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ささやかな幸せを感じさせてくれる、 いま注目したい3本の映画。

  • 2024.2.10
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晴れやかな意志に目覚める、引っ込み思案で無口な少女。

『コット、はじまりの夏』

9歳のコットは夏草の茂みやベッドの下に籠もることで安心を得るアイルランドの女の子。がさつな夫と不和のママの鬱屈は、子沢山な家庭内競争から落ちこぼれがちなコットが捌け口だ。1981年の夏休み。新たな出産を機に隣村の親戚へ厄介払いされたこののろまな少女が、一粒種を亡くした夫婦の情愛を一身に受ける。心地いい入浴、秘伝の美容、料理の手習い、牛舎の手伝い。お下がりの服でのおめかし、庭で汲む井戸水のおいしさ。変人扱いされておどおど生きてきたコットの感じやすさに、初物尽くしの体験は晴朗な意志をもたらす。ダブリン出身の新鋭がその変化を徐行のテンポでくっきりと描く。コット役のキャサリン・クリンチに自発する、生の躍動と共鳴するように。

『コット、はじまりの夏』監督・脚本/コルム・バレード2022年、アイルランド映画95分配給/フラッグ1月26日より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて順次公開www.flag-pictures.co.jp/caitmovie

星降る夜から夜明けへと、人の苦楽と宇宙が呼応する。

『夜明けのすべて』

トラブルメーカーの藤沢さんと山添くんが、下町の小さな企業の先輩・後輩に。かたやPMS(月経前症候群)、かたやパニック障害と、同じ制御不能でも暴発か発作か、症状のあり方が違うのを逆手に取り、人知れぬ窮地を和らげて相補う仲を築いてゆく。光石研の滋味あふれる社長を筆頭に、お節介にならない同僚らの見守り方もいい。人情話に粘りつかない、瀬尾まいこの小説に基づく風通しのいい職場関係を丹念に編みながら、三宅監督の辣腕は、原作の栗田金属を栗田科学に改変。社長の亡き弟が遺した移動プラネタリウムの未完企画を山添くんが継ぎ、上白石萌音演じる藤沢さん=語り部の声が、星夜の探索を凛とした早春の夜明けに繋ぐ。束の間のコラボ仕事は儚くも気高い。

『夜明けのすべて』監督・共同脚本/三宅唱2024年、日本映画119分配給/バンダイナムコフィルムワークス=アスミック・エース2月9日より、TOHOシネマズ 渋谷ほか全国にて順次公開https://yoakenosubete-movie.asmik-ace.co.jp

五感を開くだけで感じ得る、些細な営みの豊かな潤い。

『Here』

主人公は建築作業員の好青年シュフテン。もしくは、最初のヨーロッパ鉄道の始発駅となり、移民都市の先駆けともなったブリュッセルこそが主人公というべきかも。夏季休暇にかこつけて復路のあてないルーマニアへの帰郷を密かに決めた出発前、シュフテンは冷蔵庫の野菜を使い切るために鍋で煮込み、自慢のスープにして隣人や僚友に配り回る。その猶予の時間を端正に、なおかつ闊達自在にスケッチ。市街から森林公園まで、歳月といまを宿す情景ショットが律動し、五感に訴えかける。愛惜の風合いを湛えて。東洋系の苔の研究家シュシュとの出会いが樹影をしめやかに色めかせ、ここ(Here)での遊歩を無上のひとときに染め上げる。ベルギーの知られざる俊英が放つ逸品。

『Here』監督・脚本/バス・ドゥヴォス2023年、ベルギー映画83分配給/サニーフィルム2月2日より、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国にて順次公開 www.sunny-film.com/basdevos

*「フィガロジャポン」2024年3月号より抜粋

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