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『スプーンフェイス・スタインバーグ』演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんの一押しステージ情報!

  • 2024.2.11
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演劇ジャーナリスト・伊達なつめさんのおすすめ作品をご紹介。今回は、KAAT神奈川芸術劇場プロデュース『スプーンフェイス・スタインバーグ』をピックアップ。


生きることと死ぬことに静かに思いを巡らせる

死とは何か。そして自分は、どのように死を迎えるのか――。
必ずしも年齢や心身の衰えとは関係なく、誰もが一度や二度は考えてみることだと思う。でも、スプーンみたいに、あるいはスプーンに顔を映してみた時のようにまん丸い顔をしているので「スプーンフェイス」と名づけられた自閉症の少女は、齢7歳にして、この命題と徹底的に向き合い考え抜くのだから、ちょっと並はずれている。
スプーンフェイスは、生まれた時からいろいろな面で、一度もふつうだったことがない、と自覚している。ボーイズ・グループのアイドルが好きな同世代の子と違って、病院のバーンスタイン先生からもらったテープを聴いたことがきっかけでオペラの虜となっていることも、そのひとつと言っていいかもしれない。稀代の歌姫マリア・カラスが演じ歌う悲劇のヒロインの凄絶なアリアに、悲しさと同時に死の美しさを感じ取り幸福に満たされるような、鋭く豊かな感性の持ち主なのだ。
そんな彼女に、がんは容赦なく襲いかかる。抗がん剤治療も効果なく弱ってゆくスプーンフェイスが、そのつらさや運命の理不尽さに耐えかねていると、バーンスタイン先生は、彼女に信仰について書かれた本をプレゼントする。神様のことや祈ることについて学び、生きることと死ぬことに対する考察を深めて、その深淵に近づいてゆくスプーンフェイス。傍らには、常にオペラの美しく悲しいヒロインの歌声が寄り添っている。
もとは映画と舞台ミュージカル双方の『ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~』の脚本を手がけた英国のリー・ホールが書いたラジオドラマ(1997)で、反響の大きさからテレビドラマになり、ひとり芝居として舞台化され、以後世界中で上演されているそうだ。ギフテッドの少女の視線で語られる、単刀直入で解きほぐされた言葉による死生観のリアリティは半端なく、思わず「私にもこんな境地が訪れるのか」と、自分が死に直面した際のシミュレーションをしているような気がしてくるほど。舞台芸術であるオペラのアリアが、女神か菩薩のように彼女を支える存在であることにも、いたく救われる。
胸を締めつけられるような内容だけど湿っぽさはなく、冷静な明るさと知性と愛嬌が欠かせないスプーンフェイス役は、ともに圧倒的な個性で観る者を釘づけにする片桐はいりと安藤玉恵のダブルキャスト。ビビッドな演出に定評ある小山ゆうなが、それぞれのキャラクターを活かした、まるで異なるスプーンフェイス像を見せてくれるだろう。

©Tadayuki Minamoto

作=リー・ホール 翻訳=常田景子 演出=小山ゆうな
出演=片桐はいり、安藤玉恵(Wキャスト)
2月16日(金)~3月3日(日) KAAT神奈川芸術劇場〈大スタジオ〉
(問)チケットかながわ TEL:0570-015-415

文=伊達なつめ

※InRed2024年3月号より。情報は雑誌掲載時のものになります。
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