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【CLASSY.新連載を今月も特別公開】吉川トリコ「つぶれた苺を食べること」【第二話 ディストピア愛知に生まれて vol.2】

  • 2024.1.14
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『CLASSY.』2024年1月号からスタートした、吉川トリコさんによる連載小説『つぶれた苺を食べること』。今月も特別に内容を公開します。

- あらすじ -

五年前、イチゴ狩りツアーで出会ったムニ、桐子、映奈の三人。年齢も職業も異なる三人だが、付かず離れずの関係で「いちご会」と称した集まりを定期的に催している。ある日の集まりで、独身のムニが「子どもを産もうと思っている」と二人に告げ…。

ムソウとはとくべつ仲が良いわけでも悪いわけでもなく、ひとつ屋根の下で育った血のつながったきょうだいに対する情ぐらいはかろうじてあったが、やれ出産祝いだのお年玉だの入学祝だのと、ことあるごとに心もとない叔母の懐から金をむしり取っていくだけのムソウの子どもたちにはさしたる愛着も興味もなかった。三人目ともなると心底どうでもよく、いつかなにかの機会に顔が見られればそれでいいかなぐらいのかんじでいる。

ムソウの「嫁」の美晴(みはる)は、トヨタの凋落によりもはや絶滅危惧種と化した「名古屋嬢」で、いまだにコロネのように髪を巻き、黒々としたまつげを天まで突きあげて、顔を合わせるたびにちがうブランドのちがう型のバッグを持っている。一人目のときのマザーズバッグはセリーヌ、二人目のときはゴヤールだった(【マザーじゃなくてペアレンツバッグね】と映奈)。

反資本主義の両親とトヨタ経済が生み出したあだ花である美晴のディスコミュニケーションっぷりといったら目もあてられず、「常識人」である私がなんとかしなければという妙な使命感から、最初のうちはムニも気を使い、どうにか美晴とコミュニケーションを取ろうと試みたのだが、どうしたって話はかみあわないままだった。つまるところムニにとって、ムソウが新しく築きあげた家族とかかわるのは「たるい」の一言に尽きるのである。【顔見るっていっても相手は言葉も話せないし、そんなに子ども好きでもないしね】答えをにごしながら二人の反応をうかがったが、桐子も映奈も一人っ子だから、そのあたりの感覚がよくわからないようで、そんなものかとその話題はそれでおしまいになった。

先月の「いちご会」で、酔いが深まった頃合いを見計らってしたムニの決意表明を、どうやら二人ともおぼえていないらしい。子どもを産んで育てる。それも一人で。どうしてそんな大胆かつ面倒なことを思いついたのか、自分でもよくわからない。でもそうしようと思うのだった。そうしなければと思うのだった。

愛知の女子は親元に留(とど)まったまま大学に通い、何年か職場勤めした後に嫁にいくのがあたりまえで、大学進学を機に上京する女子はめずらしい部類に入る。その「偉業」をやってのけたムニは、とうの昔に洗脳がとけたつもりでいたのだが、いつかは結婚し、いつかは子どもを産むのだろうと、いつのころからかごく自然に(ディストピア愛知の矯正教育プログラムのせいで)考えるようになっていた。自分がそうしたいからというよりは、みんながそうしているからそうしなきゃという一心で。

しかし、みんながやすやすと達成しているように見える結婚・出産というプロセスが、ムニには非常に困難なことに思える。十年に及ぶ恋活及び婚活でデートした相手の数は両手両足の指を使っても足りず、交際に発展した相手もいれば、やり逃げ(映奈の言葉を借りれば「ラブアフェア」)された男もいる。結婚寸前までいって破談になった相手もいる。実家の両親こそやや特殊ではあるものの、見た目も学歴も収入も平均値、趣味は飲酒で特技も飲酒(ただし、プロフィールには「料理」と書いておく)、髪はゆるふわ茶髪のセミロングで、服はユニクロかルミネ、好きなランチのおかずはからあげ、好きな映画は『ラブ・アクチュアリー』。すべてにおいて平凡、見事なまでの没個性、どこにでもいる量産型ОLだという自覚がムニにはあった。だからこそ高望みなどせず、同じように平凡な量産型サラリーマンを見つくろって結婚するつもりでいたのだが、一年前、ムニはまさに思い描いていたとおりの相手との縁談を反故(はご)にしている。

相手は医学書専門の出版社に勤める三十五歳、堅実を絵にかいて3Dプリンターで出力したような男で、見た目も学歴も収入も平均値、趣味は読書、特技は速読、おしゃれすぎずかといってダサくもない吊るしのスーツ、グランドじゃないセイコーの時計、好きなランチのおかずは豚の生姜焼き、好きな映画は『風立ちぬ』。一人暮らしが長かったからか料理も家事もひととおりこなし、なにをやらせても如才なく、特殊な性癖もモラハラ気質もない。あまりにも面白みがなくて息が詰まりそうになることを除いては、結婚相手として申しぶんなかった。婚活アプリで知り合い、順調にデートを重ね、結婚を前提にした交際を申し込まれ、そうそう、こういうのでいいんだよ、こういうので、とムニは自分を納得させようとした。

イラスト/松下さちこ 再構成/Bravoworks.Inc

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