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世界初?宇宙に連れて行かれた男の話。Vol.4:俺なんかが宇宙に行って、本当にいいのだろうか

  • 2024.1.20
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世界初?宇宙に連れて行かれた男の話。:Vol.1映画『僕が宇宙に行った理由』で結実した別の夢

いよいよ宇宙飛行に向けた訓練が始まった。前澤友作・平野陽三、そしてバックアップクルーの小木曽詢はモスクワ郊外のスターシティにある「ガガーリン宇宙飛行士訓練センター(GCTC)」で延べ半年間にわたって、寝食を共にしながら宇宙に旅立つ準備を行うことになった。

前澤さんが国際宇宙ステーション(ISS)行きを発表した2021年5月13日、すでに3人はロシアにいた。実は「GCTC」で訓練を行うためには特別なメディカルチェックをクリアせねばならなかったのだが、3人は3月に不合格となっていた。

メディカルチェックをする前澤友作
メディカルチェックの一例。体力測定や健康診断でもクリアしなければならない数値が多数。
訓練をする前澤友作
宇宙酔いに近い状態を作り出す「回転椅子」。
セントリフュージ
打ち上げと大気圏再突入時の重力負荷を再現する「セントリフュージ」。いかにも“宇宙飛行士っぽい”訓練が増えてきた。
訓練をする前澤友作
「セントリフュージ」の訓練中の様子を映したモニター。強烈なGに耐えなければならない。

そこで指摘されたポイントを改善したうえで再審査に臨み、合格したのが5月のこのタイミングであった。

「前澤さんは網膜の裏に水が溜まる症状を治療し、僕は親知らず4本と根元に炎症があった歯を全身麻酔で抜きました。虫歯一本あったら宇宙飛行士になれないって聞いてたけど、ホントでしたね(笑)」

かくして3人は2021年6月15日、「GCTC」に晴れて入所を果たすことになった。

訓練生活はまるで合宿のよう

左から平野陽三、アレクサンダー・ミシュルキン、前澤友作
中央が船長のアレクサンダー・ミシュルキン氏。2013年に第35次/第36次長期滞在クルーとして初飛行し、ISSに滞在。2017〜2018年に第53次長期滞在クルー/第54次長期滞在コマンダーとしてISSに長期滞在。平野らは親しみを込めてサシャと呼ぶ。

訓練は月曜から金曜、朝9時から18時まで。水泳・ランニング・筋トレなどのフィジカルトレーニングに、ソユーズの機構や打ち上げまでの手順、ISSの仕組みに関する座学など時間割がびっしり。

10月以降には、ソユーズの船長であるアレクサンダー・ミシュルキン氏が合流。ソユーズのモックアップを使ったフライトシミュレーションや、宇宙でのガス漏れ、低酸素など不測の事態に対応できるような、より実践的な訓練が加わる。

3人は同じホテルから同じクルマで1時間ほど掛けて通勤(?)し、訓練後のディナーも基本的には一緒。まさに寝食を共にする状態が続く。

「学校みたいでしたね。フィジカルトレーニングが大変そうだと言われますけど、むしろ座学がキツかったですね。授業はロシア語で、英語の通訳が入ります。といっても、僕は英語も堪能ではないので、訓練の合間は英語の勉強も続けていました。テストもちゃんとあって、今日やったところを明日詰められたりするので、ホテル内でディナーを食べながら3人で、その日の復習をしていました。この年で新しいことを学ぶのは大変でしたけど、10歳上の前澤さんが同じことをやってるんだから、僕もやらなきゃですよね」

ランニングをする前澤友作と平野陽三
平野が普段体を動かすのは、たまのジムくらい。
訓練をする平野陽三
趣味といえばガーデニングやサウナ、映画鑑賞などなど。全然アクティブではないという。
宇宙服の採寸をする平野陽三
フィジカルトレーニングや座学の毎日に、ポイントポイントで宇宙飛行士らしい要件も入る。オーダーメイドの宇宙服の採寸の様子。
宇宙服の採寸をする平野陽三
専用のシートライナーの採寸。この後型取りして製作。ロシア語で「星」を意味する「ズヴェズダ」という会社に出向いて行う。完成までに約3カ月を要する。
宇宙服を身に纏う前澤友作
こちらは11月下旬、打ち上げ約2週間前の模様。完成した宇宙服は気持ちいいほど体にぴったりだという。
宇宙訓練を受ける前澤友作と平野陽三
シートライナーは身動きできないほどピタピタ。これが無重力空間で効力を発するのだ。

