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映画『ミッドサマー』不愉快なのに引き込まれる…。前代未聞の“明るいホラー”の魅力を徹底分析<あらすじ 解説 考察 評価>

  • 2024.5.19
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イラスト:naomi.k

映画「ミッドサマー」をあらすじ(ネタバレあり)、演出、脚本、配役、映像、音楽の視点で徹底解説! アリ・アスター監督の第二作目の評価、採点、レビュー。フローレンス・ピュー、ジャック・レイナー、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー、ヴィルヘルム・ブロングレン、ウィル・ポールター、ビョルン・アンドレセンら出演。この映画のストーリー、そしてそこに隠された真の意味とは?

映画『ミッドサマー』あらすじ

アメリカの大学で心理学を専攻しているダニー(フローレンス・ピュー)には辛い過去がある。精神障害を患っていた妹が両親を道連れに自殺したのだ。ダニーの彼氏・クリスチャン(ジャック・レイナー)は、ダニーの心の支えとなっていたが、近ごろは彼女の存在を重荷に感じている。

翌年の夏。ダニーはクリスチャンと共に参加したパーティーで、スウェーデン人留学生・ペレから興味深い話を聞く。ペレの故郷である「ボルガ村」では、90年ぶりに夏至祭りが行われるというのだ。ダニーとクリスチャンは、ペレと共にスウェーデンに渡り、お祭りへの参加を決めた。ボルガ村を訪れるのは、ダニー、クリスチャン、ペレに加え、クラスメイトのジョシュの4人である。

ボルガ村に着いた。豊かな森林と見晴らしのいい草原が広がり、神秘的なムードが漂っている。白い服に身を包んだ村民たちも極めて友好的であり、ダニーはすっかり村を気に入る。ペレの知り合いとも交流を深めていく中、その1人であるイングマルという青年からマジックマッシュルームを渡された。ダニーは麻薬効果で死んだ妹の幻覚を見る。お祭りを満喫するダニーだったが、カルト宗教の祭典であると知り、警戒を強めていく。

映画『ミッドサマー』【ネタバレあり】あらすじ

明くる日も4人はお祭りに参加する。しかし、この日はどこか村の様子がおかしい。そんな中、とある熟年カップルが崖から身を投げる。妻は即死し、男性は一命を取り留めるが、村民たちによって鈍器で頭を殴られ、殺されてしまう。ダニー一行は村民たちを批判するが、「これは伝統儀式だ。2人は死んで幸せだ」と言い返されてしまう。どうやらこの村では72歳になったら、崖から飛び降り自殺をしなければいけないらしい。
ダニーはすっかり怯え、村を出ようとするが、ペレの説得によって思いとどまる。

一方、クリスチャンはホルガ村の奇怪な習わしに興味を惹かれ、学術論文のテーマにしようと思い立つ。しかし、ジョシュもまたボルガ村をモチーフにした論文を準備しており、テーマが被った2人は険悪となる。ジョシュは長老に会いに行き、村の掟が記された書物を撮影しようとするが、断られる。書物は「ルビ・ライダー」と称され、近親相姦によって生まれた障がい者が書き継いできた。また、血筋を絶やすことがないように、村民は外部の者と交配し、子を残す習わしがあるらしい。

その夜、ダニーたちと同じ観光客の1人であるマークが、村の女性と共に暗がりに消えていく。ジョシュは聖域に忍び込み、「ルビ・ライダー」の撮影に成功する。しかしその直後、マークの顔の皮を被った者に頭を殴られ、昏倒する。

翌日。村では女性全員参加のダンス大会が開かれる。ダニーは見事に優勝。花の冠を被さられ、村中を行進する。その頃、クリスチャンは精力剤を飲み、全裸の女性に囲まれていた。ダニーはその様子を目撃し、ショックのあまり泣き叫ぶ。その後、クリスチャンは全裸で村をぶらついている途中に、ジョシュを始めとした観光客たちの遺体を発見。遺体はバラバラに解体され、オブジェに見立てられている。その光景を目の当たりにしたクリスチャンは失神する。

ダンス大会の優勝者であるダニーは村民から認められ、とある計画を知らされる。村民たちは合計9人の生贄を必要としており、目的を果たすためにはあと1人殺さなければいけない。ダニーは、残る1人を「クリスチャンにするか、抽選で選ばれた村民にするか」、選ぶように告げられる。ダニーはクリスチャンを選択した。

