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岨手由貴子が観た、カウリスマキの最新作『枯れ葉』。

  • 2024.1.5

生きる喜びを享受できる、日常を奪われないように。

『枯れ葉』

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雇い主の無慈悲から別々に失職したふたりが偶然出会い、互いの壁や運命のイタズラに打ち克って愛を育む。アンサがホラッパをもてなす、質素だけど丹精を込めた夕餉のような秀作。カンヌ国際映画祭審査員賞受賞。

ここ数年、他国で起こった戦争や自国のひどいニュースを目にするたびに、打ちのめされて、何も手につかなくなってしまう。けれど、「私に何ができるというのだろう」といつも通りの部屋を見渡して、日々のルーティンに戻っていく。それが生活というものなのかもしれない。

「こっぴどい戦争を前に、だからこそ〈愛の物語〉が必要だと思った」

監督が語った言葉の通り、これは真っ向からのラブストーリーであり、人が生きていく上で不可欠な尊厳や文化、そして愛を描いた映画でもある。物語の主人公は、ヘルシンキで暮らすアンサとホラッパ。失業していたり、酒に溺れていたり、それぞれに問題を抱えている。ふたりはある晩カラオケバーで出会って恋に落ちるのだが、このしがないカップルの恋の作法が実にロマンティックなのだ。出かける前に靴を磨いたり、映画館の前で待ち続けたり、ちょっと良い上着を探したり、とびきりチャーミングなウィンクを送ったり......。生活に困窮しながらも、彼らの日常には音楽や衣服といった文化が存在する。そんなささやかで豊かな事実に、何度もハッとさせられるのだ。

一方で、作中何度もロシアによるウクライナへの軍事侵攻のニュースが差し込まれる。アンサはロマンスの最中にいても、ラジオから流れる戦況を聞いて立ち止まり、ひどい戦争だと心を痛める。他国の悲劇は対岸の火事ではない。そこには日常を奪われた人たちがいるのだ。

人生はままならないことばかりだが、それでも人は音楽を聴き、歌をうたい、恋をする。そして、誰かとともに生きたいと願う(相手が愛犬だっていい)。私も生きる喜びを奪おうとするものに睨みをきかせながら、文化とともに生活しようと思う。そんな日常を、誰もが当たり前に享受できる世界であることを願って。

文:岨手由貴子 / 映画監督2015年、『グッド・ストライプス』で長編劇場映画デビュー。21年、『あのこは貴族』がコロナ禍の興行縮小を縫い、ロングランヒットに。燃え殻のエッセイを基にした連続ドラマ「すべて忘れてしまうから」がDisney+にて配信中。

『枯れ葉』監督・脚本/アキ・カウリスマキ出演/アルマ・ポウスティ、ユッシ・ヴァタネン、ヤンネ・フーティアイネン、ヌップ・コイヴほか2023年、フィンランド・ドイツ映画81分配給/ユーロスペースユーロスペースほか全国にて公開中https://kareha-movie.com

*「フィガロジャポン」2024年1月号より抜粋

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