Text by 石井彰(編集部)
関東地域の北東部にある茨城県。Jリーグ創設から強豪の一つとして確固たる地位を築いている鹿島アントラーズ、そしてJ2の初期から参加し続けている水戸ホーリーホックの2チームが本拠地としているほか、筑波大学や流通経済大学など強豪の学校も存在している。
今回はその茨城県が産んだ「歴代最強の日本人選手5名」をピックアップした。
上田綺世
生年月日:1998年8月28日
出身地:茨城県水戸市
プレーしたクラブ:鹿島アントラーズ、セルクル・ブルッヘ、フェイエノールト
茨城県が産んだ最新の傑作といえば上田綺世にほかならない。水戸市の出身で、中学時代は鹿島アントラーズの下部組織にも在籍していたものの、その後鹿島学園高等学校と法政大学を経てJリーグ入りした。
鹿島では1年目からレギュラーとしてチームの中心的なストライカーに。その後ベルギーのセルクル・ブルッヘへと旅立ち、欧州1年目から得点王争いを繰り広げた。現在はフェイエノールトに所属。
中山雄太
生年月日:1997年2月16日
出身地:茨城県龍ケ崎市
プレーしたクラブ:柏レイソル、ズウォレ、ハダーズフィールド・タウン
流通経済大学があることで知られる龍ケ崎市で生まれた中山雄太。中学時代から柏レイソルの下部組織でプレーし、その後トップチームへと昇格した。若くしてレギュラーを掴み、2018年からはヨーロッパに進出している。
オランダ・エールディヴィジのPFCズウォレで3年半を過ごして着実に経験を積み、一昨年はイングランド2部のハダーズフィールド・タウンへと移籍。カタールW杯は不運な大ケガでフイにしてしまったが、その後見事に復活を遂げて日本代表の主力となっている。
町田浩樹
生年月日:1997年8月25日
出身地:茨城県つくば市
プレーしたクラブ:鹿島アントラーズ、ユニオン・サン=ジロワーズ
そしてこの2年で急成長を遂げた町田浩樹も茨城県出身の選手だ。鹿島アントラーズの下部組織で育ち、後にトップチームへ登録。怪我もあって苦しい時間も過ごしたが、後にレギュラーとしてJリーグで活躍を見せた。
それからベルギーのユニオン・サン=ジロワーズに期限付き移籍。こちらでも当初はなかなか出場できない時間が続いたものの、今季は首位を走る好調なクラブのなかで主力のセンターバックとしての立場を確固たるものにし、トッテナムなどからの関心も寄せられているとの報道も。
曽ヶ端準
生年月日:1979年8月2日
出身地:茨城県鹿嶋市
プレーしたクラブ:鹿島アントラーズ
現在鹿島アントラーズのユースでGKコーチを務めているレジェンド。下部組織からトップチームへと昇格し、それから23年間に渡って所属し続けたワン・クラブ・マンである。Jリーグ通算533試合、公式戦通算682試合に出場した。
日本代表でもフィリップ・トルシエ監督時代から招集を受け、川口能活と楢崎正剛に次ぐ三番手のゴールキーパーとして貴重な役割を果たした。オーバーエイジでアテネ五輪にも出場している。
鈴木隆行
生年月日:1976年6月5日
出身地:茨城県日立市
プレーしたクラブ:鹿島アントラーズ、ジェフ市原、川崎フロンターレ、ヘンク、ヒュースデン・ゾルダー、ツルヴェナ・ズヴェズダ、横浜F・マリノス、ポートランド・ティンバーズ、水戸ホーリーホックなど
キャリアで数多くのクラブを渡り歩いたストライカー。茨城県日立市の出身で、高校卒業後に鹿島アントラーズへと加入した。当初はジーコが経営するブラジルのクラブに留学したり、ジェフ市原や川崎フロンターレへと期限付き移籍するという立場だったが、後に鹿島でレギュラーを奪取することに成功。
日本代表では同じ鹿島のチームメイトであった柳沢敦とともにフィリップ・トルシエ監督政権下でメンバー入り。2002年のワールドカップではベルギー相手に貴重な同点弾を奪う活躍を見せ、大会後には名門ヘンクへと移籍することになった。