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幡野広志と鈴木心。ヒグマを探す旅を終えて

  • 2024.1.19
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幡野広志と鈴木心

 

2泊3日の旅を終えて思うこと

旅を終えた2人は、女満別空港へと戻ってきた。飛行機の時間を待つあいだ、訪れた先々での思い出を反芻しながら、3日間を振り返る。

鈴木

ヒグマっていう目的は達成してない。なのにこの充実感。

幡野

映画『イントゥ・ザ・ワイルド』を観て、巨大なクマに惹かれていたんですけど。圧倒的な野生を感じたいという思いは、野付半島の鹿で満たされたかも。本州より一回り大きくて、あれは普通じゃなかった。

鈴木

目的達成だけが旅じゃないわけだしね。こうじゃなきゃダメだ、って考えだすとどんどん写真がつまらなくなる。偶然が積み重なって予定より面白いものが撮れたりするのが、ノープラン旅の良さ。

幡野

2泊3日、ほぼ前日まで翌日何するか決めてなかったけど、それがよかった。カラフトマスの群れを見たのも、猟師さんに鹿の頭をもらったのも、全部予定外でしたもんね。

鈴木

カラフトマス、すごかったなあ。今回一番印象に残ってる。

iPhone
ヘリコプターでの遊覧飛行中、GPSで位置情報を見てみると、海上を点が移動していた。
北海道 知床のキツネ
夜道を車で走ると、多くの野生動物に遭遇する。旅を通して、6匹のキツネに出会った。
北海道 ポー川史跡自然公園内のビジターセンタ-
ポー川史跡自然公園内のビジターセンターにて。縄文土器や剥製、アイヌ文化の紹介が。
北海道 知床のヒグマクルーズ
ヒグマクルーズは、相泊漁港から出航する。漁獲用の網を洗浄する場面に出くわした。
エゾシカの角
鹿の角を郵便局から送ろうとするもサイズ超過で送れず。家財便として運んでもらう。
北海道 硫黄山
絶え間なく煙を吐き出す硫黄山。湧き出した熱湯にうっかり触り、やけどしかける。

幡野

旅って、点と点をつなぐ線のことだから、その線をいかに楽しむかだと思う。確かに目的はヒグマだったけど、そこを外れても違う点があるし、違う線があって。飛行機を1便ずらしたり、宿を変えるだけでも、別の線が生まれる。

鈴木

2人で旅行に行くと、その組み合わせが倍になるんだよね。同じ場所にいても「これが面白い」って引っかかるポイントも違うからさ。

幡野

この仕事をしてると特に、旅といえば一人旅を想像しがちだけど、複数人の旅ならではの良さですよね。

鈴木

大事なのは、自分の目でしっかり見ること。旅における写真って、見ることのオマケだから。みんな、一回の旅ですべてを見ないと、って強迫観念で予定を詰め込むんだけど、また行けばいいじゃん!っていう。

幡野

本当にそう。今年の冬に、もう一回知床を旅してみたい。

鈴木

行った方がいいよ。今度はどんな予定外があるのやら。

北海道 斜里の海
この日話を聞いた釣り人は、場所を変えつつ15時間以上魚を狙っていた。
ヘルコプター
ウトロにあるヘリポートから、知床岬の先端まで、30分で往復するコースを体験。
北海道 阿寒湖
ほかの船が欠航するような天候でも船を出せるという凄腕船長の漁船で出航。
写真家・幡野広志
幡野さんも、狩猟免許を所持している。猟師の男性と、クマの話で盛り上がった。
北海道 中標津の開陽台
中標津にある開陽台という展望スポットにて、はちみつソフトクリームを。
北海道 阿寒湖の遊覧船
ドローンで撮影した阿寒湖の遊覧船。湖を85分かけてゆっくりと1周する。

幡野広志にとって旅とは

写真では感じることも、伝えることもできないことを体感すること

35年間生きてきて知床を訪れるのは人生で初めてだ。いつか訪れたいと言ってはいたが口先だけで本当は訪れる気がなかったのかもしれない。あるいは自分の人生が80歳まであると想像していて、平日の観光地で溢れる高齢者のように、ヒマになったら訪れればいいやと思っていたのかもしれない。

