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「私、彼女じゃなかったの?」何度もお泊まりしていたのに、年下彼のズルい本音を知った女は…

  • 2024.2.13

麻布には麻布台ヒルズ。銀座には、GINZA SIX。六本木には、東京ミッドタウン…。

東京を彩る様々な街は、それぞれその街を象徴する場所がある。

洗練されたビルや流行の店、心癒やされる憩いの場から生み出される、街の魅力。

これは、そんな街に集う大人の男女のストーリー。

東京カレンダー
Vol.1 『春への希望/麻布台ヒルズ』可憐(26歳)


「わぁ…カメリアの花びらみたい」

11月某日、麻布台ヒルズのあるレストランで開かれたレセプションパーティー。

一眼レフの小さな液晶モニターに映る華やかな画に、可憐は思わず引き込まれた。

花のように美しく見えたそれは、この日のために用意された、苺やトマトを使った前菜だ。

感嘆の声を漏らしながら、目の前に置かれた料理と写真を何度も見比べる。

液晶を見せてくれている涼の照れくさそうな微笑みを前にして、可憐は不思議な感動を覚えていた。

― 彼の瞳には、世界がこんなふうに映っているんだ…。



可憐が知人に招待されて出席したこのパーティーに、主催者側のカメラマンとして参加していたのが涼だった。

「今夜はおひとりで来たんですか?」

「いえ、友人と一緒に来たんですけど…。オーナーに挨拶したあと昔話で盛り上がっていたので、私は先に席に着くことにしました。ウエイターの方に、料理の紹介を聞くのも楽しみで」

ひとりでテーブルに着いている可憐を気にかけてくれたのだろう。人懐っこく声をかけてくれた涼は、撮ったばかりの写真を気さくに見せてくれる。そのなかでも最も印象的だったのが、花のような前菜の写真だった。

グルメが趣味とはいえ業界人でもなく、虎ノ門の専門商社で貿易事務をしているいち会社員の可憐にとって、涼の気遣いは嬉しかった。

東京都心のグルメ界隈のコミュニティーは、笑ってしまうほど狭い。

話題の店は紹介なしに予約を取ることが難しく、高価格帯であることも多い。それでも行ってみたい、美味しいものを食べたいという意思表示をしていると、紹介が紹介を呼び、美食家同士はいつのまにかつながっていく。

そんな経緯で可憐も、グルメ仲間の一人からレセプションパーティーに招待してもらっていたのだが、いくつかの日本初上陸レストランがオープンするとあり、美食家たちの注目を特に集めていた麻布台ヒルズだ。

いざ来てみると、場の雰囲気は特別華やかで、少し気後れしていたところだった。

「あーあ。僕は今夜は撮る専門だから残念。美味しいお料理、楽しんで」

「お写真を見せてくださり、ありがとうございました。今日のお写真の公開、楽しみにしていますね」

「ありがとう!よかったら…」

別れ際の連絡先交換は、新たな出会いを歓迎するパーティーの場では、ありふれた行為だ。

特別なことではないとわかっていながらも、可憐は胸を躍らせる。

― また、会えたらいいな。

可憐の願いは、パーティーから1週間も経たないうちにかなった。

後日のやりとりで、涼の拠点とするスタジオが南青山にあることがわかった。

広尾にある可憐の自宅からは徒歩圏内。「ご近所同士、美味しいものを食べよう」という話になるのは、ごく自然な流れだった。

待ち合わせは、気取らないイタリアン『アントニオ南青山本店』。ビールで乾杯を済ませると、会話に花が咲きはじめる。

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「先日はパーティーでのお仕事、おつかれさまでした」

「ありがとう。可憐さん、敬語じゃなくていいですよ。僕の方が若輩者だと思うので…」

話を聞くと、涼はまだ23歳。16歳で高校留学のため米国に渡り、アート・サイエンスの大学で写真を専攻。春から東京でカメラマンとして仕事をしながら技術を磨いているということだった。

