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【女官という生き方】国王の息子を産める女官は千人に1人もいなかった!

  • 2024.1.11

朝鮮王朝が舞台になっている時代劇でひんぱんに登場するのが、王宮で奉職している女官たちである。たとえば、イ・ジュノ主演で大人気となった『赤い袖先』では、イ・セヨンが扮したソン・ドギムをはじめとして仲良しグループの女官たちの生々しい交友録が詳細に描かれていた。史実の彼女たちの一生は、果たしてどのようになっていたのだろうか。

女官は、5歳くらいで見習いとして宮中に来ることが多かった。このような見習いのうちは、彼女たちも上司にあたる尚宮(サングン)の下で仲間と一緒に共同生活を行なった。このとき、過酷ないじめに耐える必要があった。強靭な精神力で苦難を乗り越えることが多かったのである。ようやく18歳くらいになると、ついに内人(ナイン)として認められ、見習いを終えて一人前になっていった。

努力と忍耐の末に30代になると、尚宮への昇格が可能になる。長い年月の間、健康を維持し、トラブルを避けながら過ごすことが女官たちの処世術だった。

さらに、宮中で働く女官の中で地位が高い者は「内命婦」(ネミョンブ)と呼ばれた。品階は「一品」から「九品」までの9段階……さらに「正」と「従」に分けられ、合計で18段階の品階が存在した。序列は、「正」のほうが上位に位置する。このように、女官の品階は複雑で高度に組織化されていた。

特に、上位の「正一品」から「従四品」までの8段階は、王の側室に与えられる品階だった。側室が王子を産むと「正一品」に昇格することが多かったが、そんな境遇の女官は千人に1人もいなかった。

『赤い袖先』では女官たちの生き方が細かく描かれていた(NBCユニバーサル・エンターテイメント/©2021MBC)
女官にとっての最高の名誉とは?

順序としては、王が抱える側室は最初に従四位の淑媛(スグォン)として採用され、貢献度に応じて昇格する。しかし、昇格できない側室も多かった。そして、最高位の「嬪(ピン)」になることは、女官にとって最高の名誉とされた。

このように、朝鮮王朝時代の女官たちの人生は、厳しい試練と恩恵の狭間で揺れ動いた。彼女たちの物語は、強い精神力と献身の重要性を教えてくれている。

文=康 熙奉(カン・ヒボン)

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