1. トップ
  2. 『哀れなるものたち』アカデミー賞ノミネートのプロダクション・デザイン担当にインタビュー、映画は時代やスタイルを切り貼りしたニューアート

『哀れなるものたち』アカデミー賞ノミネートのプロダクション・デザイン担当にインタビュー、映画は時代やスタイルを切り貼りしたニューアート

  • 2024.1.26

エマ・ストーン主演のヨルゴス・ランティモス監督作品『哀れなるものたち』で映画の独特な世界観を作り上げたショーナ・ヒースとジェームズ・プライスにインタビュー。(フロントロウ編集部)

ベラ・バクスターを表現するのは「エキサイティングであり恐怖だった」

ヨルゴス・ランティモス監督がアラスター・グレイの⼩説を基に描く映画『哀れなるものたち』では、成人女性であるベラ・バクスター(エマ・ストーン)が科学者ゴッドウィン・バクスター博⼠(ウィレム・デフォー)の手で生き返る。

そこから始まるのは、“知識や社会規範などがゼロの状態で社会に出る成人女性はどのように生きるのか?”という幻想的な進化の物語。理不尽を拒絶し、快楽に溺れ、不平等に苦悶するベラの内面的な変化を、視覚的に表現する役割を担ったのが、プロダクション・デザインを担当したショーナ・ヒースとジェームズ・プライス。

画像1: ベラ・バクスターを表現するのは「エキサイティングであり恐怖だった」

ベラが都市を移動するごとに新しい経験をして進化していく本作では、各都市でがらりと変わるプロダクション・デザインがベラの感情や経験を反映する重要な役割を果たしており、視覚的な物語を通じて観客に彼女の成長と変化を感じさせる。

ベラが生き返って新たな人生をスタートさせるロンドンのバクスター邸では、壁も床もクッション材で覆われ、生まれたての赤子のような状態のベラを守る。ベラが多くの楽しい初体験をするリスボンでは明るさが伝わるが、ベラが社会の理不尽さを始めて知るアレクサンドリアや、成熟して社会主義について学ぶパリでは景観は一変する。

画像2: ベラ・バクスターを表現するのは「エキサイティングであり恐怖だった」

2019年の映画『不都合な理想の夫婦』でランティモス監督と一緒に仕事をしてその創造性の豊かさを買われていたジェームズ・プライスと、著名な写真家ティム・ウォーカーとのコラボレーションがランティモス監督を圧倒したショーナ・ヒースは、「これまで見たことも聞いたこともないようなキャラクター」であるベラを中心に、時代設定もないストーリーのビジュアルを作り上げることは、「エキサイティングであり恐怖だった」とフロントロウ編集部に話す。

ショーナ・ヒースとジェームズ・プライスにインタビュー

『哀れなるものたち』は時代設定があるようでないですよね。19世紀の懐かしさを感じたかと思ったら、背景に近未来の描写が広がっている。この世界観はどのように達成しましたか?

ジェームズ・プライス(以下ジェームズ):私たちはカササギのように、あちこちから少しずつ別のものを集めて自分たちが作り出したい世界を作り上げたのです。ゴッドウィン・バクスター博士の作る動物たちと一緒ですね。彼は、動物たちを切り離して、別の動物同士を合体させて、新しい動物を作る。我々も、異なる時代や建物などを見て、それらを切り離し、合体させ、脚本に合った新しいものを作り上げたのです。

ショーナ・ヒース(以下ショーナ):このような切り貼りによって驚きとぎこちなさが生まれ、未来的でSF的な要素が生まれます。それが出来たのもすべて、映画に“ベラの視点から世界を見ている”という自由があるおかげです。彼女の視点は真新しく、子どもの視点なので、彼女は何でも想像することができる。空にトラムを走らせることができれば、魚や脳みそに乗ることができる。なぜなら彼女はまだすべてを知らず、夢を描いているから。そのような自由が最高の製作環境となりました。

リサーチはどこから始めたのでしょうか?

ショーナ:キャラクターごとに当てはまるジョン・シンガー・サージェント(※上流階級の人々を描いた優雅な人物画で有名なアメリカ人画家)の人物画を探し出し、最終的に、レファレンス・ボードにはひとりのキャラクターにひとつの人物画があてがわれました。結果的にそのキャラクターのルックはまったく異なるものになったとしても、ジョン・シンガー・サージェントが描いた、有機的でゆるやかな人物画は非常に参考になりました。また、建物のデザインでは解剖図が参考になりました。観て頂くと、異なる肌の色など、ボディカラーのレファレンスがあちこちに潜んでいます。

画像: ジョン・シンガー・サージェントの作品
ジョン・シンガー・サージェントの作品 "The Lady with the Umbrella"