「16歳で渡米なんて行動力がすごいね。落ち着いているから、年上かと思っちゃった。それじゃ、お互いに敬語なしにしよう」

ランチをしながら簡単に互いの話をしたあと、午後に撮影があるという涼を可憐は見送った。



東京に拠点を移したばかりの涼は、仕事仲間以外に話し相手がいないらしく、ちょこちょこと可憐に連絡をしてきた。

「元気?」「ご飯は食べた?」という小さな連絡。

可憐は、涼が自分を気にかけてくれていると感じ嬉しくなる。

「ちょうど夕飯の準備してた。よかったら、仕事帰りに食べていく?」

いつの日かそんな返事をしてから、涼はよく可憐の家を訪れるようになった。

料理をすることが趣味の可憐と、東京に友人の少ない涼。ふたりが時折食卓を共にするのは、気がつけば日常のひとつになっていた。

「付き合おう」という言葉は、どちらの口からも出たことはなかった。

ただ可憐は、涼との時間にひたすら居心地のよさを感じていた。

昼も夜もたわいなく連絡をくれて、美味しそうに手料理を食べ、無邪気に撮影や仕事のエピソードを話し、時にはベッドを共にする。

すやすやと自分の隣で眠る涼の寝顔を見ながら、可憐は微笑む。

才能を発揮し懸命に仕事をしている涼の、心のよりどころになっている。そんな実感によって、可憐の自尊心は限りなく満たされていった。

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数日経ったある日、涼がお酒を飲む前に言った。

「可憐さん、ひとつだけ言っておきたくて」

「どうしたの?」

「…僕、誰かとお付き合いするつもりはないんだ。今はカメラの腕を磨くのに大事な時期で、仕事も断りたくない。チャンスがあれば世界中どこでも行きたい」

「…」

「パートナーがいることで制限ができたり、相手を振り回したりしたくないんだ」

涼からの突然の忠告に、足をすくわれた気がした。

― 「心のよりどころ」なんて思ってたのは、私だけだったんだ。

26歳で、これまでいくつかの恋愛を経験してきた可憐には、わかっていた。このタイミングで自分の好意を伝えたり、無理な説得で涼の考えを変えようとしたりするのは、何の意味もなさない。

明確に、距離を置かれたのだ。

ショックを受けたことを、必死で隠す。絞り出したのは、綺麗さを取り繕っただけの、心にもない言葉だった。

「うん…理解できるよ。応援する」

「可憐さん、ありがとう」

ふたりは乾杯し、いつものように笑顔で料理を食べ始めた。



12月下旬に差し掛かるころ。涼からの連絡の頻度が落ちていることに可憐は気がついた。

涼いわく、この時期は多くのアパレルブランドが来季コレクションの仕込みに入る繁忙期だという。

可憐は少し寂しい気もしたが、その気持ちには蓋をした。

― 付き合ってるわけじゃないんだから。私は私で、楽しく過ごさないと…。

そう気持ちを律しつつも、涼からの「落ち着いたら連絡する」というメッセージを見返しては、ホッとする自分に気づく。

気晴らしに東京を離れようと、数年ぶりに広島へ帰省した可憐は、牡蠣に穴子にハマチと冬の広島グルメを姉夫婦と共に大いに楽しみ、晴れやかな心で年始を迎えたのだった。



涼とようやくゆっくり一緒に過ごすことができたのは、年が明け日常が戻ってきた頃。表参道のカフェで、可憐も涼もオーストリア流ホットコーヒーを注文した。

「涼くん、仕事は落ち着いた?」

「やっと一段落。また来週から、バレンタインデーに向けて忙しくなるよ」

「あっという間にそんな季節ね」

「僕、日本のバレンタインデーに縁がなくて。日本の事情を知ると、なんだかドキドキする季節だね。ニューヨークでは、親しい人に感謝を伝え合う日だったから」

「日本のバレンタインって、独自に発展したみたいね」

「男としては、女性に愛を伝えてもらえてチョコレートまでもらえるなんて憧れるけどね。可憐さんは、今年はどうするの?」

― どうするって…?