前澤友作の「やりきる力」に驚愕

そうして同級生のように机を並べて過ごすなかで、平野は前澤さんのすごさを実感したという。

「勉強の仕方が違うんです!たとえば、僕らが“公式だから丸暗記でいいよな”とか“ここは重要じゃないから”と流しちゃうことでも、引っかかることがあったら、納得がいくまで執拗に先生に質問し続けるんです。専門用語だし、英訳するのも大変なのに徹底的に追求するんですね。22歳のころから知っていたはずなんですけど“ああ、凡人と成功者の違いってそういうとこだよね!”とあらためて思いました」

座学を受ける前澤友作
ISSは世界各国のモジュールの集合体なので、半年の間にロシア以外の国々でも訓練を受けた。茨城県つくば市のJAXA(宇宙航空研究開発機構)にて。
座学を受ける前澤友作
アメリカ・ヒューストンのNASA(アメリカ航空宇宙局)にて。
平野陽三
ドイツ・ケルンのESA(欧州宇宙機関)。ちなみにケルンには1泊2日で行ったそう。

そして、それは“仕事”だけではない。平野は半年間でもっとも苦手だった訓練に「回転椅子」を挙げているが、さらにキツかったのが「卓球」。そこにも前澤さんの「とことん」が溢れていたという。

卓球をする前澤友作
海外では、ホテルの前澤さんの部屋に卓球台を手配するのがお決まりだったという。そして今回も。訓練中の貴重な息抜きのはずだったのだが……。

「当時、前澤さんがハマっていて。ディナーの後にみんなでやるんですけど、『ラリー3000回終わるまで』とか、とんでもないノルマ付きで。冗談じゃなくて、絶対達成するまで終われないんです。1日訓練して疲れ切っていて、『もう無理だ、眠い、できない』と思いながらも、いつもどうにかこうにかやり遂げるんですよね。そのノルマもどんどん伸びていき、最後には1万回ラリーを達成しました(笑)。そのときは、2時間かかったのかな。でも、そういう『やりきる力』こそ前澤友作の真骨頂だと思いました」

宇宙に憧れのない自分の目的とは

「GCTC」での訓練は、序盤はいわば基礎。ミシュルキン船長が合流し、本格化するトレーニングについていくための準備のようなものだという。そして、終盤の訓練はより本格的な実践要素が加わる。宇宙に行くために、11月中旬に行われるISS滞在とソユーズ搭乗の最終試験に合格しなければならない。これが新たな目標となる。

訓練を受ける前澤友作と平野陽三
地球に帰還する際のカプセルが寒冷地に着地した際に、狭いカプセル内で着替える訓練。
防寒着をきた前澤友作と平野陽三
着用した防寒着。

明確な目標があり、業務の一環でもあったことからで、平野は迷いなく訓練に取り組めた。「GCTC」での日々は総じて楽しかったという。

「フィジカルトレーニングのあと、最後に必ずサウナに入るんですが、そこで訓練中の他の飛行士の方々とお話しできたことはいい思い出ですね。出身の話や、なぜ宇宙飛行士になったのかとか、今まで宇宙に何回行ったことがあるか、宇宙はどうだったか、何年トレーニングを続けているか、など。日本からきた民間人に対して嫌な顔ひとつせず、フレンドリーに私たちと接してくれました。みなさんジェントルで素敵な方ばかりでした」

「GCTC」では、ロシアの宇宙飛行士の半数以上がトレーニングを行っているといわれる。平野たちの「サバイバル訓練」や「ゼロGフライト」などのカリキュラムのサポートをしてくれることもしばしばあった。平野は彼らを「マトリックスが全部最大の五角形になっている」ような人々だと称した。