クリスチャンは目を覚ますと、熊の皮を着せられ、神殿の上に立たされている。神殿に火がつけられ、クリスチャンを含んだ生贄たちは泣き叫ぶ。ダニーははじめ恐怖に満ちた眼で見ていたが、徐々に表情が明るくなり、しまいには満面の笑顔を見せるのだった。

“闇の不在”が醸し出す恐怖~演出の魅力~

監督のアリ・アスター【getty images】

本作は、『ヘレディタリー/継承』で鮮烈なデビューを飾った新人・アリ・アスター監督による「サイコロジカルホラー」。主演はフローレンス・ピューで、全米公開時には、週末興行収入4位という華々しいスタートを切った。

本作最大の特徴。それは「ミッドサマー(夏至)」というタイトルが示す通り「明るいホラー」であることだろう。例えば、惨劇の舞台となるホルガ村には白夜の影響で夜が来ない。また、村人たちは真っ白な衣装に身を包み、村は花々で溢れている。この村には、身を隠せる「闇」がどこにも存在しないのである。

信仰に篤い村民にとって、この光は正義の光である。しかしその光は、一旦人間に牙を向くと内側まで鋭く入り込み、全てを白日のもとに晒し出す。そういったどこまでも暴力的な光が画面全体に横溢している。

また、随所に散りばめられた伏線も印象的である。例えば前半、ダニーの部屋に飾られているクマと少女がキスをする絵は、スウェーデン出身の画家ヨン・パウエルによる作品で、ダニーが北欧に向かうことと、のちに起こる惨劇を暗示している。

他にも、作中に登場する「愚か者の皮剥ぎ」という遊びがマークの末路を暗示するなど、さまざまなイメージが埋め込まれている。これらの寓意はまるで「タロット占い」のように、主人公たちの逃れられない運命を示唆するのである。

共同体の「恐ろしさ」と「救済」というコインの表裏を描いたシナリオの魅力

脚本も手掛けたアリ・アスター監督【getty images】

本作は、カルト信仰の恐ろしさを描いたホラー映画であると同時に、「家族」と「愛」の物語でもある。

主人公・ダニーは、精神を病んでおり、抗不安薬をなかなか手放せない。クリスチャンとの交際も倦怠期に陥っており、彼氏のクリスチャンは、いつ別れ話を切り出すか迷っている。

そんな折、彼女は、妹の無理心中で家族を失い、絶望の淵に立たされてしまう。

そんな彼女が、ホルガ村のダンスコンテストで優勝し、村の女王になる。家族を失い、愛に飢えた彼女の心の空白を、ホルガ村の人々を「擬似家族」とすることで埋めたのである。

印象的なのは、ダンス公演から女王になるまでの一連のシークエンスである。戴冠から写真撮影、そして神輿にのせられて担ぎ上げられるまでが、流れるように展開していく。不安定だった彼女の身体を村の人々が支え、彼女は村の人々に身を委ねるようになる。

極め付けは「性の儀式」だろう。クリスチャンはマヤに誘惑され、彼女とセックスする。その様子を垣間見たダニーは、ショックのあまり嘔吐してしまう。村の人々は、ダニーと号泣して彼女の感情に共鳴することで、連帯を一層強めるのである。

ホルガ村で行われている様々な儀式は、一見すると非近代的で野蛮なものに思える。しかし、家族を失ったダニーにとっては、ホルガ村の外部の方が絶望に満ちていた。

そうした意味で、本作は精神的な共同体の「恐ろしさ」と「救済」というコインの表裏を描いた作品なのである。

村人として登場するエキストラたちの演技に注目

主演のフローレンス・ピュー【getty images】

ミッドサマーの演技といえば、やはりなんといっても主役のダニーを演じたフローレンス・ピューの演技だろう。ダニーは、彼氏のクリスチャンに「重い」と思われたくないがために、家族を失ったトラウマを押し殺して生きている。

しかし、ひょんなことから過去の記憶がよみがえると、トイレに駆け込みむせび泣く。「トラウマ」という理性ではどうすることもできない対象に支配された女性の生理的な嫌悪を、ピューは全身で演じている。

