と言われることもあるため、もしかすると、男性からみると軽く見えるのかもしれない。

でも…。

「母親はもちろん父親とも仲良しで。東京にもよく遊びに来るの」

「白金のマンションは芦屋時代から面倒を見てくれている奥様がオーナーで…」

大好きな家族や自分の生い立ちについて話せば話すほど、男性の顔は飽き飽きしていく。

「なんか、ごめん。思ってた感じの子と違ったかも」

保守的な上に、芦屋育ち、白金在住、甲南女子大学卒という美香のスペックは、これまでアプリで出会ってきた男性たちにとっては、あまりウケのいいものではなかったのだ。

互いのことをよくよく知ってから、恋愛をしたい。そう願っているだけなのに、どうしても出会いに恵まれない。

それとも、王道だと思っていたこういったスローステップな恋愛は、いまの東京ではズレているのだろうか?

可憐への複雑な思いも相まって、自分の恋愛がうまくいっていないことが、改めて憂鬱な現実としてのしかかってくる。

― 春まで何も変わらなかったら、神戸に帰ろうかな。

季節ごとに異なる花や街路樹が風に揺れる、懐かしい神戸の街並み。丘から見える、陽光が水面に輝き優雅な船の行き交う海岸線…。

美香は地元を恋しく思いながら、何気なく手元のスマホで久しぶりにアプリを開く。

そして無意識のうちに、関西在住の男性たちのプロフィールばかりを眺め始めるのだった。



新たな出会いにも疲れ、バレンタインに浮いた話もなく、ひとりで2月の連休を迎えた美香。

せっかくの3連休、映画でも観に行こうかな…とスマホを手に取ったその時。

忘れかけていたマッチングアプリのアイコンに、DMが届いていることを示す赤い印が付いていることに気がついた。

アプリを開いてみると、DMをくれたのは健康的で爽やかな顔立ちの男性。

『はじめまして、麻人(あさと)と申します。美香さんは神戸出身なんですね。ちょうど先週訪れ、街並みがとても素敵でした。同い年なので、よかったら仲良くしてください』

麻人からのメッセージは、長々とした自己アピールや定型文ではなく、同年代らしい簡潔なものだった。

― いいかも…。あれ?この人、大阪に住んでるんだ。

なぜ東京に住む私とマッチしたのだろう?と思うが、自分自身も関西の男性のプロフィールを眺めていたのだから、不思議なことではないのかもしれない。

興味を持った美香は、さっそく彼に返信を送った。

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メッセージのやり取りをしていくうちにわかったのは、麻人が大手広告代理店の大阪支社で働いており、春に東京への異動を控えているということだった。

東京に住む美香とマッチングした理由が分かった美香は、一気に麻人への興味が湧いてくるのを感じる。けれど、今までの“黒歴史”のことを考えるとどうしても自身のことを事前に多く語る気にはなれず、まずは麻人に会ってみたいと強く思った。

そんな美香の気持ちを察してくれたのだろう。「会ってみたい」という美香の希望を、麻人はすぐに快諾してくれた。

トントンと話は進み、初めての顔合わせの日が決まる。

翌週の、木曜日。

麻人が新居探しに東京にくるというその日に、夜に夕食を共にすることになったのだ。

待ち合わせた場所は、東京駅からのアクセスも抜群なKITTE丸の内だ。

少し早めに1階のアトリウムに到着した美香は、開放感のある吹き抜けを見上げる。

すると、自分のいる空間が特徴的な三角形になっていることに気がついた。

うち二辺は、線の美しさを感じられるモダンな新築の壁。白く塗られた一辺は旧東京中央郵便局舎の骨組みの切断面だ。

古いものと現代のものが混じり合った心地よいノイズには、どこかしら神戸と共通する雰囲気が感じられる。

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うっとりとアトリウムの美しさに見惚れていると、背後から声をかけられる。

「美香さん。お待たせしました」

振り返ると、優しい笑顔の男性が立っていた。麻人だ。想像していたよりもずっと自然体で、穏やかな魅力に溢れている。

「はじめまして、美香です」

そう言いながらも美香は、会うのが初めてではないような不思議な感覚を抱いていた。

「行きましょうか」

さっそく麻人は、美香をディナーの店へとエスコートする。2人の歩くスピードは自然とテンポが揃っていて、美香はなんだかくすぐったいような気がした。



向かったのは『アルカナ東京』。遊び心あるシェフの手がける身体に優しいフレンチで、美味しいワインと共に新鮮な野菜をたっぷり食べられるという評判に、ふたりで楽しみにしていた。

