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香港を愛する名優アンソニー・ウォン、波乱万丈の人生と数多の出演作

  • 2024.1.26
香港を愛する名優アンソニー・ウォン、波乱万丈の人生と数多の出演作
『白日青春-生きてこそ-』 PETRA Films Pte Ltd (C) 2022

難民の少年とタクシー運転手の交流を描く『白日青春-生きてこそ-』に主演

【この俳優に注目】フランス人に、この世で最も重要なものは何かと尋ねると、愛と答える人が多い。以前はピンと来なかったが、今の社会に身を置きながら、その通りだと痛感している。愛が一番大切なもの。私にそう実感させるのはフランス人ではなく、香港の俳優、アンソニー・ウォンだ。

30年前は違う印象だった。1980年代から90年代半ばにかけての香港映画最盛期に、ウォンはジョン・ウー監督の『ハード・ボイルド 新・男たちの挽歌』(1992年)や主演作『八仙飯店之人肉饅頭』(1993年)など、悪役やクレイジーなキャラクターを演じることが多かった。

眼光鋭い強面は還暦を過ぎた今も変わらないが、当時から『ザ・ミッション 非情の掟』(1999年)などのジョニー・トー監督作や『インファナル・アフェア』シリーズ(2002年~2003年)などで飄々としたユーモアや優雅さを表現。歳を重ねるにつれて渋さと優しさが増し、深みのある魅力的な人物を演じている。

事故で半身不随となった男と住み込みで彼を世話するフィリピン人家政婦を描いた『淪落の人』(2018年)、難民の少年と孤独なタクシー運転手の交流を描く『白日青春-生きてこそ-』(1月26日公開)など近年の主演作はその最たるものだ。

両作とも小規模だが力強い作品で、多くの移民や難民が暮らす香港という地を描いている。ウォンが演じる主人公は孤独で偏屈だが、外国から来た年若い者と交流するうちに自棄な心の奥底に潜んでいた優しさを取り戻していく。社会的に立場の弱い彼らの窮状を目の当たりにして、自らも決して恵まれてはいない主人公が思わず行動する姿に“愛”を痛感せずにはいられない。

愛という言葉が表すものは様々だが、思い起こすのは「御大切」という日本のキリシタン用語だ。16世紀から17世紀にかけてポルトガルの宣教師が説いたカトリックの教義を日本語訳にする際、恋の要素を省いた無償の愛を表すのに選ばれた言葉だ。

ウォンが演じるキャラクターを通して、人を愛するということは相手を気にかけ、大切にすることなのだと思い知らされる。それには彼の半生が影響しているのではないだろうか。

「香港で最も駄作に出演した人物」を自称するもプロ意識の塊

ウォンは1961年、香港でイギリス人の父親と中国系の母親の間に生まれた。4歳で父親が単身帰国した後は家政婦として働く母と2人で苦しい生活を送った。職を転々とした後にTV局の養成所に入り、俳優の道を歩み始めた。

1980年代からTVと映画を中心に活躍し、香港のアカデミー賞である香港電影金像奨を5度受賞する実力、ハリウッド映画『ハムナプトラ3 呪われた皇帝の秘宝』(2008年)やオダギリジョーと共演の『プラスティック・シティ』(2008年)などで国際的なキャリアを誇る名優だが、生活のために出演作を選ばなかった過去を振り返り、2020年に台湾のビジネス週刊誌「商業周刊」のインタビューで「香港で最も駄作に出演した人物」と自称した。同時に「脚本が良くてキャラクターが正しくて、俳優の力が及ばない場合は死んで償うべきだが、脚本もキャラクターも悪い場合、俳優は一点たりとも手を抜いてはならない」と矜持を語った。さらに付け加えたのが、率直な彼らしい一言だ。「たとえ(作品が)糞みたいでも、その上に美しい花を咲かせなければならない」。そのスタンスとプロ意識は、イギリスの名優で出演作がやはり玉石混淆のマイケル・ケインと共通するものだ。

愛情深く、誰かのために闘う人物を演じるのは近年のことのように書いたが、実は昔からだ。1970年代から80年代の香港の社会運動を描いた『千言萬語』(1999年)では、不法移民の強制送還に反対してハンガーストライキを決行する実在のイタリア人神父を演じている。娯楽作でアクの強い役が多かったウォンを起用した理由について、アン・ホイ監督は「演技力が素晴らしい」こと、白人を親に持つ彼の容姿も役に適していたと話している。

ウォンは2018年、BBCの番組出演をきっかけに生き別れた父親の家族と巡り会った。父は既に亡くなっていたが、オーストラリア在住の双子の異母兄と香港で対面を果たしている。本人のSNS投稿からは、その後も親族と交流を深めているのがわかる。

『白日青春-生きてこそ-』の役に重なるウォン自身の物語

『白日青春-生きてこそ-』で演じたタクシー運転手のチャン・バクヤッ(陳白日)は訳あって実の息子と距離がある。彼が出会うパキスタンからの難民の少年ハッサン(香港名はモク・チンチョン/莫青春)は父を亡くしたばかり。父としてやり直したい男、父の愛を渇望する息子たちの物語は、実生活で3人の息子を持つウォン自身の父としての物語、幼くして父と別れた息子としての物語と重なって見える。もっとも彼自身は、善意から衝動的に行動するバクヤッにロマンティックに思い入れることなく、「乱暴で無知、自分勝手」「でも悪人じゃない」とメイキング映像中で冷静に分析している。

彼もまた、聖人君子ではない。だが、生まれ育った香港を愛し、自由を尊び、信念を貫く反骨の人だ。

香港反政府デモの支持を表明

ウォンは2014年に起きた香港反政府デモ「雨傘運動」の支持を公に表明した数少ない同地の映画人の1人である。これを受けて、中国・香港の映画への出演は激減したが、圧力に屈するどころか彼は2019年-2020年香港民主化デモへの支持も表明。その後に台湾に渡り、2021年に同地の就業ゴールドカードも取得した。だが、本人はあくまでも拠点は香港だと語り、実際に昨秋も香港で舞台「極地謎情」に主演したばかりだ。

香港に留まり続ける理由について、「人のいる場所に希望はある」と彼は昨年、香港の「South China Morning Post」紙で述べている。「生き続けることは人間の本能だとして、私たちはより良い未来を望むものだ」「こんな状況下でも、人間には希望がある」と語っている。

本作で台湾の第59回金馬奨最優秀主演男優賞を受賞

『白日青春-生きてこそ-』でウォンは台湾の第59回金馬奨最優秀主演男優賞を受賞したが、だからと言って中国語圏での新作が次々と決まっていく状況にはない。だが、そうなれば彼はさらに広い世界へ向かう。昨年クリスマス前にはフランスでオードレイ・ディヴァン監督の『EMMANUELLE(原題)』の撮影をしていた。そしてまた香港へと戻る。

『淪落の人』も『白日青春-生きてこそ-』も若い新進監督の作品だ。ウォンの知名度と卓越した演技、そして何事にも動じない強さは新進の映画人にとって何より心強いものだろう。ウォンも過ぎ去った栄華に縋ることなく、新しい可能性と向き合っている。香港映画の未来を担う才能たちと、リアルな香港の新しい物語をこれからも世に送り出してくれることを期待したい。(文:冨永由紀/映画ライター)

『白日青春-生きてこそ-』は2024年1月26日より全国順次公開。

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