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仕事を辞める辞めると言いながら辞められなかった男性が、思い切って会社を飛び出した後の驚きの結末

  • 2023.12.23

現状を不満に思いながらも現状維持から抜け出せないのはなぜなのか。臨床心理学者のソフィー・モートさんは「人は、最初の考えを貫いてした決断で悪い結果を招いたときより、考えを改めたあとに『間違った決断』をしたときのほうが、長く自分を責める傾向がある。いかにも人間らしいこの特徴が、意思決定を下手くそにしている」という――。(第2回/全4回)

※本稿は、ソフィー・モート『やり抜く自分に変わる1秒習慣』(PHP研究所)の一部を再編集したものです。

仕事を辞めたいのに辞められない


「今の仕事を始めて5年になります。設計・製造の仕事自体は大好きで、最初の数年間は最高でした。小さなチームだったから自分の裁量で選択ができて、給料もよくて、チャンスも公平に与えると約束されていました。ところがその後、会社が急成長すると、得意先とのつながりが薄くなり、公平にチャンスをもらえるどころか、僕らは機械の歯車みたいになってしまいました。新しい上司はみんなを、いえ、とくに僕を不当に扱っています。

パートナーからはずっと『楽しそうじゃないね』と言われていて、僕も半年ごとに『辞める』と口にするのですが、何かが起こって、そう、辞めていないんです。パートナーは僕が一生懸命働いていることを知っているから、最初は僕の代わりに会社に腹を立てていましたが、今ではどうやら、辞めない僕にムカついているようです。一体どうすればいいでしょう? 辞めたいのは確かだし、辞めてどうするべきかもわかっているのですが、飛び出すことができそうにないんです」

――ジャマール(29歳)

※写真はイメージです
またパートナーに捨てられたらどうしよう

ジャマールがセラピーに来たのは、長くつき合っている男性との同居を目前にしていた頃だ。普通なら「夢がかなった」と感じる状況なのに、ジャマールは悪夢にうなされていた。彼には鬱うつ病の経験があり、数年前に最悪の状態のときに、「とても一緒にいられない」と当時のパートナーに捨てられた。新しいパートナーと同居して、またそう思われたらどうしよう?

この問題に対処しようと、私たちは鬱病の再発防止に努めると同時に、彼のどんな考えが不安と結びついているのか、どんな考えが問題をはらんでいるのかを明らかにしていった。

先ほどジャマールが話していたことも、彼の恐れを引き起こしている多くの事柄の一つにすぎない。

この状況が少々目立っているのは、ジャマールがパートナーから「セラピーで話すべきだ」と勧められ、最初に話してくれた事例だからだ。ジャマールは、パートナーにそう勧められたことを「彼が腹を立てていて、そのうち出ていってしまう証拠だ」とおびえていた。そこで私たちは、「考えを裁判にかける」というセラピーでおなじみの行動を取った。ジャマールの考えを裏づける証拠と、覆す証拠を探すのだ。そういうわけで、ジャマールは、帰宅したパートナーに思いきって尋ねてみた。「怒って出ていくつもりなのか?」と。

すると案の定、パートナーは少しも怒っていなかった。ただ、ずっと不満には思っていた。ジャマールはなぜ、望み通りの行動を取らないのだろう? と。

「やりたいのにできない」人間の心理

こういう話は、少しも珍しくない。ジャマールは職場がイヤで、ほかの選択肢もあるし、心から辞めたがっているように見える。では、なぜ辞めないのだろう?

彼には、楽しくない考えや会話を避ける癖があるのだろうか? それとも、自尊心が低いせいで「今以上の仕事なんか見つからない」と思っているのだろうか? あるいは、仕事でさんざん苦しめられて、「自分で何とかできる」とはもう思えなくなってしまったのだろうか?

人間の行動の理由は常に無数に考えられるけど、ジャマールの場合は――なんと、なんと――別のヒューリスティックスが原因だった。

あなたは、大切にしてくれない恋人とつき合っていたことはない? 別れるべきだとわかっているのに別れられないのは、10年も一緒にいて――そう、長い――ひょっとしたら、今後はマシになるかもしれない、と思うから。あるいは、ひどい映画を観て、途中で退席すればいいのに、「時間の無駄じゃないか」と嘆きながらも最後まで観たことはないだろうか?

