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遊びたい盛り、中学受験に時間とお金を投入する価値はどれほどか…経済学が明かす「中学受験の効果」

  • 2024.2.3

東京では中学受験の本番を迎えている。中学受験をするということは、遊びたい盛りに勉強に時間を割き、多額の費用をかけることを意味する。私立中学には、それに見合った教育効果があるのか。『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)が話題の拓殖大学教授、佐藤一磨さんは「中学受験を通じて優秀な子どもたちが私立校に集まっているだけであり、その教育効果が過大に見積もられていることも考えうる。私立中高一貫校に入学することで、本当に学力が向上し、より上位の大学に進学できるのか、という点を検証した研究を紹介したい」という――。

勉強をする子どもの手元
※写真はイメージです
増加する中学受験者数

近年、首都圏を中心に私立中学校を受験する子どもの数が増えています。首都圏模試センターの調査によれば、2015年以降、中学受験をする子どもは増え続けており、2023年の春には約5万2600人が中学受験しました(*1)。

このように中学受験者数が増加する背景には、いくつかの理由が考えられます。

その一つが私立校の充実した教育内容です。

私立校では公立校よりも自由な教育カリキュラムを組むことができ、各学校が特色のある独自の教育プログラムを用意しています。ICT教育に力を入れる学校や、国際教育に力を入れる学校も増え、海外の大学進学を視野に入れるところも出てきました。これらの教育内容に惹かれ、中学受験するケースが増えています。

コロナ禍を経て受験熱はさらに高まった

また、私立校の教育内容に注目が集まるようになった背景には、コロナの影響もあります。私立校ではコロナ禍の際にいち早くオンライン授業を開始し、なかなか導入の進まない公立校との差を明確にしました。このような公立校と私立校の教育環境の差が中学受験の人気に拍車をかけていると考えられます。

中学受験が増加する二つ目の理由は、日本経済に対する長期的な不安です。

日本はバブル崩壊後の約30年にわたって低経済成長に直面しました。そして、今は少子高齢化といった構造的な課題に直面しており、今後の経済成長や社会保障制度の維持に不安が持たれています。この状況下において、「厳しい環境下でも生き抜ける力を養ってほしい」と願うのが親心です。この結果として、より良い教育への需要が高まり、中学受験する家庭が増えていると予想されます。

中学受験をするメリットは本当にあるのか

以上のような理由から中学受験が増えているわけですが、ここで1つの疑問が出てきます。それは、「わざわざコストをかけて中学受験するメリットが本当にあるのか」という点です。

確かに私立校の教育内容のほうが充実しているかもしれませんが、そもそも私立校に集まっている学生は、長い期間の受験勉強に耐え、普通の小学生には解けない難問に回答できる優秀な子どもたちです。このような優秀な子どもたちが私立校に集まっているだけであり、教育効果が過大に見積もられているという可能性があります。

要は私立中学校への進学が単に能力を選別する機能しかなく、能力の底上げに寄与していない可能性があるわけです。

この場合、小学生という感受性の高い時期に、多大な時間を勉強のみに割り当てる中学受験をすることに疑問が出てきます。はたして実際はどうなっているのでしょうか。

今回は中学受験のその後の大学進学への影響に関する論文を用いて、この点について考えていきたいと思います。

授業で先生から指導を受ける小学校
※写真はイメージです
私立中への進学は学力の向上につながるのか

中学受験の影響を検証した研究として、東京大学の近藤絢子教授の論文があります(*2)。この論文では、私立中高一貫校に入学することで、学力が向上し、より上位の大学に進学できるのか、という点を検証しています。

いわば、私立中学へ進学することの学力上昇効果を検証した研究です。

この検証を行う場合、やはり問題となるのは、「もともと頭の良い子どもが私立中高一貫校に進学しているだけなのではないか」という点です。私立中高一貫校に入学する子どもの学力は、通常の小学生よりも高いため、偏差値の高い大学へ進学する割合が高くなっている可能性が考えられます。近藤教授はこの影響をうまくコントロールした分析を行い、興味深い結果を明らかにしました。なお、分析対象となったのは神奈川と東京の私立中高一貫校に入学した子どもたちです。