北海道の自然遺産の知床に訪れようと思ったら、東京都の自然遺産である八王子から6時間もあれば行ける距離だ。忙しいとか、お金とか、季節や天候など、もっともらしいつまらない理由を探して訪れていなかっただけだ。

25歳だったころのぼくは、理由を探して日本中を旅していた。最近は理由なく旅をしている。それは人生が80歳どころか、40歳もあやしい状況になったからだ。ぼくは癌だ、治る見込みはない。病気の話はどうでもいいのだけど、とにかく人は人生の終わりが見えてくると途端にやりたいことが見えてくる。こんかいの旅の目的は“ヒグマを見ること。”だった。残念だけどヒグマを見ることはできなかった。旅というのは目的をはたすことではない。

電車に乗り、飛行機に乗って北海道に入る、車を運転して、ヘリコプターや船に乗ってヒグマを探す。美味(おい)しい食事を食べたり、人と出会って会話をする。点と点をつなげる線を描くことが旅なのだとぼくはおもう。写真からは絶対に感じることができないことを体感できるのが旅だ。知らなかったことを知ることで知識になり、体感と交わることで経験になる。

旅は人生経験になり、人の深みを増す。生きているうちに、また知床を訪れたい。こんどは息子と妻と訪れて、また違う線を描きたい。たくさんの線を描きたい、旅をするたびにそうおもう。

鈴木心にとって旅とは

旅、度々

初めての一人旅は大学一年だった。深夜バスで音楽を聞きに広島へ。群がる鹿に追い詰められつつ、宮島の公衆トイレの屋根で寝た。星空を眺めながら寝て、天空とともに新しい一日が始まる、そんな爽快感に感動し、夏は日本一周可愛い子を撮影する鉄道野宿旅。コンビニで食パンを頬張り、公園で洗濯をする。リュックは一個。生活に必要な物はすべて町にストックされている。

旅ってなんだろう。生き物は生まれて以来ずっと旅をしてきた。それは生きるための移動、生き残るための移動だった。地球が始まって以来の環境の変化に順応してきた、御多分に洩れず人も旅をするのも必然なのだ。

全ての生き物がそうであった様に、変化していくことは楽しんでいきたい。どちらにせよ、いつか必ず終わりが来るのだから。

写真家の幡野広志と鈴木心
記念写真は、猛烈な臭いのなか硫黄山で。撮影後温泉水蒸しのゆで卵を食べつつ、地獄について語らう。(左/幡野、右/鈴木)
北海道 地図

travel information
交通/車での移動が前提。女満別空港から阿寒湖までは20分程度。知床方面へは2時間弱。
食事/地元の新鮮な魚のほか、鹿やトドを提供する店も。閉店時間が早い店が多いので注意。
季節/各地を巡り野生動物や自然を味わうなら短い夏と秋、6月~10月がベストシーズン。
見どころ/阿寒湖や知床五湖などの名所は徒歩で散策できる場所も多いが、沿岸クルーズや遊覧ヘリコプターでの海、空からのアプローチは圧巻。ツアー等の情報収集は道の駅が便利。
その他/冬期は雪に閉ざされるが、2月~3月は流氷が見られる。氷の上を歩くツアーなども。

profile

幡野広志(写真家)

はたの・ひろし/1983年東京都生まれ。広告写真家・高崎勉氏に師事、「海上遺跡」で「Nikon Juna21」受賞。エプソンフォトグランプリ入賞。2017年、多発性骨髄腫を発病。『ぼくが子どものころ、ほしかった親になる。』(PHP研究所)。
X:@hatanohiroshi

profile

鈴木心(写真家)

すずき・しん/1980年福島県生まれ。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業。広告、雑誌、書籍の写真や映像制作に携わる傍ら自身の作品制作発表を継続的に行っている。年間3,000名以上の個人肖像写真を撮影する鈴木心写真館の活動も。
Instagram:@suzukish1n

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