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MY PERFECT DAYS 〜10人が語る特別な日常〜 幡野広志の場合

  • 2024.1.14
MY PERFECT DAYS 〜10人が語る特別な日常〜 幡野広志の場合

あの一枚の写真に、平山の感情が表れ出ていると思うんです

第五回:幡野広志(写真家)

写真家でもあるヴィム・ヴェンダースが、映画のさまざまなシーンに仕掛けた設定に感銘を受けたという幡野広志さん。特に平山の目線と、彼が愛する写真から生まれるさまざまなストーリーを読み解きながら、話はやがて「いい写真とは」の写真論へ。そして話は他人との距離感についても発展する。

「すごく写真を意識した映画だなぁと思います。始まりのほうは、平山がどういう人なのか深読みしましたね。年齢は50代半ばくらいで、決まった時間に起きて、パッと布団畳んで。受刑歴がある人だと思ったんですよ(笑)。だけど観ているうちに、単純に几帳面な性格だったと気付くんですが。そのうち、写真家を目指していたけど、さまざまな理由があって断念した人なんじゃないかと思うようになりました。

姪のニコちゃんが平山と同じカメラを持っていましたよね。顔がわからないくらい久しぶりに会ったということは、おそらく8~9歳くらいの女の子にフィルムカメラをあげていると想像できるんですよ。その年齢の子にフィルムカメラを渡す奴なんて、僕らカメラマンみたいな人種しかいないわけですよ(笑)。だって普通はプリキュアとかレゴをあげるでしょ。僕も我が子だけじゃなく、友達の子にもあげたりしますから」

幡野さんは、スカイツリーをまじまじと見上げるのも、写真家の視点だと指摘する。平山は小料理屋さんでの会話で「5~6年住んでいる」と語り、日常の生活で毎日目に入る景色に、改めて心を動かされる。確かに、普通の人がルーティンな生活の中で、その境地に達することは、せいぜい1年に数回だろう。

「平山は毎日写真を撮っています。1週間に1回くらい現像して、選んで、ダメな写真は破って捨てている。でも劇中で、ニコちゃんが近づいてきたときに、平山が縦位置でパッと撮った写真が出てくるんです。気付いたんですが、ピントが合っていないんですよね。写真愛好家やただカメラが好きなだけの人だったら、ピントをしっかり合わせて、アングル決めて……みたいに撮るし、そうやって撮った写真しか残さないと思うんですよ。

そりゃプロでもピントを外すときはありますよ。例えば、興奮していたり、慌てていたり、今この瞬間を撮り逃すわけにはいかないという焦りにも近い感情だったり。僕が言いたいのは、ピントが合っていてもダメな写真はあるし、外れていてもその瞬間が焼き付けられたいい写真もあるということです。

だから、ピントを外した写真をあえて採用したのは、そこにヴィム・ヴェンダースの視点があるような気がしたんです。映画的に“写真家を目指していた男”という設定なんじゃないかと。平山という男は一見感情がなさそうに見えるし、淡々と生きているけど、あの縦位置の写真は彼の感情がブワッと表れた証だと思うんですよね」

映画を観た日、家に帰ってから小学1年生になる息子といろんな話をしたという。例えば、学校の授業の中で「将来どんな仕事に就きたいか」という話になっても、「将来はトイレの清掃員になりたい」という子どもはいなかったという。しかし、そんなことを話しているうちに、こんな思いにも至ったという。

「この映画すごく良かったんですが、自分が若かったらここまで感動できたのかは分からないですね。僕だって、もし一人だったら平山の暮らしに憧れる。だって、干渉されることなく、自分の好きなように生きて、行きつけの店があって、行く先々の人がみんな平山のことを知っているんですよ。おかえりって迎えてくれる。東京で一人暮らししている人が目指すポジションですよ。

だから、トイレの清掃員をやるかどうかは置いておいたとしても、平山みたいな生き方をしたい人はたくさいるんじゃないかって思ったんです。

平山はあまり喋らないけど、他の人の話を聞くじゃないですか。みんな自分の話を聞いてもらいたいんですよね。だから彼はモテると思う(笑)。木々を眺めているときに、東京に疲れてしまった風の会社勤めの女性が出てきていましたけど、あの人も平山に話を聞いてもらいたかったんだと思うんです。そうやって平山のルーティンな日々に変化をもたらすのはいつも他人で、人と繋がるのは面白いんだけど、必ずしも人と繋がるために不特定多数と喋る必要はないというのが面白かった。

いやー、しかしピントが外れたあの写真は示唆に富んでいて良かったなぁ。これを機に、“ピントが外れている=ダメな写真じゃない”ってことを、たくさんの人に知ってもらいたいです」

幡野広志さんの妻が撮影した、息子の写真
雪で遊ぶ息子を妻が撮ったピントのあってない写真。

profile

幡野広志(写真家)

はたの・ひろし/1983年、東京都生まれ。写真家。2004年、日本写真芸術専門学校をあっさり中退。2010年から広告写真家に師事。2011年、独立し結婚する。2016年に長男が誕生。2017年、多発性骨髄腫を発病し、現在に至る。近年では、ワークショップ「いい写真は誰でも撮れる」、ラジオ「写真家のひとりごと」(stand.fm)など、写真についての誤解を解き、写真のハードルを下げるための活動も精力的に実施している。著書も多く『うまくてダメな写真とヘタだけどいい写真』(ポプラ社)を上梓したばかり。
X:@hatanohiroshi

Information

MY PERFECT DAYS 小川公代

映画『PERFECT DAYS』

東京を舞台に、公共トイレ清掃員・平山のルーティンな日常を、淡々と、丁寧に描いた作品。一見、なんてことない日々の出来事の中に潜む、特別な時間とは何かを、観る者に問いかける。第76回カンヌ国際映画祭で主演の役所広司が最優秀男優賞受賞。

監督:ヴィム・ヴェンダース
脚本:ヴィム・ヴェンダース、高崎卓馬
製作:柳井康治

公式HP:https://www.perfectdays-movie.jp/

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