私立中高一貫校の教育効果と大学入試の結果

近藤教授の分析によって、大学入試の結果は、入学後の学校の教育効果によって影響を受ける部分が相対的に大きい可能性があることがわかりました。もちろん、私立中高一貫校には優秀な子どもが多いわけですが、入学後の学校のインプットによって、より偏差値の高い大学に入学できる可能性が示唆されたのです。

このインプットの中には学校の教育内容に加えて周囲の生徒の質が含まれるでしょう。入試によってある水準以上の能力を持つ子どもが集まるため、子ども同士の交流からも刺激を受け、プラスの効果が期待できます。

これらの結果を考慮すると、少なくとも学力の面で見た場合、中学受験をする意味はあると言えるでしょう。

私立中高一貫校への進学機会は平等ではない

一方で、私立中高一貫校の教育の質は高く、大学進学にプラスの効果をもたらすという結果は、教育機会の平等という観点から、重要な意味を持ってきます。

私立中高一貫校の教育の質が高いということであれば、その教育を多くの子どもに受けるチャンスがあるほうが望ましいでしょう。しかし、実際はそうはいきません。

教室で授業を受ける学生
※写真はイメージです

私立中学を受験するには多大な金銭的・時間的なコストがかかるためです。

一般的に私立中学を受験するための塾は、小学3年生の終わりから4年生の始めにかけて始めることが多くなっています。毎月の通塾の費用に加えて、夏期講習や冬期講習でさらにお金がかかります。受験前ともなれば直前講習もあるため、金銭的なコストはさらに膨れ上がります。晴れて私立中高一貫校に入学できたとしても、毎月の学費は公立校よりはるかに高く、これが6年間続くわけです。

また、私立中学の受験には、親の時間的なコストも無視できません。子どもの送り迎えに加え、体調・メンタル面の管理も重要になってきます。共働き世帯が増加している現在では、仕事、家事、子どもの受験と考えることが多くあり、親の負担も大きいと言えるでしょう。

私立中学を受験するには、親の経済的・時間的な余裕が必要となるのです。このため、現実的には、私立中高一貫校に行けるのは一部の家庭に限られてくることになります。

一部の恵まれた家庭の子どもが私立中学校に進み、その教育効果で高偏差値の大学に進む。これが教育格差の拡大につながっている可能性があるのではないでしょうか。

もちろん競争を前提とする資本主義の社会では、親の経済状況等による格差が生まれるのはある程度仕方のないことです。ただ、この格差が親から子の世代に受け継がれて固定化され、生まれによる格差がその後の人生を決めるといった状況になっていないか注意が必要です。

公教育が抱える課題

これまで見てきたとおり、私立中高一貫校の教育の質は高い反面、誰しもがその教育にアクセスできるわけではない状況となっています。これは教育機会の平等という観点から見ると、大きな課題です。

佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)
佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)

この課題を解決するには、何が必要となるのでしょうか。

現状では私立中高一貫校が市場で生き残っていくために公立校よりも質の高い教育を提供し、それを経済力のある世帯が子どものことを考えて選択するという構図があります。これは、双方が合理的な選択を行った結果であり、妥当性があると言えるでしょう。

教育機会の平等という理想に近づくためには、公教育の充実が必要だと考えられます。

もし公立校が質の高い教育を提供できていれば、お金と時間をかけてわざわざ私立校に行かせる保護者は減るでしょう。また、経済的な理由から塾に行けない子も、公立校から偏差値の高い大学を目指せるようになります。

このような公教育の充実が教育機会の平等につながっていくでしょう。教育格差を拡大させないためにも、国や自治体による公教育充実への取り組みが求められます。

(*1)首都圏模試センターHPより
(*2)近藤絢子(2014)「私立中高一貫校の入学時学力と大学実績――サンデーショックを用いた分析」『日本経済研究』, 70(3), pp.60-81.

佐藤 一磨(さとう・かずま)
拓殖大学政経学部教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259–1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247–286 (2020)がある。

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