パラシュートを用いたテント
帰還カプセルが想定した場所から離れた山中に着地した場合を想定。パラシュートを活用してテントを立てる。
サバイバル訓練を受ける前澤友作と平野陽三
サバイバル訓練。目印ののろしを上げる。

知的で穏やかでフレンドリーで頑健な肉体を持ち、不測の事態に動じることもない。そして宇宙に行く確固たる目的を持っている。それが宇宙に行くべき人なのだ。

最終試験を受ける前澤友作と平野陽三
ISS最終試験。ISS内での1日のサンプルスケジュールどおりに行動する。
最終試験を受ける前澤友作と平野陽三
ISS最終試験の様子は別室でモニターし、審査が行われる。

「僕は前澤さんに『宇宙行くよ!』って言われて、師弟関係からほぼ反射的に『行けます!』って答えて行くことになりました。1人の人間として自分が宇宙に行く意味をきちんと考えずにそこにいたので、宇宙飛行士の方々と触れ合ったことで、ソユーズのその一席の大事さをヒシヒシと感じてしまって。

宇宙に行った人は歴史上560人くらいしかいなくて、何年も訓練しながらまだ行けていない人もいるんです。しかも、僕より年上の方々ばっかりで、『自分が流れで行っていいのか』と苦しんだこともありました」

そこから脱することができたのは「重いポジションは前澤さんに任せるしかない」と割り切ることができたから。宇宙に行くキーパーソンになる必要はないのだ、と。

「自分が後付けで宇宙を大好きになるのは違うし、『昔から宇宙に行きたかったんだ』って思い込むのもウソだし。自分にしかできないことに集中する。そこを落としどころにしようと思いました。

ソユーズのシミュレーターを使った最終試験の様子
ISS最終試験の翌日にはソユーズのシミュレーターを使った最終試験が行われた。
最終試験を受ける前澤友作と平野陽三の様子
打ち上げからISSとのドッキング、帰還まで手順を追って操作する。ランダムに発生するアクシデントに、きちんと対応できるかも審査される。
最終試験を終えた前澤友作と平野陽三
ソユーズ最終試験を終えて、この笑顔。

つまり、これまで撮れなかった映像や写真を撮り、『前澤さん1人じゃなくて平野がいたから可能になったんだ』っていう成果物をどれだけ残すことができるか。“宇宙を目指した2人”ではなくて、旅行者と記録者のタッグなんだっていう、そんな立ち位置の話を前澤さんともしました。『前澤さんの横にいる人って、なんかいつもカメラ持ってるよね』って見られたほうがやりやすいねって」

結局のところ、そもそもの役割に立ち戻っただけなのだが、でもそれは半年間の訓練の中で、平野自身があらためて自分の意志で掴み取ったリアルな立ち位置なのであった。

最終試験を終えた前澤友作と平野陽三
最終試験に合格すると打ち上げの行われるカザフスタンのバイコヌールに移動。その名も「コスモノートホテル」で隔離生活を行う。

発射まで約3週間。「ここへきてようやく宇宙に行く実感が湧いてきました」と平野は言った。

Information

映画『僕が宇宙に行った理由』(全国公開中)

前澤友作の宇宙旅行に密着し記録したドキュメンタリーフィルム。国際宇宙ステーション(ISS)の12日間に及ぶ滞在はもちろんのこと、宇宙に飛び立つまでの長い道のりや、過酷なトレーニングや検査の数々、前澤の本音や素顔などを、克明に記録している。この作品は、夢に向かって挑戦を続ける男のメッセージである。

監督:平野陽三
出演:前澤友作、アレクサンダー・ミシュルキン、平野陽三ほか
製作:SPACETODAY
公式HP:https://whyspace-movie.jp

profile

平野陽三

平野陽三(映画監督)

ひらの・ようぞう/1985年、愛媛県生まれ。2007年に〈ZOZOTOWN〉を運営する株式会社スタートトゥデイに入社、キャスティングディレクターとして従事。その後、CMプロダクションを経て、現在は前澤友作のマネージャーとして関連会社役員を務める。2021年12月、前澤の宇宙旅行に同行し、撮影を担当。今作が監督初作品となる。

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