とくに圧巻は、クリスチャンの「性の儀式」を目撃したダニーが、ホルガ村の女性に自らの感情を吐き出して女性と共に泣く場面である。ピューは、インスタグラムで本作のこぼれ話を披露し、この鬼気迫るシーンに何日もの時間をかけたことを記している。

また、村人として登場するエキストラたちの演技にも注目したい。特にダンスコンテストの前、お茶を配る女性の目線は、まさにカルト宗教の信者のそれであり、自分たちの行動を信じて疑わない芯の強さを感じる。

なお、本作には、『ベニスに死す』で一世を風靡した「世界一美しい少年」ビョルン・アンドレセンも、儀式で飛び降り自殺を図る老人・ダン役で出演。2021年に公開されたビョルンの人生を追ったドキュメンタリー『世界で一番美しい少年』では、本作の舞台裏にも密着している。こちらも併せてチェックしたい。

ゆったりとしたカメラワークがもたらすシュールな笑い

監督のアリ・アスター(左)と撮影監督のパヴェウ・ポゴジェルスキ【getty images】

本作には、観客の不安を掻き立てるような絶妙に気持ち悪いカメラワークが随所に挟まれている。

例えば、ダニーたち一行がホルガ村に到着するシーン。山道を行くダニーたちの車を追尾しているカメラが急に上下に180°回転し、天地が逆になる。常識が通用しない「異界」に到着したことを示す、この上ない映像表現である。

また、随所に散りばめられたダニーの主観的な世界観が反映された映像も印象的である。

例えばホルガ村に到着する直前、ダニーたちが草原で麻薬を吸引するシーン。「トリップ」した瞬間、ダニーの手を貫いて草が生え、森の木々が脈打つように揺動しはじめる。

こういった不安定なカメラワークが頂点に達するのは、ホルガ村の女王の座を争うダンスコンテストのシーンだろう。村の少女たちとくるくると一心不乱に踊り狂うダニーを捉えたカメラの動きは、観客のめまいを誘う、生理的に「来る」映像である。

しかし、ダニーがホルガ村の女王に即位し、生きる場所を見つけてからは状況が一点、安定したカメラワークが続く。印象的なのは、ダニーが立ったまま神輿で担ぎ上げられるシーン。立ったまま台座に乗る彼女はおぼつかない足取りだが、村民が神輿の土台をしっかりと支えることで安定する。ダニーがホルガ村に根を下ろすことを示した象徴的なカットである。

また、このゆったりとしたカメラワークゆえか、残酷なシーンでもところどころユーモアが感じられるのも本作の特徴である。例えばラスト、クリスチャンが処刑されるシーンでは、中身をくり抜かれたクマの着ぐるみを着せられるが、つぶらな瞳でたたずむ彼は、なんとも言えずシュールな笑いを醸し出している。「怖さと笑いは紙一重」痛感させられるシークエンスである。

不協和音が絶妙に気持ち悪い~音楽の魅力~

本作の音楽について語る前に、まず本作が「音楽的な映画」であることに触れなければならない。ここで言う「音楽的な映画」とは、ミュージカルのように音楽がたくさん登場するという意味ではなく、「本作自体が音楽」という意味である。

例えばダニーの苦しそうな泣き声や、過呼吸の息遣い(ダニー役のピューによれば、気管軟化症という病気の影響があるという)。そして、ダンスコンテスト出場者に配られるお茶をかき混ぜる音や、生肉にたかるハエの羽音。極め付けは、不協和音が絶妙に気持ち悪い村人たちの合唱ー。本作には、こういった「生理的にくる」効果音が散りばめられている。

そして、本作の劇伴音楽も、こういった効果音の延長線上で語られなければならない。

ちなみに劇伴音楽を担当したのは、イギリス出身のボビー・クルリック。ダークアンビエントを特徴とする音楽プロデューサーである。

右は音楽を担当したボビー・クーリック。左は監督のアリ・アスター【getty images】

ボビーは、本作の劇伴音楽で、低音のエコーや高音のコーラスを基調に使用。色彩豊かな映像とスリラーを組み合わせた独自の世界観を構築している。

また、ホルガ村の儀式の音楽は、合唱作曲家のジェシカ・ケニーが担当。実際の宗教音楽が土台となっているだけあり、ホルガ村の女性たちが交わす「呼吸によるコミュニケーション」とともに、作品にリアリティを付与している。

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