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MY PERFECT DAYS 〜10人が語る特別な日常〜 中村佳穂の場合

  • 2024.1.20
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MY PERFECT DAYS 〜10人が語る特別な日常〜 中村佳穂の場合

縁のある島で過ごした、幸せの深度の深い一日

第六回:中村佳穂(ミュージシャン)

「主人公の平山さんは自分の幸せの深度を知っている人。木のような、あるいは凪のような人だなと思います」と語る中村佳穂さん。自分のPERFECT DAYは、幸せの深度が深い日だという。

「たとえば、今手もとにある大切なものが、自分のところにたどり着くまでにすごく時間がかかったとか、忘れ難いエピソードがあるとか、そういう感情を経ていたら深度が深まる。人生のなかで幸せの深度の深いところを私は見つけていきたいなと思っています」

平山は昔から愛用しているものを大事にし、毎日のルーティンを崩さない。しかし新しいものに触れ、生活に他者を介入させるほどの幅広さはない。それは、さまざまなことを諦めているようにも見える。

「でも諦めているから幸せともいえて、足るを知っている。自分の持っている器の大きさがこのくらい、とわかっている。新しい音楽や姪っ子まで入れると、器から溢れて自分の凪が維持できないと知っているから、これ以上はいらないというメモリが作動しているんですよね。でも現代社会で『これだけでいい』と思うのはすごく難しい。あればあるだけいい、という時代だからこそ余計に」

この映画は、足るを知る平山の生き方にフォーカスし、外国人監督作品というのもあって、日本の禅的な世界観と重ねて語られているところもある。

「禅も自己の揺らぎを見つめ、自分の足りないものを把握する姿勢のことでもあるから、平山さんはそれを体現している人なのかもしれません。でもそれを強い精神で維持するというより、器に入らないとわかっているくらい弱気な方向性なのが人間っぽくていいなと思います。一応優しさで器に入れてみようとはするものの、やっぱり入らない、みたいな」

平山には、毎朝仕事場のトイレに向かう車の中で、カセットテープを流すというルーティンがある。そこから聴こえてくるのは、彼が若い頃に好んでいたと思われる1960~70年代の曲。

「私はカセットテープの世代ではないので、車内に流れていた曲も新鮮に聴いていました。カセットの若干ノイズの入った音から、現代の音にパンと切り替わるのも、私には気持ちよかったです。画面とリンクした音の切り替えが美しい。そういう意味で、カセットの音は効果的。あれがノイズのない『Feeling Good』だったら全然違っていたはず。ああいうノイジーな音だからこそ、曲や歌はもちろん、映像に映っている人物の揺れや深みを感じられるし、一方で現代の音も音質が良くて情報量が多い。両方あってよかったと思います」

現代の音作りはそれぞれ単体で録った音を立体的に配置し、彫刻のように形作るからVRっぽいのだという。60~70年代の音楽はミュージシャン本人の心の中のバランスを追求し、複数の音を一つの機械に集約させるから平面になる。

「平山さんは圧倒的に平面の人ですよね。『Spotifyってどこの店?』って姪っ子に聞いているくらいだから。でも立体的な音を聴き慣れている今の人も、的確に受け取れている情報量はそんなに多くないと思うんです。情報を選んで処理する能力を試されている時代だから。それは音楽だけではなくて何でもそう。膨大な中から選別して、必要のないものを削っていくのは難しい。だから足るを知るのは簡単ではない美学だなと思います。一方で、最近ケンドリック・ラマーが数人にしか電話ができないスマホを出したと聞きましたが、そういうのがいいなと思う時代に少しずつ変わってきているのも感じます。この映画を見て、平山さんを羨ましく思う人が多そうなのは、そういうことも関係しているかもしれません」

平山を自分の幸せの深度を知っている人、という中村さんのPERFECT DAYは、具体的にはどんな日なのだろう。

「先日縁があって奄美大島の加計呂麻島という島を訪ねました。みんな私を親戚の子だと思っていて、あれを見せたい、これを食べさせたいって、すごくもてなしてくれて。島の人は毎日夕陽を見るのを楽しみにしているんですね。きょうは何時がきれいだからと浜に連れて行かれ、暮れるまでみんなで夕陽を眺める。特に目立つこともなく、穏やかに一日が終わっていく。そうやって、ささやかだけど幸せな瞬間を探しに行くことを、誰も冷笑したり非難したりしない。それが本当に素晴らしいんです」

加計呂麻島の美しい夕陽
加計呂麻島で見た美しい夕陽。「傍のきれいな小川で手長エビが獲れるんですが、夕陽を見ている間に『エビ、焼いたから』って近くの人が持ってきてくれたんです。私が来ることを楽しみにしていて、準備してくれていたと想像するとぐっときます」photo:Kaho Nakamura
演奏する中村佳穂
音楽における幸せの深度の深い瞬間は、思わぬ行動を取ったとき。「楽器の上手い相手と共演すると、合わせようとして自分が持ち上がっていく。そういうときは知らない自分を発見した気持ちになって嬉しくなります」photo:Kaho Nakamura

profile

中村佳穂(ミュージシャン)

なかむら・かほ/1992年生まれ、京都府出身。20歳の頃に本格的な音楽活動を始め、2018年11月にアルバム「AINOU」で注目される。その後、2021年6月にシングル「アイミル」を配信リリース。同年に細田守監督作品『竜とそばかすの姫』で主人公・すず/Belle役の声と劇中歌を担当。2022年3月にアルバム「NIA」を発表。2023年7月にシングル「スカフィンのうた」を配信リリース。12月には「歌拾い」発売記念ワンマンライブが開催された。

Information

MY PERFECT DAYS 小川公代

映画『PERFECT DAYS』

東京を舞台に、公共トイレ清掃員・平山のルーティンな日常を、淡々と、丁寧に描いた作品。一見、なんてことない日々の出来事の中に潜む、特別な時間とは何かを、観る者に問いかける。第76回カンヌ国際映画祭で主演の役所広司が最優秀男優賞受賞。

監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
製作:柳井康治

公式HP:https://www.perfectdays-movie.jp/

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