※写真はイメージです
ここ一番というときに逃げ腰になってしまう

どちらかの話にうなずいたなら、あなたにも若干、ジャマールのような経験があって、今から話す最後のヒューリスティックスにもなじみがあるはずだ。

一つ目は「埋没費用効果」だ。これは、すでに時間とお金を投資したから、ほかに論理的な理由が見当たらなくても、それを続けるべきだと信じる傾向のこと。時間やお金を投資すればするほど、最後までやり通す可能性は高くなる。たとえ「やめろ!」という警告が山ほど出ていても。二つ目は、「現状維持バイアス」。これは、人間がどんなときも、すべてを同じ状態に保つ傾向のことだ。

ジャマールは、ここ一番というときに、自分がいきなり逃げ腰になることに気がついた。

人生の大きな変化の直前におじけづくのは、当然のことだ。人類は、不確かなことを避けることで、種として生き延びてきたのだから。とはいえ、あなたもジャマールも私も、もうそんな時代を生きているわけではないから、不確かさを受け入れることを学ぶ必要がある。

仕事を辞めることによる良い点と悪い点

そこで私たちは、仕事を辞めるよい点と悪い点に目を向けることにした。

そして、ジャマールの「こうなったらどうしよう?」という恐れを、最後までたどってみた――。


問い:「仕事を辞めて、それが最悪の決断だったらどうしよう?」

答え:「最悪の決断だったら、少なくとも自分でわかるはずだから、別の仕事に応募する。次の仕事がない状態で辞めても貯金がある。場合によっては、前の仕事にもう一度応募するのも悪くない」

その後、驚くなかれ、ジャマールは別の仕事を求めて、本当に会社を辞めた。

そして……。

……しまった! と思った。辞めた仕事が恋しくなったのだ。というのも、対立していた上司も同時に辞めたからだ。「仕事を辞めて、それが最悪の決断だったらどうしよう?」という一番の恐れが現実になってしまった。それでも、すでに計画は立ててあったから、うまくいくかどうかはわからなかったが、ジャマールは辞めた会社に連絡を取り、「空いている仕事はありませんか?」と尋ねた。そして半年が経った頃、前職に復帰した。やりたいこと、やりたくないことをしっかり把握した上で。

天秤のイメージ
※写真はイメージです
うまくいかない道を選んだって構わない

「信じられない! 辞めなきゃよかったじゃないの」と思っているとしたら、それには賛同できない。もちろん、思いきって飛び出して、何もかもうまくいった人たちの事例も紹介できる。そういう結果が得られるのも、たいていは人生でいちかばちかのチャンスに賭けたときだ。とはいえ、そんな事例を紹介しても、人生がくれる何より重要な教訓を得ることはできない。

ほとんどの人が「決断するのはとてつもなく難しい」と感じるのは、完璧な選択をしなくてはならない、と思うからだ。みんな、チャンスは一度きりだと考えている。

でも現実には、最終決定なんてほとんどないし、新しいことに挑戦するたびに、得るものはたくさんある。その瞬間に正しいと感じる決断ならできるから、とりあえずやってみて、うまくいかなかったら、別のことに挑戦しても構わないし、元いた場所に戻れないか確認することだってできる。人生とは学びのプロセスだ。よい決断をしようとして、今しっくりくる判断をしたところ、長い目で見たら必要のない決断だった、なんてこともあるけれど……それはごく当たり前のことで、失敗の証拠ではない。

もちろん、仕事を辞めたり、誰かと別れたり、新しい街に引っ越したりしたあとに、以前の状態に戻れる保証はないから、軽々しく決断すべきではないだろう。それでも、よりよい決断を下すために、理解しておく必要がある。その時点で最善の情報をもとに選択しても、うまくいかないことはある。そして、それでも構わないのだ、と。どんなときも、ほかにできることはあるから。

考え方を改める勇気を持とう

よりよい決断ができるのは、新しい情報や統計データを学び直し、自分の考えを改めることができるときだ。とくに、以前の考えがもう通用しないことに気づいた場合は。

ソフィー・モート『やり抜く自分に変わる1秒習慣』(PHP研究所)
ソフィー・モート『やり抜く自分に変わる1秒習慣』(PHP研究所)

とはいえ、研究によると、多くの人はなかなかそれができない。

人は、最初の考えを貫いてした決断で悪い結果を招いたときより、考えを改めたあとに「間違った決断」をしたときのほうが、長く自分を責める傾向があるからだ。いかにも人間らしいこの特徴が、意思決定を下手くそにしている。新しい情報を求める勇気を持とう。考え方を改める勇気を持とう。結局うまくいかない道を選んでも構わないのだ、と知る勇気を持ってほしい。

難しい決断を避けていたら、死の床で「後悔はない」と言える状態にはまずなれないだろう。勇気を出して、計画通りに進まないかもしれない不安や見通しと向き合った人のほうが、そこに至れる可能性は高い。


脱出のヒント

・人生で何が大切かわかっていて、自分にとって最善の判断をしている自信があっても、人は、変化を起こすために必要な行動をなかなか取れないことがある。

・今の時点では最善の選択だが、よりよい情報を得たら変わるかもしれない――そんな決断を下すのに慣れるとラクになるだろう。多くの人は、「常に完璧な決断をしなくてはならない」と信じている。でも、現実には、ほとんどの決断はその瞬間に最善のものであれば十分だし、たいていまた覆せる。生死を分けるような決断でない限り、最初から100パーセント正しくなくても構わないのだ。

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