広々として洗練された店内に入ると、開放的なテラスに面した席に案内される。

― 最近隠れ家バーみたいなところばかり行っていたから…広々としたレストラン、新鮮でいいな。

東京の中心・丸の内らしく、どこかビジネス感の残る品格のある客層に、美香は居心地のよさを感じた。

「美香さん、今日はわざわざ東京駅まで出てきてくれてありがとう」

「ううん。このあたりに来たの、久しぶりで…。新鮮でワクワクする」

美香は麻人が関西出身なのかと思っていたが、会話からは関西のイントネーションを感じない。

「麻人さん、もともとは東京にいたの?」

「そう。大学まではずっと東京で。…と言っても、たぶん美香さんがイメージするような東京ではなくて」

麻人の出身はたしかに東京ではあるものの、都心ではなく、自然の多い郊外らしい。

「小さい頃は渓谷が遊び場で。川で泳いだり、森を探検したり。実家の前の林にはムササビが住んでたよ」

「東京に、そんなに自然豊かなところがあるんだね」

「23区だけが東京じゃないよ。美香ちゃんの実家に帰るよりも、帰省に時間がかかるかも…」

「そうなの?」

美香が東京の港区に住み始めて4年経つが、東京にそんな多様性があることは全く知らなかった。

古いものと新しいもの。自然と都会。そのノイズとも言えるアンバランスさに、あらためて好奇心を掻き立てられる。

不思議な表情で固まっている美香を見て焦ったのか、麻人はフォローするかのように続けた。

「そんな地元でも、俺は好きだよ。空気が澄んでいて、星空がすごく綺麗で」

星空、と聞いてふと窓の外に目を向けると、KITTEから見上げる夜空も、藍色が濃くなり始めていた。

もちろん、東京のど真ん中だ。星は見えない。けどその代わりに、星空にも負けずとも劣らない丸の内の夜景が輝きを増している。

― 東京の男性は合わない、なんて、決め込んでいたけど…。

そこまで考えてから、美香はちらりと麻人の方を見やる。

次々と出てくる麻人の新鮮な価値観、純朴さに、すっかり心惹かれはじめていることを自覚するのだった。

食事を終えた頃には、時計の針は21時近くを指していた。麻人が乗る新幹線の出発時間が迫っている。

「もうこんな時間…。麻人さんが大阪に着く頃には、深夜になっちゃうね」

「移動中に休むから大丈夫だよ。…あのさ、お別れの前に、5分だけ時間をもらってもいい?」

「…?」

麻人に促されてレストラン脇の通路を抜けると、そこはJR東京駅丸の内駅舎を一望できる、屋上庭園になっていた。

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「わぁ…綺麗。こんなに近くに、東京駅舎を見下ろせる場所があったなんて」

KITTE丸の内がほどよい低層ビルであることで、屋上庭園からの景色は、視界いっぱいに赤レンガの豪壮華麗な洋式建築が広がっていた。

モダンな高層ビルの煌めきを従えた東京駅を見ていると、レトロな駅舎が醸し出すノスタルジックな雰囲気で、異人館や洋館の残る神戸の街並みへの懐かしさが込み上げてくる。

美香は、感嘆のため息をつきながら空を見上げた。

あいかわらず星は見えず、夜空は遠くまで薄明るい。だけどその明るい空が、ここ東京の中心からどこまでも繋がっていのだと感じる。

麻人が瞳にレンガ色の駅舎を映しながら呟く。

「この景色を見ると、東京に憧れる」

「うん。って…麻人さん東京出身でしょ」

麻人がきょとんとした顔でこちらを向くので、美香は思わず笑ってしまう。

「あ、そうか。そうなんだけど…。古いものを大事にしながら、未来に向けて変わり続けていく。東京の街のそういうところ、いいなって」

その瞬間──。美香は突然、腑に落ちたような気がした。

― そうか。私も、東京のそういうところが好きなんだ。

そして同時に、意外な事実にも気がつく。

古い価値観を大事にしながら、未来に向けて成長する。それは、美香がなりたい自分の姿、そのものだ。

「そっか。そうだね」

麻人に同意しながら、美香は密かに淡い期待を抱いた。

― 麻人さんなら、このままの私と一緒に、歩いていってくれるかな…?

しばらく夜景を眺めた後。新幹線出発の時間もいよいよ近づいたため、ふたりは先ほどまで眼下にあった丸の内駅舎ドームの下へやってきた。

「次回は、麻人さん憧れの街・東京への引っ越し祝いしようね」

「うん。また来月、東京で」

名残惜しい気持ちをぐっとこらえながら、互いに手を振る。麻人の背中が、改札の方へと吸い込まれていく。

麻人を見送って東京駅舎を出ると、柔らかな風が美香の頬を撫でた。

― …新しい、春の風だ。


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