ジェームズ: ジョン・シンガー・サージェントの作品は古い時代のものであるが、とても現代的で新鮮に感じられるということです。それが私たちを惹きつけました。また、ショーナが解剖図に触れましたが、19世紀の解剖図は、血がないことでとても美しくものとなり、まるで花のような、アート作品のようなものなのです。

ショーナ:そう、“血がない”は重要なポイントでしたね。手術で見る血のような強い赤は避けるようにしました。より乾いた、淡い色合いにすることにこだわったのです。

ジェームズ:アルベール・ロビダ(※未来をテーマにした作品を多く残したフランスのイラストレーター兼作家)の作品もたくさん参考にしました。19世紀後半に、20世紀初頭がどのような世界かを想像して描いた絵は、世界観の構築…とくにリスボンでは役立ちました。

ショーナ:最初にヨルゴス・ランティモスから、ヒエロニムス・ボス(※初期ネーデルラント派を代表する画家)やエゴン・シーレ(※表現主義の初期を代表するオーストリアの画家)らによる絵画を数点渡されたのです。それが何を意味するかは伝えられませんでしたが、彼のビジョンとリンクがある作品だった。だから、悩んだときは、オリジナルのビジョンに立ち戻るためにこれらの作品を見返すようにしていました。

画像: アルベール・ロビダの作品
アルベール・ロビダの作品 "The exit of the opera in the year 2000"

多様な時代やスタイルからインスピレーションを得るなかで、日本の絵画などがヒントになった…なんてことはありますか?

ジェームズ:私は日本文化が大好きでして、日本のシネマは最も知見が深いエリアではないかと言えるくらいです。あの美学、ミニマリズム…すべてを敬愛しています。日本のアートが私に与えた影響ははかり知れません。ですので、私がやることにはすべて日本文化の影響がどこかしらにあると言えるのです。

ショーナ:日本のアートは、ディテールにこだわっていながらミニマリズムがあり、絶妙なバランスがある。この映画でも、きれいなラインを保ちつつも、装飾的な要素を取り入れるようにしました。バクスター邸の中に風景画のようなものが描かれたキルティングの壁が登場するのですが、その製作の際は日本の絵がレファレンス・ボードにあったことを記憶しています。

ジェームズさん、背後に見えている棚に飾ってあるのは、葛飾北斎の絵でしょうか?

ジェームズ:そうです。友人にもらったものなんです。日本には2回行ったことがあるのですが、妻と一緒に新幹線に乗った際に、見知らぬ女性と会話になって、東京でやっていた北斎の展覧会について教えてくれて、自分は行けないからとチケットを2枚くれたんです。電車であんな経験をするなんて! 彼女との出会いがなければ行ってなかったあの展覧会は、今では世界中をまわっています。本当に素晴らしい経験でした。

画像: ヒエロニムス・ボスの作品
ヒエロニムス・ボスの作品 "The Garden of Earthly Delights"

おふたりはコラボレーションするのは初めてですよね。完成した作品からも、素晴らしいコラボレーションだったことは歴然ですが、この機会をリスクにせずにチャンスに変えるために重要だったことは何でしょうか?

ジェームズ:互いの見解が一致するところを見つけるために、好きな時代や、スタイル、建築物、アートなどをリサーチ段階で集め、そこから構想を練りました。
ショーナ:うまくいった最大の要因は、私たちが純粋にお互いのことを好きだからだと思います。

おふたりの間で頻出していた表現やマントラなどはあるのでしょうか?

ジェームズ:私としては、やりたいことよりやりたくないことを明確にする方が動きやすいと思っています。直観で動く場合もあるので、やりたい全体像を言葉で表現するのは難しいのですが、やりたくないことはわかりやすい。なので、私たちの間でひとつ、“こういう形には陥りたくないね”という共通の考えがあり、そこからは離れるようにつねに意識しました。

ショーナ:それが何かは言えないですね。『ハリー・ポッター』のヴォルデモート卿のように(笑)。

画像: エゴン・シーレの作品
エゴン・シーレの作品 "Liebesakt Lovemaking"

映画のセットで最も記憶に残っているフィードバックについて教えてください。

ジェームズ:マックス・マッキャンドレス役のラミー・ユセフがリスボンのシーンの撮影していた日に、アート・ディレクターのスーパーバイザーであるアダム・A・メイキンと私がセットに呼び出されたのです。こういう時は良い報せじゃない。心配してセットに行ったら、『こんなもの見たことがない』と、圧倒されたラミーに称賛されました。ほかにも、クルーのメンバーなど、フィードバックをくれなくても良いような立場の人たちが、『こんなの初めて見た』『素晴らしい』と言ってくれたのです。さまざまなセットを見てきた業界の玄人たちにそう言ってもらえるのは言葉にできない経験でした。

映画『哀れなるものたち』は2024年1月26日(金)に全国ロードショー。

元記事で読む
の記事をもっとみる