突然の質問にすぐに答えることができず、可憐は言葉を濁した。

「まだ…考えてない」

「そっか。じゃあ、日頃の美味しい料理のお礼として、食事でも行こうか。お店探してみるね」

「ありがとう。ニューヨーク式だね、嬉しいな。楽しみにしてる」

― 涼くんが慣れない東京で、お店探しをしてくれるなんて。どんなお店を選んでくれるんだろう…。

これまでは家での食事か、カフェなどでの軽食ばかりだったので、久しぶりのレストランデートにどうしても期待が高まる。

― とはいえ、食事をご馳走になるだけってわけにはいかないよね。

ニューヨークでのバレンタインデーは「感謝を伝え合う日」だと涼は言っていた。

一方で、「日本のバレンタインデーの習慣を知ってドキドキする」とも。

その気持ちに応えるような行動をしたい。

― 少なくとも、チョコレートは贈ろう。



2月の連休を前に、仕事帰りの可憐が向かったのは、またしても麻布台ヒルズだ。

パーティーの日以来、麻布台ヒルズへは度々足を運んでいる。

独特な高低差のある敷地内を散策していると、新しいお店や季節を感じさせる展示が次々と現れ、心が高揚するのだ。

― ここでならきっと、ドキドキワクワクする気持ちにピッタリな贈り物を見つけられる。

可憐は、事前に調べて目をつけていた洋菓子店に入り、バレンタイン向けの新作チョコレートを手に取る。

赤いカメリアをイメージしたチョコレートは、淡い5色の花びらが折り重なっており、まるで本物の花のように美しい。

― 麻布台ヒルズのレセプションの夜に見た、涼くんの写真みたい。

色彩や繊細さを大切にする仕事をしている涼なら、気に入ってくれるだろう。

可憐は、迷いなく購入したその花のようなチョコレートを手に、これを涼に差し出したら…と想像しながら、甘やかな幸福に浸った。

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しかし連休が明け、バレンタイン前日になっても涼からの連絡はなかった。

『おつかれさま。仕事忙しい?』

涼へ1、2通のLINEを入れたが、反応はない。

ご馳走になる手前、催促するのも…などと考えているうちに、バレンタインデー当日を迎えてしまった。

夜になっても連絡はない。

もう今晩涼に会うことはないとわかっていながらも、可憐は落ち着かない夜を過ごした。

鬱々とした気持ちに囚われたこの時間が、とても無駄に感じる。

― 何も言われなければ、この時間を別のことに使えたのに…。

時計が0時を回るのを見届けて、可憐は眠りについた。



翌日いつものように出社した可憐は、昼休みに涼からのLINEの通知を目にした。

『可憐さん、元気?今、撮影でニューヨークにいます。絶賛時差ボケ中』

― え…?

バレンタインデーの約束など、初めからなかったかのような言動。

可憐はメッセージを開く気を失くし、未読のまま仕事へと戻った。

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残業を終えた、20時過ぎ。日比谷線に揺られていると、スマホに社内チャットが飛んでくる。

『可憐!仕事終わった?』

同僚の美香からのチャット。この時間に連絡が来る理由はひとつだ。

『終わった!ごはんまだ。どこか食べに行く?それとも、うちに来る?』

『可憐の家行く!飲み物買って行くね。30分後に』

仕事の話かもしれないし、プライベートの話かもしれない。

私たちが夜に連絡を取り合うときは、サッと集まって飲みたいとき。気が置けない友人としゃべって、一緒に夜を過ごしたいのだ。

今夜は可憐も、ひとりで居たくなかった。

― 仲がいい友人って、不思議とタイミングが合うのよね。

帰宅した可憐が前菜を用意していると、すぐに美香がやって来る。

「こんばんは!今日はロゼシャンパンにしたよ」

「わぁ、ロゼなんて久しぶり。あ、そうだ!いいものが…」

可憐が美香に差し出したのは、あのチョコレートだ。

本当は、涼のために──涼の喜ぶ顔が見たくて、準備した。

けれど、これはモヤモヤした気持ちで誰かにプレゼントするようなチョコレートではない。

― 私はこの美しいチョコレートを、心から喜んでくれる相手と、美味しく味わいたい。

そう感じた可憐は、自分を奮い立たせてチョコレートを差し出したのだ。

「これ、先週買ったの。ロゼなら合いそうだし、一緒に食べよ!開けてみて」

「いいの?開けちゃうよ。…わぁ、本物の花びらみたい!綺麗だね。食べちゃうの、もったいないな」

「ね!そうなの。でも美味しいうちに、一緒に食べよう」

美香のもってきたシャンパンと共に、可憐はひとつひとつの花びらに込められた果実の風味と味わいを楽しんだ。

親しい人と食事を共にし、美味しいお酒と前菜で話が弾む。

楽しい時間が、チョコレートでより鮮やかに彩られていく。

― 美味しいものって、幸せを運んでくれるなぁ。

こうやって自分で自分の機嫌をとることができるんだ。と、前向きな気持ちになる。

料理の仕上げをするためにキッチンに向かった可憐は、スマホを手に取った。

未読のままにしていた涼のLINE。あれから何の動きもない。

― 私は、私の時間を大切にしてくれる人と、彩ってくれるものを大事にしよう。

可憐はLINEを未読のまま削除し、美香と楽しむためのメイン料理の盛り付けに取り掛かった。


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